126 侵攻への備え
エイナさんの予想では、イドラ帝国軍の侵攻はもう始まっている。
先頭を走る騎兵隊はここまで半日、ここから王都までを一日で走るだろうとの事。
国境の大河を渡る手間があるし、国境には防衛隊もいるのだが、敵は国境の砦を後続の歩兵に任せ、とにかく全速力で騎兵を突進させて王都を包囲するだろうというのがエイナさんの見立てである。
それこそ、国境の砦から王都へ伝令が走るより速くだ。
本当にその通りだとすれば、残された時間はわずかしかない。
俺は体の痛みをこらえて、ニナの報告を聞く。
緊張が伝わっているのだろう、ニナの声もいつもより固い。
「現在の食糧備蓄は、ドラゴンの肉を含めて60日分です。資金の方は、512億4100万アストルの蓄えがあります」
ドラゴンの素材を売った資金は順次送られてきているが、まだ全額ではない。
だが500億アストルあれば大丈夫だろう。問題は食料の方か……。
ニナには、やがて来るであろう帝国軍の指揮官に賄賂を渡し、鉱山の経営継続を認めてもらう事。金貨を潰して、産出した金として帝国に渡す事など、エイナさんからのアドバイスを伝える。
13歳の少女にやらせる仕事ではないと思うが、ニナは力強く頷いて引き受けてくれた。
片目は眼帯で隠れているが、右目に宿る決意の光はとても強い。期待していた以上に立派に育ってくれている。頼もしいな……。
鉱山についてはとにかく経営の存続さえ認められれば、100万アストル金貨が一枚20グラムくらいなので、一日10枚潰して200グラムを渡せば、産出量として十分誤魔化しが効くだろう。
精錬に使う燃料や薬品の購入を装えば、食料もある程度買い入れられるかもしれない。
賄賂はいくら使ってもかまわないからと話をしていると、リンネも報告に戻ってきた。
「森への避難ですが、まだ採取をこなせる人員が十分ではないので、すでに移住している村から支援を受けても、夏から秋にかけては25万人。冬は8万人が限界だと思います」
今鉱山に残っているエルフさんは、およそ31万人。夏でも全員は無理で、冬は問題外だ。
ニナと数字を摺り合わせてもらった結果、新規の食料調達なしで乗り切れるのは年内いっぱいまでだろうとの予測が出た。
帝国の占領下でも食料調達ができればその分伸びるが、戦争となれば畑は荒れるし、帝国軍が万単位で進駐してくれば、その分の食料が余分に消費される。
軍の食料は現地調達が基本なのだ。
当然移動も制限されるだろうし、なによりリステラ商会のネットワークが使えなくては、王国全土から食料を集めるのは不可能だ。
上手くいった場合でも、近隣の村から少量の調達が限界だろう。
今年いっぱい……あと5ヶ月ほどか。
それがタイムリミットになる。
しかも、ファロス大公軍がサイダル王国軍とイドラ帝国軍を追い払って新しい国を作るまでのタイムリミットではない。
新しい国を作った上で、大量の食糧を買い集められる状況が戻るまでのタイムリミットだ。
戦争で国土が荒れたら、当然食料の生産量は落ちるだろう。おまけに想定される時期は冬だ。
幸いこの国には冒険者と呼ばれる人達が多くおり、戦時に兵士を集めるなら冒険者と街の市民が中心になり、農民を動員する事はほとんどないらしいので、農村の働き手がいなくなる事はない。
だが冒険者はなんでも屋で、農作業の繁忙期には手伝いをするし、害獣駆除などもやっているので、いなくなれば収穫量に影響が出る。
不安要素は山積みだ。
ファロス大公にはできるだけ迅速に勝利をもぎ取ってもらわなければいけない。そのためには……いざとなったら火薬の知識を提供する事も必要だろうか?
そして、万一の場合の想定も必要だ。
もし鉱山の解放が遅くなったり大公軍が敗れたりした時には、エルフさん達だけでの決断をお願いしなければならなくなる。
飢えるのを覚悟で大森林に移るか、最悪のケースとしては死ぬよりマシという事で、人間に捕らわれて奴隷に戻る選択肢を選ぶかだ。
リンネをはじめ、薬師さんや主だったエルフのみんなにはその事を伝え、念のための覚悟をお願いしておく。
エイナさん情報によると、イドラ帝国におけるエルフの地位はマーカム王国と大差がない。
むしろ教会の力が弱く、亜人との接触に対する忌避感が少ない分、そっち方面で……娼館などで使われたりもする方面で、より過酷な扱いを受けているらしい。
今、俺の周りに集まって対応を話したり、俺の筋肉痛を気遣ってくれたりしているエルフさん達。
リンネとレンネさん姉妹・薬師さん・レナさん・セレスさん・ヒルセさん……それなりの時間を共に過ごし、共に苦労をし、喜びを分かち合い、助けたり助けられたりした大切な仲間達だ。
そんなみんなが飢えに苦しんだり、奴隷にされて酷い扱いを受けたりする光景なんて、想像したくもない。
なんとしてでも解放と食料調達を間に合わせるのだと、俺は密かに決意を新たにする。
特にリンネは、いざとなったらまたドラゴンを狩りに行ってしまうだろう。
状況を考えれば仕方がないかもしれないが、危険が大きすぎるのでできる限り思い留まらせるようにと、薬師さんとヒルセさんの同郷年長コンビにお願いしておく。
そうして短時間で可能な限りの段取りを整え、打ち合わせを終えて、俺は王都へ戻る事になった。
みんなを見捨てて逃げるようで心苦しいが、これから先の状況で俺の元世界知識を生かせる場所はと考えると、エイナさんとファロス大公の元に行くのが最善だ。
大公軍を助け、なるべく早く戻ってくるからとみんなに約束をして、俺達は鉱山を後にする。
忙しい中エルフのみんなが見送ってくれ、薬師さんは『戦場へ行くならあって困る事はないだろう』と薬の詰め合わせをくれた。
ホント根は優しいよねこの人。
ライナさんが馬を出発させ、鉱山が遠ざかっていく。
後ろ髪を引かれる思いで、俺はみんなの姿が見えなくなるまで手を振り続けるのだった……。
大陸暦423年7月8日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
資産 所持金 615億5258万(512億4100万アストルをニナに預ける)
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




