121 裏切り
貴族制度の酷さを語るエイナさんを、ライナさんは変わらず厳しい目で見つめている。
「つまり、この国の貴族制度を廃するために、外敵を利用しようとしているという事ですか? 大勢の犠牲が出る事を承知の上で」
「それは……その通りです。ですが誤解をしないでくださいお姉様、私はあくまで今回の事態を利用しようとしただけで、私が侵略をそそのかし、外敵を引き込んだ訳ではありません。
むしろサイダル王国とイドラ帝国の間に不信感を植え付け、同盟を組む事を阻止するべく動きました。このまま永久に現在の制度が続くより、他国の支配下に置かれるよりも、この国の住民にとって幸福な未来が築けると信じております!」
必死になって姉に弁明するエイナさん。
て言うか、『私が外敵を引き込んだ訳ではありません』って言い訳しないといけないのが、ある意味凄いよね。
疑われるって事は、できると思われてるって事なんだから。
ふつうは新参の子爵。それも二十歳前後の若輩者にそんな事ができるとは考えない。
エイナさんを知っている俺はできると思うし、実際サイダル王国とイドラ帝国の同盟阻止はやっているみたいだけどね。
正直俺としてはこの国に愛着がある訳ではないので、滅ぶなら滅ぶで別に構わない。むしろ自業自得ではないかとさえ思える。
だけど、他国の支配下に置かれるというのは待遇的によくない事になりそうな感じがするし、せっかく成功させたエルフ奴隷の解放が台無しになってしまうのは悲しすぎる。
なので、ぜひともエイナさんの計画を応援したい所だ。
俺はもうほぼ完全に丸め込まれている訳だけど、ライナさんはそうではないらしい。なにが引っかかっているのだろうか?
そんなライナさんに向けて、エイナさんは必死の説得を継続する。
「お姉様、私は……お父様とお母様の死について調べた事があります」
その言葉に、ライナさんの眉がわずかに動く。
「お姉様は、二人が死んだのは不幸な事故だったとおっしゃっておられました。実際に馬車が橋から転落しての事故でしたが、あれは謀略だったのではありませんか? お父様の事を疎ましく思っていた、近隣の伯爵がやらせた事なのでしょう? 私は幼かったので覚えていませんが、お姉様はご存知だったのではありませんか?」
「……証拠はなにもない」
「おっしゃる通りですし、たとえ証拠があっても子供が伯爵家を糾弾するのは不可能だったでしょう。ですが、それで許されていい事ではないはずです」
「…………」
「お姉様、たしかに私がやろうとしている事は、この国と王家への裏切りです。しかし今のこの国に、本当に忠義を尽くす価値があるのでしょうか? 私にはそうは思えないのです」
さすがエイナさん、この手の説得をさせたら実に上手い。
ライナさんはしばらく考え込み、ややって固い声のまま言葉を発する。
「……わかりました、その件については納得しましょう」
「――お姉様!」
エイナさんが嬉しそうに。本当に嬉しそうに目を輝かせてライナさんの元へ駆け寄っていく。
だがライナさんは厳しい表情を変えておらず、抱き付こうとしたエイナさんを目で威嚇する。
「お姉……さま…………?」
硬直したようにエイナさんの動きが止まり、声が震える。
「エイナ、貴女はまだ全てを話していませんね? 裏切ろうとしたのは本当に国と王家だけですか」
「――――」
エイナさんの顔がみるみる色を失い、膝が小刻みに震えだす。
「わ、私がお姉さまを裏切ろうとしているとお疑いなのですか? それは、それだけは絶対にありません!」
「本当にそうですか? 私がお仕えしている主を裏切るという事は、私を裏切るのと同じ事ですよ」
「――――――――っ」
……あれ、ライナさんの主って俺だよな? え、俺裏切られるの? そんな気配は感じないし、妹も警告してこないけど……。
「私は……洋一様を裏切ろうなどとはしておりません。ファロス大公領への避難は、本当にそれが最善だと思うからお勧めしているのです……」
搾り出すように発せられるその声は、明らかに無理をしている。
俺は今でも自分がどう裏切られようとしているのかわからないが、姉であるライナさんには妹の様子がおかしいのがわかるのだろう。ずっと大切に見守ってきた妹だからね……。
「エイナ、貴女は以前からイドラ帝国が攻めてこようとしているのを知っていましたね? なのにそれを洋一様に知らせなかった」
「ちょっと待ってライナさん。エイナさんは別に俺の部下じゃないんだし、ファロス大公とかまで巻き込んでの大規模な計画だったのなら、それはしょうがないんじゃないですか? 敵が攻めてくる時期を正確に知るのも難しかったでしょうし……」
「それはそうかもしれません。ですが、今回洋一様を呼び出した手紙に書く事はできたはずです。エイナ、それをしなかったのはなぜですか?」
エイナさんは視線を落とし、消え入りそうな声を出す。
「……イドラ帝国が攻めてくる事を知らせたら、洋一様が鉱山に残る決断をする事を懸念したからです。確実に逃げて頂くには、もう鉱山には戻れないタイミングでお呼び立てするしかないと考えました……」
……たしかに、事前に情報を知っていたらその選択をした可能性はある。
だがエイナさんにとっては、ライナさんが俺と一緒に大公領へ逃げるようにするのが最優先だったのだろう。
俺としては、別に騙されたとか裏切られたというような感じはしない。
ライナさんのおまけとはいえ、結果的には俺と妹を助けてくれようとした事には違いないし、エイナさんにとってはライナさんの安全が最優先だったというだけの話だ。
それを責める気にはなれない。いざとなれば、俺だって香織をなにより優先するだろうから。
ライナさんをなだめようと声を上げかけた時、突然部屋に『パン』と乾いた鋭い音が響く。
――音を立てたのは、ライナさんの右手の平とエイナさんの左頬だった……。
大陸暦423年7月6日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
資産 所持金 1128億6768万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




