108 ドラゴンとの邂逅(かいこう)
リンネ達山エルフの故郷である大森林は、大陸北部を東西に走る大山脈の裾野に広がっている。
ふもとから山の八分目くらいまでが森の範囲で、その先は草木がまばらに生えているだけの岩山だ。
本格的な山登りがはじまり、傾斜が急になってきてからは進む速度も遅くなり、森と岩山の境界に辿り着いたのは、出発から30日近くが経った11月1日の事だった。
森の端から見上げる岩山はすでに雪を被っていて、かなり寒い。
標高が何メートルなのか分からないが、日によっては雲が下に見えるし、息が苦しくて頭も痛い。
妹が『お湯の温度が上がらなくて調理が上手くできない。お茶も沸かしにくい』と言っていたので、かなり高度が高くて気圧が低いのだろう。
上手くできないと言いつつ、妹の料理は相変わらず絶品だけどね。
森を抜けた先の岩山にはわずかな低木や草むらしかなく、上から丸見えだ。
つまり空を飛ぶドラゴンから身を隠す事ができない訳で、山エルフはもちろん、獣や魔獣達でさえ踏み込まない場所らしい。
大型の動物では唯一、ドラゴンだけが住処にしている。
リンネと作戦会議をした結果、森の端に隠すようにして大砲を設置し、射線の先にエサを置いてドラゴンを誘き寄せる事になった。
さっそく大砲の設置にかかってもらうが、ドラゴンは翼で巻き起こす風ですらかなりの物との事なので、飛ばされないよう穴を掘って、半分埋めるように台座を固定する。
砲身も分割されていた物を結合し、縄をぐるぐると巻いていく。
こうするとパーツの固定と同時に、内側からの衝撃に対する強度を増す効果もあるのだそうだ。
台座にはセレスさんが工夫を凝らしてくれていて、ハンドルを回すと上下左右に照準を調整できるようになっている。
狙って撃つのはリンネの担当で、弓と共通する部分も多いそうだが、その辺は俺にはよくわからない。
近距離で直接照準だし、本人がそう言うからにはそうなのだろう。
大砲の脇には穴を掘り、いざという時隠れられるようにする。
念には念を入れて底の部分からさらに横穴を掘り、ドラゴンの吐く炎にどれだけ有効かわからないが、水をたっぷり含ませた毛布三枚を備え付けた。
大砲に火薬と弾を詰め、木の葉で偽装して、点火用の火縄を用意したら準備完了だ。
弾も火薬も一発分しか持ってきていない、文字通りの一発勝負である。
翌朝。エサになる獣をリンネが狩ってきてくれた。
白い雪の上で目立つようにと、黒い毛をした牛のような、バッファローのような獣である。
1トンはあるんじゃなかろうかという巨体を全員で持ち上げてなんとか運び、大砲の先50メートルに置く。
もう少し離した方がいいのではと言ったのだが、リンネの希望でこの距離になった。
ドラゴンがこれを見つけて食べている間に、森から大砲をお見舞いしようという計画である。
俺達はいても役に立たないので、後方に引っ込んで見守るだけだ。
エサと大砲を結ぶ線からズレるように、斜め後ろに下がった場所に陣を取る。
はたして、ドラゴンは現れるだろうか?
