129 王都の近郊にて
帰り着いた王都の郊外は、まだイドラ帝国軍が攻めてくるという情報が届いていないらしく、いつもと変わらない平和な風景だった。
街の端、俺達が進む先に二台の大型馬車が停まっていて、そこからエイナさんが飛び出してくる。
「お姉様!」
まだ馬から下りてもいない、馬上のエイナさんの足に縋って、かなりガチ泣きのエイナさん。
「お姉様……よかった……馬だけが戻ってきたので、なにかあったのではと心配していたのです……」
エイナさんの言葉に辺りを見ると、馬車用の馬とは別に二頭が繋がれている。
背中に背負っているのは薬師さんからもらった薬が詰まった箱だ。
俺達より早くここまで帰ってきていたらしい。
「ここでお姉さまをお待ちしていたら、あの馬達だけが戻ってきたのです。姿ですぐにお姉様の馬だとわかりました、なのにお姉様の姿が見えないので、本当に心配したのです……」
どうやらライナさんの手を離れた馬二頭は、いつもの目的地である王都の家に帰ろうとしたらしい。
さすがライナさんが愛情を込めて世話しているだけあって、忠誠心も一入だ。
そしてそれをエイナさんが王都手前で捉え、ライナさんの姿がないので、俺達が殺されたか捕らえられたのではないかと、ずいぶん気を揉んだらしい。
馬車からはリステラさんも降りてきて、『エイナときたら、お姉様は必ず戻ってくるからと言って、断固ここを離れようとしなかったのですよ』と、なぜか楽しそうに教えてくれる。
「リステラさんも一緒だったんですね」
俺の言葉に、リステラさんは笑顔を浮かべて言葉を発する。
「もちろんですよ。親友であるエイナが、私の雇い主である洋一様の帰りを待っているのに、どうして私一人で逃げられましょうか。商人にとって信用は、なによりも大切にするべき物なのですよ」
……本当に、俺はこの世界で人に恵まれたと思う。
だが今は、感傷に浸っている時間がない。
ライナさんが手短に状況を説明し、帝国軍が数時間以内の距離に迫っている事を伝えると、エイナさんは一転して厳しい表情に戻る。
「準備はできています、すぐに大公領へ出発しましょう。帝国軍は王都を取り囲むでしょうから、遅れると逃げられなくなります。逆に、少し離れれば当分は安全です」
「エイナ、すまんが少しの時間でいいから、私達が乗ってきた馬を休ませてやってくれ」
自分もかなりボロボロなのに、それでも馬を気遣うライナさん。
こんな主人だから、馬も強行軍に耐えてくれたし、自由の身になっても主人の家に帰ろうとしたのだろう。
エイナさんも小さく頷き、馬に飲ませる水を手配してくれる。
旅の護衛についてくれるというリステラ商会の用心棒さん達が、キビキビした動作で水を運んできてくれた。
俺と妹、ライナさんは馬車に乗って体を横たえる。妹は疲れていたのだろう、俺の腕を抱いてすぐに眠ってしまった。
そこへ、エイナさんとリステラさんも乗り込んでくる。
「エイナさん、帝国軍が来る事をみんなに知らせた方がいいんじゃないですか?」
俺の言葉に、エイナさんは難しい表情を浮かべる。
「今それを叫んだとして、信用されるかどうかは怪しいですね。確実な事は、流言を吹聴する扇動者として、兵士に捕らえられるだろうという事です」
「あ……」
それはそうだ。多分王さえも知らないのだから、当然そういう対応になるだろう。
今捕まったら、確実に帝国軍の王都包囲に巻き込まれてしまう。
そんな事になったら懸命に走ってくれたライナさんの苦労を無にしてしまうし、鉱山のエルフさん達との約束も果たせなくなってしまう。
心苦しいけど、今は黙っておくのが正解だろう。
せめて親しい人だけにはと、冒険者ギルドのエリスさん宛に状況を知らせる短い手紙を書き、リステラ商会の人に届けてもらう。
ライナさんの頑張りと、俺達は食事を摂らなくてよかった分距離を稼げていると思うが、はたしてそれは一時間か二時間か。
わずかな時間だが、その時間でできる事もあるだろう。
手紙を届けに行ってくれた人が戻ってくるまで、20分くらいだっただろうか。
馬を休ませる事もできたので、俺達は慌しく馬車を出発させる。
馬車は馬より遅いので、しばらくは危険地帯という事で緊張していたが、王都の外壁が遠く霞むくらいになると、エイナさんの『ここまで来ればとりあえず大丈夫でしょう』という声に、全員が安堵の息を吐く。
「洋一様、申し訳ありませんが少し休ませていただいてもよいでしょうか……」
「あ、はい。ありがとうございましたライナさん」
ライナさんは万一に備えて起きていてくれたらしい。丸二日半、鉱山でのわずかな休憩以外寝ていないのだ。
エイナさんがススッと寄って行ってライナさんを膝枕すると、ライナさんは気を失うように眠りにつく。ライナさんには助けられてばかりだな……。
姉を膝枕するエイナさんはとても嬉しそうで、あまり見た事のない緩んだ顔をしている。ライナさんと一緒の時だけ見せる、特別な表情だ。
「……こんなエイナ、初めて見ました」
リステラさんが俺の隣に来て、小声で言う。
「珍しいでしょ?」
「はい。自分の目で見なければ信じないでしょうね」
それには完全同意だ。
馬車が穏やかな空気に包まれる中、俺も疲労の限界が来ているのだろう、まぶたがゆっくりと下りていく。
意識を失う直前、リステラさんの『私もやってみようかな』という声を聞いて膝枕してもらったような気がするが、あまりよく覚えていない……。
大陸暦423年7月9日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人→25万人を森に避難中)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
資産 所持金 615億5258万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
明けましておめでとうございます。
旧年中に当小説を読んでくださった方、ありがとうございます。
今年からの方も、今年も引き続き読んでくださる方も、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。




