114 沈黙は金
俺の口からドラゴン一匹分の素材があると聞かされたリステラさんは、たっぷり10秒は固まったあと、ようやく再起動した。
「そ、それは本当にドラゴンなのですか? 大蛇や大トカゲではなく?」
すごい早口で問い質してくる。
「うん、本当にドラゴンだよ。以前買った鱗とも照合してみたし、なにより大きいから」
実際にリンネが狩る所を見たとは言えないので、てきとうに誤魔化しておく。
リステラさんの事は信頼しているけど、どうやって狩ったのかと訊かれたら火薬の事を話さないといけない。
俺と妹の身を危うくするかもしれない情報は、最大限隠しておきたいのだ。
『実際に狩る所を見たけど方法は秘密』とか言うのもリステラさんの印象がよくないだろうから、最初から言わないのが一番だ。
ドラゴンだと断言した俺の言葉に、リステラさんは口元に手を当ててじっと考え込む。
賢そうな美人がやるとすごく絵になるよねそのポーズ。
とはいえ、俺も見蕩れてばかりはいられない。
リステラさんはなにを考え込んでいるのだろうか? できる限り推測して反応に備える。
以前ドラゴンの鱗が欲しいと言った俺が、今度はドラゴン一匹分の素材があると言ってきたのだ。
そこになんらかの関連を疑うのは当然だろう。
リステラさんは俺が大勢のエルフを引き取り、お金が無い事を知っている。
鱗をサンプルに偽物を作って売ろうとしている詐欺の可能性は当然考えているだろう。その対策は事前に考えてきた。
だが、リステラさんの様子は詐欺を疑っている風ではない。むしろなにか、深刻な事を考えている風だ。
なんだろう? 先にドラゴンの死体を発見していて、それの確認のために鱗を買い求めた可能性? ……いや、これは低いだろうな。間が空き過ぎているし、確認するなら素材の一部をリステラさんの所に持ち込んだ方がずっと速い。
他には、俺がエルフの秘宝として隠されていたドラゴンの死体を手に入れた可能性とか、本当に偶然大森林でドラゴンの死体を発見した可能性とか……と考え始めた時、リステラさんが俺に視線を定めて口を開く。どうやら思考速度は向こうの方が断然速いようだ。
「……洋一様。貴方はもしかしてドラゴンを…………あ、いえ、なんでもありません……」
ごく自然な調子で出かけた言葉を、リステラさんは慌てて否定する。
俺は一瞬、心臓がドキリとした。
『もしかしてドラゴンを……』の後に続いた言葉、それはもしかして、『ドラゴンを倒したのですか?』だったのではないだろうか?
普通の人なら考えもしない可能性だろうが、リステラさんは俺の特殊性をある程度知っている。その可能性を考えてもおかしくはない。
そして、ドラゴンの鱗で作られた盾を注文したという事実。
まさか俺が自分で使うとは思っていないだろうから、誰かに使わせるために買ったのか、館に飾るのか、あるいはドラゴンを倒すための実験材料として買い求めたのか……。
もしリステラさんがその可能性を考えているのならさすがだ、それは正確に的を射ている。俺は大砲の弾でドラゴンの鱗を貫けるかどうかの実験をするために、盾を買い求めたのだ。
だが、リステラさんにしてみればそれを確認する方法はない。
訊ねられたら俺ははぐらかすし、そんな事リステラさんなら訊く前からわかっているだろう。
微妙な沈黙がしばらく続いた後、リステラさんは静かに口を開いた。
「……わかりました。価格は実物を見てからの評価になりますが、買取はさせていただきましょう。出所は秘匿なさいますか?」
「ありがとうございます。出所は秘密にしてもらえるとありがたいです」
「承知しました。前金などはご入用ですか?」
「いえ、現物を持ってきてから査定買取で構いません。多分ライナさんにお願いする事になると思います。時期は……来年早々か春から少しずつ順次になるかと」
「それは助かります。ドラゴンの素材は高価ですから、一度にと言われたら資金の都合がつかない所でした。念のためにお伝えしておきますと、買取可能部位は、鱗・骨・牙・爪・目などになります。破損した欠片でも構いません。他にもあれば対応いたしますので、ご相談ください」
「はい、よろしくお願いします」
そうして、ドラゴンの素材買取交渉は無事に成立した。
リステラさんにしてみれば、色々と訊きたい事があっただろう。
人間がドラゴンを倒したとなれば、それは大変な事だ。
冒険者ならS級昇格間違いなし、英雄に祭り上げられ、貴族位つきの高位軍人に抜擢されてもおかしくない。
もしドラゴンを倒す方法があり、それが攻撃手段なら、戦争への転用も可能になるだろう。ドラゴンさえ倒すような武器。その影響は計り知れない。
仮に武器ではないにしても、ドラゴンの襲来という厄災への備えというだけで大変な価値がある。
王国最大の商会長として、喉から手が出るほど知りたい情報だろう。
だが俺は目立ちたくないし、リステラさんはその事をよく知っている。
そして、俺がなにかを隠している事にも感づいているだろう。
だからあえてなにも訊かず、リステラさんは商人として取引の話に終始した。雄弁は銀、沈黙は金と言うやつだ。本当に優秀な商会長だと思う。
同時に、俺に対する信頼の厚さも感じられて嬉しくなる。
ドラゴンの素材という怪しげな話なのに、前金まで出そうかと言ってくれた。
その信頼に応えようという訳ではないが、エルフ移送作戦のお礼として、移送に使った馬車300台の譲渡契約を正式に交わし、今度五年間、毎年50台ずつ計250台を無償で提供する約束もする。
セレスさん達が作ってくれる馬車は丈夫でスピードが出る上に揺れも少なく、大変使いやすいと大好評だそうで、リステラさんは大いに喜んでくれた。
それだけでは足りないのでお金の話もしようとしたが、あいにく今は財政状態がよろしくない。
リステラさんはそれを察してか、天使のような微笑を浮かべて『構いませんよ。雇われ商会長から雇用主様に、貸し一つという事にしておきましょう』と言ってくれた。
ありがたい反面、なんかすっごい怖くもある。
て言うかリステラさん、自称雇われ店長から雇われ商会長にランクアップしたのね。
俺的には変える部分はそこじゃないと思うけど……。
空恐ろしいものを感じつつも、今はリステラさんの言葉に甘えておく。
現状はなにより、エルフさん達を食べさせる事が最優先なのだ……。
大陸暦422年11月24日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ35万9676人)(パークレン子爵領・エルフの村504ヶ所・住民8万4701人)
資産 所持金 11億9118万
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ商会長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)




