134 グライダー
エイナさんは俺から根掘り葉掘り情報を引き出した後、大公の元へ向かった。
手に紙ヒコーキを持ち、俺達を引き連れてだ。
外はもう真っ暗で、電気のないこの世界では基本寝る時間だ。
なのにエイナさんは大公の居場所を聞くと、果敢に寝室に乗り込んでいく。
いつか無礼打ちになったりしないか本気で心配になるが、大公も大公で、寝巻き姿で嬉しそうにエイナさんを迎えてくれた。
いつもかけている薄縁の眼鏡を外しているので、本当に寝る所だったのだろう。というかベッドが少し乱れているので本当に寝ていたっぽいのだが、気にした様子は全くない。
さすが知識ジャンキーだ。
「どうしたエイナ、なにかいい考えが浮かんだか?」
「はい、まずはこれをご覧ください」
エイナさんはそう言うやいなや、紙ヒコーキをヒョイと投げる。
エイナさんが色々いじって調整した紙ヒコーキは俺が折った時よりずっと軽快に飛び、ゆっくりと左に旋回しながら広い部屋に悠然と浮かぶ。
「――これはなんじゃ!」
寝巻き姿の大公が、すごい勢いで紙ヒコーキを追いかけていく。
エイナさんはその場に立ってじっと観察していたけど、実践重視派と理論重視派の違いだろうか?
広い部屋をほぼ一周してエイナさんの足元に落ちた紙ヒコーキを、大公は床に這いつくばって観察する。
人に見られたらえらい事になりそうな光景だ。
お付きのメイドさんが慌てて持ってきてくれた眼鏡をかけ、紙ヒコーキを恐る恐る持ち上げてさらに観察する大公。
「これは……紙一枚でできておるのか? それがなぜあのような動きをする? エイナ、お主まさか魔術の心得まであるのか!?」
この世界の人的には、やはり魔術に映るらしい。イドラ帝国の騎兵隊長さんも騙されてくれたもんね。
「いえ、これはれっきとした自然現象の応用です。私も全てを把握している訳ではありませんが……」
そしてはじまる、エイナさんと大公の熱い議論。
……って言うか、これ俺達必要だった? ライナさんはともかく、香織なんか半分寝ちゃってるぞ。お前もたいがい度胸あるよな。
……結局エイナさんと大公の話は明け方まで続いたらしいが、俺は途中で寝てしまったのでよく知らない。
さすが大公家当主の寝室ともなると、人が二・三人寝られるくらいの大きなソファーが置いてあるのだ。
妹を寝かしつけている間に一緒に寝てしまったのようで、俺もあまり妹の事を言えないかもしれない。
目が覚めた時には窓から明るい光が差し込んでいて、メイドさんがほとんど使われなかったベッドのシーツを交換していた。
部屋には妹とライナさんもいたので訊いてみると、エイナさんと大公は徹夜でグライダーの小型模型を作り、夜が明けるやいなや外に飛ばしに行ったそうだ。
俺はどうするかと訊かれたが、エイナさんと一緒にいても大公の前で直接助言はできないし、もう知っている事は大体教え尽くした感もあるので、用意された部屋に戻ってゆっくりさせてもらう事にした。
女性である大公の寝室で男が一晩過ごしたのって、冷静に考えるとかなりアレな案件な気がするのだが、その後誰からもなにも問われなかったのは、このお城で大公がどう認識されているかを垣間見た気がして、ちょっと微妙な気持ちになった。
その日は二回ほどエイナさんが質問をしにやって来て、翌日の朝にはグライダーの試験飛行をするからと言って呼び出された。
……ちょっと早過ぎない?
