120 陰謀
『エイナ、なにを隠しているのです?』
ライナさんにそう問い詰められたエイナさんは、まるで母親に叱られる子供のように。ビクビクしながら言葉を発する。
「……イドラ帝国が、国境を破って攻めてくるのです」
つぶやくように発せられたその言葉は、声の小ささに反して最大級の爆弾だった。
イドラ帝国はたしか、サイダル王国と並んで東部で国境を接するもう一つの国だ。
「イドラ帝国は大陸の中央部に広大な領土を持つ大国で、面積は大陸にある六ヶ国中最大。人口は三位。名馬の産地として名高く、騎兵隊はその精強さを大陸中に轟かせています。
帝王が強権を持っており、貴族や教会の力はごく弱く、好戦的な国で、頻繁に周辺の国と戦いを起こしています」
エイナさんが基本情報を解説してくれる。
「元々この国はイドラ帝国とは仲が悪く、時々戦争をしていました。今まではサイダル王国と組んで二ヵ国でイドラ帝国に対峙していましたが、そのバランスが崩れた今、この事態は必然と言えるでしょう。
現在王国軍の大半はサイダル王国軍と戦うために南東部に向かっており、北部一帯は守りが薄く空白に近い。国境の防衛線が破られてしまったら、イドラ帝国が誇る騎兵隊は二日とかからず王都を取り囲むでしょう」
エイナさんが、かすかに震えながら解説してくれる。
震えている理由は敵の攻撃を恐れてじゃなくて、大好きなお姉様に怒られたからだろうけどね。
だが今は、そんなエイナさんをかわいいなと思っている場合ではない。
「エイナさん、それは確かな情報ですか? たしかに状況を考えたらありえる話ですが、手薄になっているサイダル王国本国を攻撃する可能性などもあるのでは?」
「複数の筋から確認が取れている情報です。すでに大規模な部隊が川を渡る準備も進んでいるとの事で、数日中にも攻撃が始まるでしょう」
「――それで、王国側の対応は?」
「なにも。全軍を南に向けて動かしているのを見ると、そもそもこの事実を把握してすらいないでしょう。ファロス大公には知らせましたが、自領へ戻っている最中ですので、追いつくのは数日後でしょう」
「王宮には知らせてないんですか?」
「はい」
「どうして?」
「それは……知らせた所で対処する方法もないでしょうし、混乱を増すばかりでしょうから……」
ライナさんに怒られて怯える子犬状態のエイナさんは、俺の質問に素直に答えてくれる。が、今一瞬目が泳いだ。
普段のエイナさんなら絶対にありえない事だが、今はそれだけ動揺し、心が乱れているのだろう。
年相応の、普通の女の子みたいになっている。
「エイナ、この期に及んでまだ隠し事をするのですか……」
当然ライナさんにも感づかれたらしく、追加の問い詰めが入る。
「いえ……全てを……お話します……」
エイナさんは今にも椅子から崩れ落ちそうなほど弱々しく、見ていてかわいそうなくらいだ。
「実は、今回の件を利用してこのマーカム王国を滅ぼそうという陰謀があります。私もその計画の一員……いえ、首謀者と言ってもいいかもしれません」
――は? 今とんでもない発言が出なかったか?
「それで?」
俺の驚愕をよそに、ライナさんはこのくらいの話が出てくるのを予想していたのか、驚いた様子もなく厳しい表情のまま先をうながす。
「計画では、サイダル王国軍とイドラ帝国軍によってこの王都を陥落させ、その後両軍を争わせて疲弊させた所で、ファロス大公の軍を中心とした解放軍でもって討ち払い、新しい国を作る事になっています」
おそらく最高レベルの機密であろう事を、エイナさんは問われるがままに口にする。
本来なら拷問されてもしゃべらないだろうに。ホント、完全無欠に見えるエイナさん唯一の弱点はお姉ちゃんだよな。
「エイナさん、聞く限りずいぶんと大胆な計画ですけど、成功するんですか?」
「成功率は7~8割と見ています。ファロス大公軍は新式の装備を多数持っており、兵士も精強です。遠征の末疲れた両軍を各個に討てば、勝算はかなり高いかと」
なるほど。二つの軍とまとめて戦うのは無理でも、その方法なら勝ち目があるかもしれない。
むしろ、この国が独立国として残る唯一の方法にも思えてくる。
でも、ライナさんはどう思うだろうか?
あの人真面目だからな……。
そう考えていると、そのライナさんが変わらず厳しい口調で声を発する。
「それで、もし新しい国ができたら、貴女は宰相にでも納まるのですか?」
「――それは違いますお姉様! もし乞われればなにかの役職に就く事はあるかもしれませんが、決してそれが目的ではありません。信じてください!」
エイナさんはとうとう椅子を降り、床に膝をついて哀願するように言う。
どれだけお姉ちゃんに嫌われたくないんだ……。
「ではなにが目的なのですか?」
「…………私は、この国の貴族制度を破壊したいのです。私はかねてから、貴族制度をよく思っていませんでした。リスティの事もありますし、他にも色々と理不尽な事を見てきたからです。
つい先日も、近くの通りで男爵家の馬車が小さい女の子を撥ねる事故がありました。母親が慌てて駆け寄ってきて女の子を抱き上げ、馬車に向かって跪いて謝罪の言葉を口にしましたが、男爵は護衛の男に、貴族の馬車の通行を妨害した罪で二人を処刑するように命じたのです」
暗く澱みに沈んだような表情でエイナさんは言葉を続ける。
「そして護衛の男は、血を流す娘を抱いて必死に謝る母親の背中を、槍で一突きにしました。まるで虫でも踏み潰すかのようにです。
そして私も、子爵という地位を持っていながら、なにもする事ができませんでした。この国ではそれが当たり前だからです」
……この世界はエルフさんに優しくないけど、そういえば貴族と平民の間もそうなんだった。
貴族としては最下級の男爵でさえ、罪もない平民の命を奪ってなんの罰も受けないほどの違いがあるのだ。
リステラさんが『私が今までエルフを見てきた目は、貴族が平民を見る目と同じだったのです……』と言っていたのを思い出す。
「幸いと言うべきか、母親は心臓を突かれてほぼ即死でしたが、必死に抱えて守ろうとした子供は、腕をかすめただけで無事でした。
それでも馬車に轢かれて重傷だったので、私が治療をして面倒を見てくれる人に預けましたが、こんな事はこの国では日常茶飯事です。お姉さまもご存知でしょう?」
「…………」
エイナさんの言葉に、しかしライナさんは厳しい表情を崩さない。
俺の心はかなりエイナさんに同情する方に傾いているけど、ライナさんは違うのだろうか?
それとも、姉妹だからこそわかるレベルで、まだエイナさんが隠し事をしていると見抜いていたりするのだろうか……?
大陸暦423年7月6日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
資産 所持金 1128億6768万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




