124 一蓮托生(いちれんたくしょう)
エイナさんと長い話をした翌朝。俺達はふたたび居間に集合していた。
調子はどうだろうかとエイナさんを観察すると、一見していつもと変わりなく、怜悧な空気をまとい、感情をうかがい知る事ができない雰囲気だ……と思ったけど、俺の斜め後ろに立っているライナさんをチラリと見て、気恥ずかしそうに視線を落とした。
耳がほんのり赤くなっている。昨夜なにがあった?
ものすごく気になったが、今はそんな話をしている場合ではない。
いつかライナさんに訊こうと決め、俺は昨夜考えた計画をエイナさんに量ってみる。
「これから大急ぎで鉱山に戻って、みんなと話をしてこようと思います。できるだけ多くのエルフを大森林に逃がし、残りは鉱山に立てこもります」
「今から鉱山に戻るのですか……」
エイナさんがすごく心配そうな表情になる。俺が戻るって事は、護衛のライナさんも一緒に戻るって事だからね。
「イドラ帝国の攻撃はいつ始まりそうですか?」
「明日の朝と想定しています」
明日……ほぼ24時間だ。馬車だと鉱山まで二日。敵が国境から鉱山まで移動してくる時間を考えても、普通なら間に合わない。
だが俺達は昔、妹の病気を治す方法を探すために、鉱山まで一日で走った事がある。
「ライナさん。俺を乗せて二人で、鉱山まで一日で走り切る事は可能ですか?」
「はい、お任せください。予備の馬を連れて行けば、一日以内に鉱山まで走り抜いてご覧に入れます」
頼もしい返事が返ってくる。
「じゃあもう少ししたら出発という事で、準備をお願いします。香織、今回お前はここで留守ば『私もおにいちゃんと一緒に行く!』
「……いや、今回は馬車じゃないから無理だよ。わがまま言わないで、ここでエイナさんと留守番してるんだ」
「だいじょうぶ、わたしも馬乗れるから。こんな事もあるかと思って、時間を見つけてライナさんやニナちゃんに教わってたんだよ」
「へ……」
予想外の言葉を受けてライナさんに視線で訊ねると、とても力強く頷いてくれた。
「はい。香織様の乗馬の腕なら、早駆けについてくるくらいは問題ないと保証いたします。ただ、丸一日走るとなると体力が心配ですが……」
「体力も鍛えてるから平気だよ!」
自信満々に言う香織。
そういえばこの世界に来た時から、引きこもりだった俺より体力あったもんな……。
なんかダメって言いにくいし、言っても聞かなさそうな雰囲気だ。この妹、こういう所は死ぬほど頑固だからな……。
「……わかった、じゃあ香織も一緒に来てくれ」
そう返事をし、嬉しそうに笑顔を浮かべる妹にちょっと和みつつ、気を取り直してエイナさんに向き直る。
「鉱山に戻って情報を伝えて、できる限りの対応をしたら俺達はここへ戻ってきます。その後はエイナさんの言う通り、ファロス大公領に避難しましょう。なにか修正するべき点や助言などありますか?」
俺の言葉に、エイナさんは地図を取り出した。
「鉱山への道は、七割方敵の進行路と重なると思われます。帰り道に鉱山を出てからこの地点までは、前から来る敵と道の合流点に敵がいないか十分にご注意ください。それと、鉱山に立てこもるというのは戦うという事でしょうか?」
「いえ、エルフさん達を外に出さないという意味での立てこもるです。『引きこもる』の方が適切かもしれませんね」
俺の得意分野だ。
「それならば、敵軍には恭順を示すと良いでしょう。イドラ帝国にとっても鉱山は無傷で手に入れたい重要な場所のはずです。やってきた軍人に賄賂を渡し、一定量の金を納めると申し出れば、十中八九そのままの経営が認められるはずです」
「なるほど、そうします」
あの鉱山でもう金は採掘していないが、ドラゴンの素材を売った金貨が大量にあるので、あれを潰して渡せばいいだろう。
もったいないけど、そんな事を言っている場合じゃない。
ライナさんと香織が馬の準備に行っている間に、エイナさんから他にも色々とアドバイスをもらう。こういう時は本当に頼りになる人だ。
そうしているうちに、出発準備が整ったと妹が呼びにきてくれた。
「じゃあ、行ってきますね」
話も一段落ついた所だったので、エイナさんにそう言って立ち上がる。
「お気をつけて……必ずご無事でお戻りください」
「あはは、それはライナさんにでしょう?」
「いえ、洋一様にもです。お姉様は護るべき主人を死なせて、自分一人おめおめと生きて帰ってくるような事はしないでしょうから……」
……ああ、そんな気がするね。
さすが妹。姉の性格をよくわかっている。
逆に俺一人帰ってきたらエイナさんに殺されるような気がするし、ライナさんを失ったらエイナさんは生きていけない気もする。
ある意味、俺達は一蓮托生の運命なのかも知れない。
「わかりました、必ず」
俺だって妹を護らないといけないのだ。死ぬつもりはない。
エイナさんと約束をして庭に出ると、馬が四頭準備されている。
最近ライナさんが扱っている大型馬車は四頭立てなので、その馬を連れてきたのだろう。
どれもライナさんが選び抜いて購入し、大切に世話をしている優秀な馬達だ。
「……ってライナさん、鎧はどうしたんですか?」
ライナさんはいつも身につけている真っ赤な鎧を着ておらず、鎧の下に着る内着に簡単な上着を羽織っただけの格好をしている。
珍しいのと同時に、なんかちょっと色っぽい。
「今回は急ぎの旅ですから、少しでも身軽になるように脱いできました。最小限の装備で行きます」
そう言って、腰に吊った剣に手をやるライナさん。いつもの槍も持っていない。
あの鎧、お母さんの形見だって言ってすごく大事にしていたのに……。
ライナさんの真剣さに触れ、ちょっと色っぽいなとか考えていたのが申し訳なくなる。
顔を叩いて気合を入れ直し、馬に向かって足を進める。
食事は、三人ともドラゴンの干し肉を食べた。これで食事の時間も削れるはずだ。
俺の肩には数十万人のエルフさん達の運命が。そして妹やライナさん姉妹の運命もかかっている。
決意を新たに、俺は産まれて初めての乗馬に挑むのだった……。
大陸暦423年7月7日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
資産 所持金 1128億6768万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