エイナさんに連れられてお城の前庭に出てみると、かなり遠くの城壁の上に大きなグライダーがあって、人間の代わりに丸太が吊り下げられていた。
それを兵士達が数人がかりで、大公の合図と同時に『えいやっ』とばかりにこちらに向かって放り投げる。
「おおっ!」
大公の他、周囲に集まっていた将軍や兵士達からも驚きの声が上がり、グライダーは一瞬高度を落とした後、滑らかに宙を滑っていく。
みんなが口を空けて見上げる中、グライダーはどんどん大きくなってきて……盛大な音と共にお城に命中して砕け散った。
いやいやいや、攻城兵器みたいになってますやん……。
「おお、予想よりだいぶ飛んだな! エイナ、これはいけるぞ!」
「丸太の重量は人間の三分の一程度です、喜ぶにはまだ早いかと。それに、人を乗せるには着陸時の問題もあります」
「あのくらいの速度であれば、訓練した兵士なら十分対応できるじゃろう。操作次第で速度も殺せるしな。第一軍団長、どうじゃ?」
「――は、はい。平らな草原などであればなんとかなると思います。さっそく馬に綱を引かせて訓練を行います!」
「よし、任せたぞ」
「はっ!」
そう言って駆け出していく、第一軍団長と呼ばれた強面のおじさん。
ていうか大丈夫かその訓練? 転んだら人間すりおろし器みたいにならない?
「第四工房長、これを基礎にした試作品を三つ作れ。いつまでにできる?」
「材料の木材と樹皮は気球の物を流用できますので、一つ目を今日の夕刻。明日の朝までには三つ揃えてご覧に入れます」
「よし、さっそくかかれ。第二工房長は量産に備えて材料と道具、人手を揃えておけ」
「「はっ!」」
さすがあの大公の部下だけあって、優秀な人達が揃っているようだ。
若干ブラックな気もするけど、そもそもエイナさんと大公自身が二日くらい寝ていなさそうだ。
それですごく目が輝いているんだから、研究者って怖いよね……。
その後、夕刻には実際に人が乗って試験飛行をして、かなりいい結果を出したらしいが、俺は見に行っていない。
サボっていた訳ではなく、エイナさんからグライダーを使った戦術を考案するように言われたからだ。
元の世界知識を基にあれこれ考えてみるが、まずはふつうに思いつくであろう、火のついた油壺の投下。
火薬の知識はなるべく隠す方針なので、爆弾ではなくナパーム弾だ。
油に硫黄を混ぜると、硫黄の燃焼ガスは刺激性が強いので原始的な毒ガス弾にもなる。
たしか、紀元前に投石器で篭城する城内に投げ込んだ記録とかあったはずだ。致死性は低いので許してほしい。
あとは、石やレンガを投げ落とすのは効率が悪いし……翼に笛をつけて音を出すとかだろうか?
直接的な攻撃はできないけど、不気味な音は人間を脅えさせる。
見た事のない飛行物体が恐ろしげな音を立てて迫ってきたら、心理面での効果は絶大だろう。
他にもいくつか可能性レベルの事を書いて、エイナさんに渡す。
翌日の夕方には早くも熱気球からのグライダー発進テストが行われ、それは俺も見に行ったが、数百メートルの高さに上がった熱気球から発進したグライダーは軽快に飛行して俺達の上で円を描き、砂袋を使っての投下テストも成功させた。
操縦技術や命中精度はまだまだとの事だったが、実用化は急速に進みつつある。
そんな慌しい最中の8月2日。一週間前にイドラ帝国軍によって王都が陥落し、捕らえられた国王が処刑されたという情報が入ってきた。
大公や将軍達が驚いていたのは、予想よりもだいぶ早かったかららしい。
主力がサイダル王国軍との会戦で壊滅してしまったのが痛かったのだろう。宰相はありったけの兵力を連れて行ったみたいだからなぁ……。
残された貴族達も一部が自領に篭って抵抗を続けているだけで、大部分は助命と引き換えに降伏し、領地を明け渡しているらしい。
事実上、マーカム王国は滅亡した。
そしてこれから、俺達の戦いが始まるのだ……。
大陸暦423年8月2日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人→25万人を森に避難中)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
※鉱山とパークレン子爵領(大森林)の状況は不明なので、当面更新なし
旧マーカム王国回復割合 8%(南西部・ファロス大公領とその周辺貴族領)
資産 所持金 615億4841万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




