127 敵前を駆ける
俺は再びライナさんの背に縄でくくりつけられ、王都への帰路をひた走る。
薬師さんの薬とマッサージはすごくよく効いていたが、さすがにこの短時間で完治するはずもなく、上下に揺れるたびに体中が痛む。
妹とライナさんは数時間の休憩だけだったのに、よく平気だな。
感心しつつ自分のふがいなさを嘆いていると、不意に妹がこちらに視線を送ってくる。
それに気付き、妹の視線の先を目で追うと、左前方はるか地平線の彼方に、大きな砂煙が上がっているのが見えた。
「ライナさん、あれ!」
「……イドラ帝国の騎兵隊ですね。洋一様、急ぎますのでしっかり掴まっていてください!」
言うが早いか、ライナさんはスピードを上げる。
妹もそれに倣うが、妹をわずかに先行させてライナさんはその後ろにつき、ペースを合わせている辺り、ライナさんにはまだ余力があるのだろう。
俺を背負い、片手で予備の馬二頭の手綱も引いているのに大したものだ。
スキルは乗馬Lv2だが、かなり3寄りの2なのだろう。あとは、この馬達がライナさんによく懐いているのもあるのかもしれない。
そんな事を考えている間に砂煙はどんどん大きく近くなり、馬の大群が走る激しい音も聞こえてくる。
俺達が走っている道と砂煙が進んでくる道はこの先で合流して、王都へと通じている。
この道が使えなければ大きく迂回するか道のない所を通る事になり、王都へ着くのはずっと遅れてしまうだろう。
戦いに巻き込まれる危険もはるかに高くなる。
だから帝国軍の先を行くべく、ライナさんは馬を飛ばす。
俺も体の痛みに耐え、少しでも馬とライナさんの負担を減らそうと力を尽くす。
妹も、必死に馬を走らせていた。
合流点まであと少し。帝国軍騎兵隊の先頭はもうその姿が見える所まで迫ってきている。
――――間に合え……。
俺の必死の祈りが通じたのか、俺達の馬は帝国軍よりわずかに早く合流点に到達し、帝国軍を先行する。
思わずホッと息をついたが、危険はこれで終わりではない。
俺達のすぐ後ろ、数十メートルしかない距離を帝国騎兵隊の大軍がすさまじい音を響かせながら追って来ているのだ。
「洋一様、後方の見張りをお願いします! 香織様、後ろは気にせず前だけを見て全力で走ってください!」
鋭い声でライナさんの指示が飛び、俺は体をねじって後ろを向く。
先頭を走る騎兵が、馬を走らせながら弓いに矢を番えようとしていた……。
「ライナさん、敵が弓を構えています!」
悲鳴のような俺の声に、ライナさんは一瞬チラリと後ろを見、右手で持っていた予備の馬二頭の手綱を放す。
軽く鞭を当てると、もらった薬を積んでいるだけで俺達の馬より身軽な二頭は速度を上げ、前方へと走り去ってしまう。
それを見送り、ライナさんは空いた右手で腰の剣を抜いた。
「矢がきます!」
弓が引き絞られるのを見て声を上げる。
矢が弓を離れ、まっすぐこちらに向かってくる。うわっ!
当たると思って思わず目を閉じた刹那、鼻先で『キン!』と鋭い音がし、目を開けると体をよじったライナさんの剣先が俺のすぐ目の前にあった。
飛んでくる矢を、馬に乗りながら後ろ向きで弾いたのだ。
続けて先頭集団の数人が矢を射掛けてくるが、ライナさんは巧みに馬を横にずらし、上体をねじって矢をよける。
妹の馬を狙った一本は、髪をなびかせながら身を乗り出して、剣で弾いてくれた。
驚くほどの身軽さと反射神経、そして巧みな剣捌き。
元からの凛々しさも相まってすごくかっこいい。惚れてしまいそうだ。
だが、今は見蕩れている場合ではない。
首を後ろにねじると、両手を離して矢を撃ったせいなのだろう。追ってくる帝国兵のスピードが少し落ちたようで、差が100メートルくらいに開いていた。
弓で狙える距離ではなくなったのか、帝国兵達は弓をしまい、騎乗に集中して俺達を追ってくる。
ライナさんも剣を納めて前方に集中するが、妹のペースに合わせているので全速力とはいかないらしい。
帝国兵の軽装鎧と武器に比べて、俺を背負っているライナさんはともかく身軽な妹は有利な状況のはずだが、徐々に距離を詰められているのは純粋に騎乗技術の差なのだろう。
片手間に覚えた香織と、日々それを訓練している兵士では実力が違って当然だ。
先頭で追ってくるヒゲの兵士を鑑定してみると
カイル 人間 33歳 スキル:乗馬Lv3 弓術Lv2 槍術Lv1 地位:イドラ帝国軍軽騎兵隊小隊長 状態:怒り
と出た。
ライナさんに攻撃をかわされてお怒りのようだ。そして、乗馬スキルはライナさんよりも高い。
時間が経つにつれて互いの距離はどんどん縮まり、すでに最初よりも近くなっている。
だが弓を撃ってこないのを見ると、ライナさんの腕を警戒して確実に剣か槍で仕留めにくる気なのだろう。これはマズイ……。
徐々に距離を詰めてくる帝国兵に対し、なにか策はないかと必死に頭を巡らせる。
迎撃しようにも、俺は武器をなにも持っていない。
もっとも、弓とか槍とかあっても使える訳ではないのだが、撒菱とかなら……と考えた時、不意に思い当たって、懐に手を突っ込む。
そこには、日常使うお金を入れた財布があった。
皮袋である財布を開き、中を覗く。
金貨が10枚ほどと、銀貨が数十枚。あとは若干の銅貨が入っていた。
イドラ帝国とマーカム王国では貨幣が違うだろうが、金や銀の価値自体は変わらないはずだ。
……もったいないけど、背に腹は変えられない。
俺は皮袋に手を突っ込み、金貨を含む数枚を掴むと、後方に放り投げた。
不安定な体勢からの投擲なので、元より命中なんて期待していない。
陽の光を浴びてキラキラと輝きながら宙を舞う金貨や銀貨が、帝国兵の気を引いてくれればそれで十分なのだ。
果たせるかな、宙を舞うのが金貨や銀貨だと気付いた一部の帝国兵が隊列を乱して停止し、先を争って拾い集める。
よしよし、とてもいい反応だ。
続けて、今度は思いっきり一掴み。額にして多分数百万アストル分を一気に放り投げる。
一回目で物が何かを把握したのだろう。前回は反応できなかった先頭付近の帝国兵達も我先にと馬を止め、争って金貨と銀貨を拾い集める。
金貨一枚100万アストルは、王国ではちょっと貧しい人達の年収くらいだ。衣食住が保証されている兵士の給料は、下級兵だと年に数十万アストルくらいと聞いている。
帝国も同じくらいだとすれば、銀貨はともかく金貨はとてつもなく魅力的だろう。
見ると、兵士同士で掴み合いのケンカも発生している。
道の真ん中で繰り広げられる一瞬の狂騒に、後続の兵士達も進路を阻まれて馬を止めざるをえない。
ただ一人、先頭を走っていた小隊長だけが、鬼のような形相をして俺達を追ってきていた……。
大陸暦423年7月8日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
資産 所持金 615億5258万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




