117 暗雲の兆(きざ)し
大陸暦423年の初夏。
俺の周りではさまざまな事が順調に進んでいた。
まだ教会に引き渡されていなかったエルフの奴隷が少数ではあるが追加で送られてきたし、雪融けを待って送り出した遠征隊はドラゴンの素材を大量に持ち帰ってくれた。
素材は順次リステラさんの所に送り、鱗以外にも牙や爪が一本1億5000万~2億5000万アストル。骨が1キロ1000万アストル。目が一つ132億アストルで買い取りとの事で、俺の元には莫大な金貨が転がり込んできた。
さすがのリステラさんでも素材を売りさばくには時間がかかるので、手元にきたのはまだ一部だが、リステラさんの査定によるとドラゴンの素材は全部で1211億4700万アストルにもなるのだそうだ。
王国の国家予算が年1500億アストルほどだそうなので、それに迫る額である。
文字通り桁が違う、ドラゴン凄すぎる……。
ドラゴンの目は血のように真っ赤で、それでいて水晶のように透き通った、とても美しい物だった。
さながら巨大なルビーの塊である。
一瞬手元に置いておきたい衝動に駆られたが、妹に欲しいかどうか訊いてみたら、さして興味がなさそうだったので二つとも売ってしまった。
お金はあるに越した事ないからね。
パークレン子爵領での交易は、最初の顔合わせにとエルフ側からリンネに出向いてもらったのだが、その甲斐あってか順調にスタートしたようだ。
姿を隠して人間の居住域を通ってもらうのは忍びなかったので、森の中を移動して現地に向かってもらった。
せっかくなので右手が治ったレンネさんと二人、姉妹仲良く二人旅でだ。
二人共採取の貴重な戦力だけど、今はちょっと余裕があるし、それはリンネがドラゴン狩りをがんばってくれたおかげでもあるので、そのお礼だ。
一ヶ月ほどの旅をして帰ってきた二人は道中大いに楽しめたようで、揃って俺の所に報告をかねたお礼に来てくれた。
道中の話をしてくれる二人は、リンネはもちろんレンネさんもすごく楽しそうだった。
かなり羽を伸ばす事ができたようで、俺も嬉しい。
レンネさんはまだ人間の男である俺と普通に接する事はできず、隣にリンネがいてくれれば、少し離れて話をする事ができる程度だ。
距離さえ保てば一応談笑も可能だが、俺のちょっとした仕草にビクッと反応する事も多い。
目が合うと脅えたように視線を落とすし、触れるのはおろか、手を伸ばしただけで顔を青くして身を縮こまらせる。俺がなにか物を手に取っただけで、とっさに身を固くしたりもする。
あれだけの酷い目に遭ったのだ、トラウマも簡単には消えないのだろう。
お土産にともらったドライフルーツを食べながら、俺はこの姉妹のこれからが幸せであるようにと祈るのだった……。
一方で鉱山運営の方は、エルフさん達の森への移住も順調に数を増やし、先日13万人を超えたと報告が来ている。
全てが順調に進んでいる最中、リステラさんから王国南東部で隣国との間に戦争が発生したという急報が飛び込んできたのは、夏の日差しが強くなってきた7月3日の事だった……。
リステラさんが送ってくれた第一報によると、戦争が発生したのは6月の22日。10日以上前になる。
通信が発達していないこの世界ではこれ以上ないくらいの速さであるが、なんとも遅い。10日もあれば、状況は全然変わっているだろう。
とりあえず一報には、サイダル王国軍が国境の川を越えて進入してきたとある。
俺は慌ててエイナさんからもらった大陸の地図を開き、目を走らせる
四方を海に囲まれた、餃子のような形をした横長の大陸に、六つの国。
北部を大山脈が東西に走り、その南にはリンネ達山エルフが住む大森林が広がっている。
東部には森エルフと呼ばれる種族がいる大密林、南部には沼エルフがいる大湿地帯。
測量技術も未発達だろうからどれだけ正確なのかは疑問だが、それでも大体の位置関係は掴む事ができる。
俺達がいるマーカム王国は大陸の西の端。
国境を接している国は三つあり、北の大山脈の向こうにクムシ王国。
東は大山脈から流れる大河を国境に、上流域と下流域で二つの隣国に接している。
北はイドラ帝国。南が今回攻めてきたサイダル王国だ。
サイダル王国と国境を接している王国の南東部は、先年の内戦でほとんどの貴族家が取り潰され、大きく勢力図が塗り変わった場所である。
その混乱を突かれたのだろうか?
あれこれ考えてみるが、情報も俺の知識も少なすぎて考えがまとまらない。
とりあえず戦場は南東部、鉱山は北東部なので、すぐ直接的な影響に見舞われる事はないだろうが、戦争となれば食料価格の高騰は必定だ。
とりあえずニナに連絡して、食料の確保に動いてもらう。
……あとはどうすればいいんだろう?
万一に備えて鉱山の守りを固める?
エルフさん達は弓の達人が多いが、あまり争いを好まない。自分達の身を守るためなら戦うだろうが、リンネの村が襲われた時の話を聞くに、人質作戦とかにはすごく弱そうだ。
俺が現状かなり自由に動けているのは、エイナさんとリステラさん、それに繋がるファロス大公やネグロステ伯爵の影響力あっての事だ。
もしマーカム王国がなくなって違う国に変わったら、せっかく廃止に持ち込んだエルフの奴隷制が復活してしまうだろうし、この鉱山だってどうなるか分からない。
……という事は、俺はこの国の軍隊に協力するべきなのだろうか? でもどうやって?
エルフの義勇兵なんて、受け入れてもらえるとは思えないし、俺だって出したくない。
頭の中をさまざまな考えがぐるぐる回るが、混乱するばかりで結論は出ない。
そもそもまだ開戦の一報が入っただけなのだ。
ひょっとしたら小競り合いですんで、今頃もう戦いは終わっているかもしれない。
そんな楽観的な希望が浮かんでくるが、それはダメだ。
俺には何十万人ものエルフさん達の命を、そして妹の身の安全を守らなくてはいけない責任がある。
常に最悪を想定するくらいでちょうどいいのだ。
いざとなったらこの鉱山を放棄して、大森林へ逃げ込むか?
でも、まだ大森林で自給自足できるほど人材が育っていないし、いくら大森林が広大でも45万人を超えるエルフさん達全員を受け入れる事ができるのだろうか?
すでに村の数は1000に迫っており、そこそこの密度である。これの3~4倍なんて、森の生産量を超えるんじゃないだろうか?
大森林自体は大河を超えた隣国にも繋がっているので、そこにも進出すれば人口密度は薄まるだろうが、そこは安全が確保されていない地域だ。
隣国の冒険者に村が襲われる事があるかもしれない。
今度は逆に悲観的な考えに支配されそうになるが、これもよくないと頭を振って考えを打ち払い、とりあえずリンネや薬師さんたち主要メンバーに情報を伝えた上で、続報を待つ事にする。
王都のエイナさんから『火急の用件があります。すぐに王都へお越しください』という手紙が届いたのは、その翌日の事だった……。
大陸暦423年7月4日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人-4万5109 +68人)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所+442・住民13万2318人+4万5109)
資産 所持金 1129億7968万(+1121億4700万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ商会長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)




