110 重症を負ったリンネ
ドラゴンの体はとんでもなく頑丈で、鱗一枚を剥がすだけでも10人がかりの大仕事だった。
速く速くと気は焦るが、エルフさん達は休憩もとらずに全力で働いてくれている。
それ以上急かす事などできるはずもなく、今は最大限冷静さを保つ努力をし、これからの行動をシミュレートする。
リンネが助かる確率を少しでも上げる方法。思いつく限りでは、薬師さんが言っていたドラゴンの心臓にあるという珠と一緒に、できるだけ早く鉱山に運ぶ事だ。
秘薬を使ってレンネさんの腕を治そうとしていたリンネは怒るかもしれないが、ここは譲れない。たとえ恨まれる事になっても、俺はリンネに生きていてほしいのだ。
「よう……いち…………さま……」
と、リンネが弱々しく、蚊の鳴くような声で言葉を発する。
「リンネ! 大丈夫!?」
「よういち……さま……妹を……どうか……」
「うん、大丈夫。レンネさんの事は俺に任せておいて」
「おねが……い……しま…………『リンネ、もういいからしゃべらないで。それより薬を』
言葉を遮るようにして薬ビンを口元に持っていくと、一口の半分くらいをなんとか飲んでくれ、リンネは再び気を失ってしまった。
今、リンネはおそらく目が見えていなかった。そして多分、耳も聞こえていなかったと思う。
遺言のように心残りを口にしただけで、俺の言葉が聞こえている風ではなかった。
耳はドラゴンの咆哮を間近で受けたせいだろうが、目はどうしてだろう?
衰弱による一過性のものならいいが、火傷による永久的な失明だったりしたら……。
恐ろしい想像が脳裏をよぎるが、頭を振ってそれを打ち消し、今はどうやってリンネを少しでも早く連れ帰るかを考える。
絶対に、今の言葉を遺言にする訳にはいかないのだ。
エルフさん達の中から特に脚力に自信がある人4人に集まってもらい、二人ずつ二組の担送要員として、体力を充足するべく休んでもらう。
ドラゴンの心臓が見つかったら起こしてもらうようにお願いし、俺達も休もうとするのだが、リンネの隣で毛布に包まって横になっても、心が乱れてどうにも寝付けない。
しばらく悶々としていると、妹がそっと寄り添うように隣にきて、俺の手を握ってくれた。
いや、妹の手もかすかに震えているので、不安のあまり俺の手を握りにきたのだろう。
だがそれは、不思議と俺の心を落ち着けてくれる効果があった。
妹の手を優しく握り返し、その手から伝わってくる温もりを感じているうちに、いつしか俺は深い眠りに落ちていくのだった……。
エルフさん達に起こされたのは、翌日のかなり日が高い時間だった。
慌ててリンネはと見ると、相変わらず意識はないが呼吸はしている。
ホッとして、薬師さん特製傷薬一ビンを体にふりかけ、わずかに残した量で口を湿らせる。
ドラゴンの心臓を見つけたと言うので行ってみると、ドラゴンの胸に空いた人間一人が入れるくらいの大きな切れ目から、一抱え以上もある赤い塊が取り出されていた。
辺りは血の海で、独特の臭気が漂っている。
妹からナイフを借りてそっと心臓を切り開いてみると、分厚いゴムのように弾力のある心臓の奥から、ピンポン球くらいの大きさの真っ赤な珠が見つかった。
手に触れた感触は石のようで、宝石のような透明感や冷たさはなく、体組織のような柔らかさもない。……結石の類だろうか?
あまり薬の材料っぽい印象は受けなかったが、これにリンネの命がかかっているのだ。
とにかく大切にしまいこみ、俺達は全速力で鉱山を目指す事にする。
この場に残るエルフさん達には、ドラゴンの素材回収と、干し肉作りをお願いしておいた。
ドラゴンは一匹で広大な縄張りを持つそうなので、他のドラゴンに襲われる可能性は極めて低いだろうし、ここにはドラゴンを恐れて魔獣も近寄らない。
食料はドラゴンの肉があるし、水は雪を融かせばいいだろう。
「鉱山に戻ったら輸送要員を送ってもらうから、それまでよろしくね」
「はい。リンネ先生を、どうかよろしくお願いします」
「うん、絶対助けてみせるよ!」
そう言葉を交わし、俺と妹は担送要員のエルフさんと一緒に山を駆け下りる。
体を軽くするために荷物は最小限。
食料としてドラゴンの肉を一塊と、各自が皮製の水筒一つ。毛布一枚を持っただけの強行軍だ。
危険は妹の能力頼みで全力回避の方向でいく。
本当に、香織には助けられてばっかりだ。
感謝の気持ちを胸に、俺は体力の続く限り走るのだった……。
大陸暦422年11月3日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ36万4154人)(パークレン子爵領・エルフの村473ヶ所・住民8万201人)
資産 所持金 16億3278万
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)