今俺達がいるのは、巨大な山々が連なる大山脈でも一際大きい頂の下。
近くにドラゴンのねぐらがある可能性は高いと思うし、白い雪の上に黒いエサはかなり目立つと思う。
とはいえドラゴンは一匹で広大な縄張りを持つ生物らしいので、どうなるかは運次第だ。
木材加工ができるエルフさん達には、長期戦になる事も考えて小屋の仮設に取りかかってもらう。
……その日の午後、不意に妹が俺の服の裾を引いた。
振り返ると、妹は今まで見た事がないほどに脅えた、真っ青な顔をしている。
――次の瞬間、頭の上から森の木々を震わせるほどの轟音がひびく。
音は多分『ギャー』かなにか、ドラゴンの鳴き声だったと思うのだが、あまりに大きすぎて音というより衝撃波に近かった。
幸い声は一泣きだけだったので、我に返ってすぐ、周りにいるエルフさん達に物陰に隠れるよう指示を出す。
だが、ほとんどの子が腰を抜かして立ち上がる事ができない状態だった。
目に涙を浮かべ、顔に恐怖を貼り付かせてガタガタ震えている。
それは圧倒的強者の威圧を受けた時、生物として自然に陥ってしまう反応なのだろう。
元の世界に『ヘビに睨まれたカエル』という言葉があったが、まさにそんな感じだ。
俺が多少なりとも冷静でいられるのは、元の世界で大きい音に対する慣れがいくらかでもあったからだろう。
妹も動けるようだったので、二人でエルフさん達を抱きかかえ、岩や大木の陰に隠れさせる。
その最中、突然すさまじい暴風が襲ってきた。
慌てて地面に伏せたが、呆然としたままだったエルフさんの何人かが風に飛ばされてしまう。
妹の姿を探すと、幸い近くの大木の陰にいて無事だった。
暴風は二度・三度と繰り返し波のように襲ってくる。
風は森の外からだ。多分ドラゴンの羽ばたきなのだろう、羽ばたくだけでこれって、どんだけだよ。
だが、暴風にはエルフさん達の正気を取り戻してくれる効果があったらしい。
みんな慌てて、大木や岩陰に隠れている。
それを確認し、俺は風の隙間をついてドラゴンの姿を確認しようと、森の切れ目に向かう。リンネは大丈夫だろうか?
妹はと見ると、しっかり俺の後に付いてきていた。さすがだ。
大砲とリンネがいる位置から横に300メートルほど。森の切れ目から外を覗くと、地響きと共に巨大なドラゴンが着地する所だった。
すさまじい雪煙が舞い上がり、一瞬視界が効かなくなるが、すぐに巨大なシルエットが。ドラゴンの姿が白日の下に現れる。
その姿を見上げ、俺は思わず言葉を失ってしまった。
大きな翼のついた、赤黒く巨大な胴体。そこから長い首と尻尾が伸びていて、全長120~130メートルはありそうだ。
尻尾を一振りしたら、リンネがいる場所までギリギリ届くかもしれない。
俺は心の底で、ほんの少しだけドラゴンを見てみたいと思っていた好奇心を死ぬほど後悔した。
これはダメだ。人間がどうこうできる存在ではないと、本能が訴えてくる。
……この世界にドラゴンを脅かす存在など、同族くらいしかいないのだろう。
目の前のドラゴンは辺りを警戒する事もせず、悠然と獲物に食らいつく。
巨大な歯が並んだ口で一噛みすると、それだけで大きな獣が半分になった。
ドラゴンが肉を咀嚼するたびに、バキバキと骨が砕ける不気味な音が響いてきて、体に震えが走る。
こんな相手、はたして大砲一発で倒せるだろうか?
もし一撃で仕留められなかったら。この生物を手負いにして怒らせてしまったら、俺達全員この世から消えてしまうだろう。
妹はさっきから俺の隣にいて、俺の腕をギュッと握っている。
怖いのだろう、その手は小刻みに震えていた。
多分、俺の手も震えていると思う。
リンネはどうしているだろうかと、視線を移して木々の隙間から大砲の位置を見る。
森と岩山の境界は緩やかにカーブしているので、この場所からでも目的の場所を見る事ができた。
今、ドラゴンは大砲の位置からほぼ真横を向いている。
薬師さんが推定してくれた心臓の位置を狙うなら、じっとしているこの時は最高のチャンスと言える。
リンネの姿を求めて必死に目を凝らしていると、大砲の傍らに小さな人影が見えた。リンネが、ドラゴンに向かって弓を構えている。
…………え? なんで??
大陸暦422年11月2日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ36万4154人-1万1000と+19)(パークレン子爵領・エルフの村473ヶ所+82・住民8万201人+1万1000)
資産 所持金 16億3278万(-9億3109万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)




