113 ドラゴン狩りの恩恵
回想から戻って、腕が治ったレンネさんとリンネが感動の対面を果たした後、落ち着いた所で俺は気になっていた事を訊いてみる。
「ねえリンネ。なんであの時、ドラゴンに向けて矢を射たの?」
俺の問いに、薬師さんとレンネさんがギョッとしてリンネを見るが、リンネはベッドから半身を起こした状態のまま、少し気まずそうに口を開く。
「完全に私のカンなのですが、あの状況で心臓を狙っても弾が届かない気がしたのです。なので確実に一撃で仕留めるべく、矢を射かけてこちらに気を引き、炎を吐こうと口を開いた所を狙おうと思いまして……」
申し訳なさそうに目を伏せるリンネ。
今まで数多くの獲物を狩り、大砲の威力も見たリンネがそう判断したのなら、おそらくそれは正しいのだろう。
もし心臓を貫けずに一撃で倒せなかったら、リンネはもちろん俺達だってどうなったかわからない。
一見無謀に見えたリンネの行動だったが、あれは経験と冷静な判断に裏打ちされた最善の判断だったのだ。
ドラゴンの圧倒的な巨大さと、生命体としての格の違いに直面しながらの冷静な判断。咆哮を間近で受けて耳を潰され、強烈な衝撃波も受けていただろう状態での正確な砲操作。
改めて、リンネの凄さを思い知らされる。
リンネの活躍により、ドラゴン狩りは成功した。
今年中には相当量の肉が運ばれてくる予定なので、食糧事情は大きく改善するだろう。
ドラゴンの肉、本当に一切れ食べただけで十日間なにも食べなくて平気だったからね。
やたら硬くて、味はあんまり美味しくなかったけど……。
一方でニナから受けた報告によると、およそ36万人いるエルフさんに供給する食料費は、現在一日7000万~8000万アストルほど。
各種製品の売り上げが一日1000万アストルほどだそうなので、十日もしないうちに資金が枯渇する見込みらしい。わお。
王国全土で食料価格も上がり気味らしいので、とりあえず食料の買い付けを減らし、しばらくは採取と備蓄で食い繋いでドラゴンの肉の到着を待つ一方、この時期に採れるフランの花を売りに行って、繋ぎ資金を確保する事にする。
リンネによると、あのドラゴンから可食部が80トンくらい採れるだろうとの事なので、一切れを20グラムとすれば、36万人の110日分くらいの食料になる。
輸送に関しては干し肉に加工して重量を減らしてから運ぶ予定だし、雪が積もってからはソリを装備した第二次輸送隊も出す予定なので、肉の大半を運ぶ事ができれば、冬はなんとか乗り切れそうだ。
とはいえ、春になって採取できる食料が増えた所で、全員分をまかなうにはとても足りない。
食料の大量買い付けは継続しなければいけない訳で、頼りになるのはドラゴンの素材がどれくらいの値段で売れるかだ。
ホント全面的にドラゴン頼みだよな。リンネががんばってくれなかったらどうなっていた事か……。
一応薬師さんに色々薬を作ってもらって売る手はあるけど、あんまり大々的にやると既存の医術師や薬師に目をつけられるからね。
明らかにトラブルの種なので、最大限避けたい所だ。
ドラゴンの素材を売るのも下手にやると目をつけられそうなので、こういう時はリステラさんを頼ろう。
フランの花を売りがてら、俺は一度王都へ向かう事にした……。
フランの花集めは多少の手間がかかるものの簡単だし、安全が確保された地域であれば鉱山に来たばかりのエルフさんでもできる作業だ。
なので結構な量が集められており、大型馬車に満載してまだ余りがあるくらいだった。
行き先は冒険者ギルド。それも王都の街壁外にある方だ。
フランの花の売却は資金確保と同時に、この国の冒険者ギルドで確固たる地位を占めつつあるエリスさんに恩を売っておく目的もある。
大森林に冒険者が立ち入らないように、かなり骨を折ってくれているみたいだしね。
冒険者ギルドに着くと、エリスさんが『そろそろいらっしゃる頃だと思っていました』と笑顔で迎えてくれた。
そして手早く指示を出し、積んできたフランの花を次々に運び込むと、品質チェックと重量計測に当たってくれる。
その間、俺達は二階にある応接室で待たせてもらうのだが、ふと窓から外を覗くと、見慣れない生物がいるのが目に入った。
冒険者達が荷物を積んでいるそれは、馬とロバの中間のような外見と大きさをした生物。ラバだ。
ファロス大公にロバのオスと馬のメスを掛け合わせて作るラバの存在を教えたのは去年の三月なので、もう一年半以上も前になる。
馬の妊娠期間とかよく知らないけど、そろそろ出回っていてもおかしくない時期だろう。
だが、新商品を一般冒険者が普通に使っているとか、大公どれだけの規模で生産に当たってくれたのだろうか?
ふつうは試験的に少数生産からはじめる物だと思うが、他の提供知識の価値を見込んでくれたのか、それとも仲介者であるエイナさんへの信頼あってか、いきなり大量生産からスタートしてくれたらしい。
権力と資金力を見込んで普及をお願いした甲斐があったというものだ。
エルフさん達はかなり力持ちで、平地なら50キロから60キロくらいの荷物を担いで一日歩けるそうだが、ラバならその倍はいけるし、餌も草でいい。
悪路にも対応できるし、丈夫でおとなしい。輸送効率に関してはエルフさんよりもいいはずだ。
値段に大きな差異がなければ、エルフさん達がいなくなった穴を十分に埋めてくれるだろう。
実際冒険者ギルドを見る限り、エルフさん達がいなくなった影響はほとんど感じられない。
なんだかんだで、世の中というのは順応していく物なのだろう。
そんな事を考えているうちに査定が終了したらしく、8億7000万アストルという額が提示され、俺が了承すると、すぐに870枚の金貨が運ばれてきた。
「あ、今年はすぐに頂けるんですね」
「あはは、この数年で当ギルドもかなり大きく、豊かになりましたからね」
エリスさんはそう言って、意味深に笑う。
俺も『次回以降もよろしくお願いしますね』と笑顔で返しておいた。現状、すぐに現金がもらえるのは大変ありがたい。
大森林に冒険者を派遣できなくなった事で調達に不便をきたしている素材を訊き、ライナさん経由で供給する事を約束して、俺達は冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドを出た後は、王都のリステラ商会に寄る。
リステラさんは王都のメインストリートに新しく大きな店を構えていたが、俺とは以前の小さい店舗の二階で会ってくれた。
根が小市民の俺としては大きくて立派な建物とかとても緊張するので、ありがたい配慮だ。
エルフさん大移送計画が一段落してしばらく経ったからか、リステラさんはすっかり元気になって目の下のくまもなく、生き生きとしている。
俺は挨拶もそこそこに、本題を切り出した。
「リステラさん。ドラゴンの素材が一匹分あるのですが、買い取ってもらう事ってできますかね?」
「…………は?」
キリッとして理知的な美人さんが口を半開きにして固まるという、かなり貴重な光景を見る事ができた……。
大陸暦422年11月24日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ35万9676人)(パークレン子爵領・エルフの村504ヶ所・住民8万4701人)
資産 所持金 11億9118万(+6億7055万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)




