第九十八話
「――レイだ」
ハイテンション受付嬢から逃げて、俺達は三階にあるギルドマスター室の前に着いた。前回もこの部屋に入ったことが有ったが、ケーヌが率いる調査隊の皆と一緒に入ったし、あの時はギルドマスターが不在だった。幾らギルドマスターは爽快な人だとはいえ、一応冒険者としての上司みたいな存在だから部屋に入る前はノックしておこう。
「入れ」
「お邪魔します」
ドア越しにギルドマスターの許可を得て、俺達は部屋に入った。ドアを開いた途端、あの日に見たギルドマスター室の光景を思い出させる。初めてこの部屋に入るセツが緊張すると思っていたが、意外と冷静だった。まぁ、よくよく考えればセツは人間のお偉いさんに緊張する性格ではない。そもそも彼女の名演技で自身の緊張を上手く隠せるからなぁ……
「レイ君、傷の具合はどう?」
「ああ、大分治った」
「そう、それは何よりだ。ところでレイ君、君は一体何者だ?」
突如、俺の容体を訊いてくるギルドマスターの声が一転し、三日前の戦場でさえも聞こえなかった深刻で、剣呑なものに変わった。でもまっ、素性も知らない小僧と女性二人だけで巨人族を倒したんだ、怪しんでも仕方ない。ギルドマスターの疑いも想定内だ。問題はどうやって誤魔化せるか……
「何だよ、もう俺の事を『少年』って呼ばないのか?」
「巨人族を一人で倒せる少年が居て堪るか」
「……それもそうか」
今、ギルドマスターは確かに一人って言ったよね……ならギルド側はまだレヴィの事に勘付いていないと仮定して良いのか?それともそれは俺を油断させる罠なのか……?
『レイ』
おっと、このタイミングでイリアからの念話が来た。彼女の口調から察するに、どうやらよほど大事な事が有るみたいだ。
『あの秘書は五つのマナクリスタルを隠し持っている。その内の一つは対象者が嘘を付く時に反応する魔法式が書き込まれている』
なるほど、随分と俺達を疑っているな。さて、どうしようか……?下手に誤魔化せばマナクリスタルに引っ掛かる、逆に真実の大半を隠せば話の辻褄が合わない。ギルドマスターは俺達の素性を全部聞き出せるまで止める気は無いみたい。しかし、一つの質問を答えるまで間が開き過ぎると不自然だ……全く、思考加速のスキルが有って良かったよ。
「もう一度訊く、君……いや、君達は何者だ?」
「ただの冒険者だよ」
「あのウィルに警戒する冒険者は多くない。それに、君がこの町に来た頃は一人だ。黒髪の嬢ちゃんと獣人の嬢ちゃんは連れていなかった。そして彼女らとほぼ同時刻にモンスターの大群が攻めてきた……これは無関係とは思い辛いな」
「人聞きの悪い事を言うなよ。こいつらは俺の家族のレヴィと訳あって保護しただけさ。二人とも俺の大切な者だ。ギルマスとはいえ、人と出会ったタイミングだけで疑うのはどうか思うよ?」
マナクリスタルの反応は……無い!よし、今回は何とか躱せた。流石にレヴィを妹って言えないから、同じ意味合いを持つ『家族』で言った。俺はこの世界の誰の血とも繋がっていない、レヴィも初代魔王が魂を分裂して作られたから血は繋がっていない。
要するに俺とレヴィはお互い血が繋がる人を持たない者同士。レヴィは場合は他の姉妹と可能性があるけど、その場合は血ではなく魂だからギリギリセーフ。この世界の家族の概念は血が繋ぐ、もしくは似た特徴を持つ一族と定義すれば、『誰にも血が繋がらない』という特徴を持つ俺とレヴィは家族って呼ばれていい筈!
まぁ、そもそもこの世界での『家族』の定義が分からない以上、この話をする事自体が賭けだった。あんな強引に屁理屈が通れるなんて思わなかった。最悪この場所に広範囲な攻撃魔法を放って逃げる事も作戦に入れたけど……嘘の判定が危ういな魔法式なら必要なさそうだ。後はギルドマスターがこの話を信じるかどうか……
「……なら質問を変えよう。君はどこから来た?ウィルから聞いた話だと、メルシャーの者ではないようだが?」
「あぁ、そうだな……詳しくは言えないが、遥か東からだ」
「遥か東っていうのは極東の魔京か?」
「さぁな?詳しい事はお前の想像にお任せ」
「う~む、極東の情報はあまりにも少なすぎるからな……」
えぇ!?……あんな適当な言い訳を信じたのか!?彼の後ろに控えている秘書を目尻でチラ見したが、案の定呆れた表情で溜息を吐いた。
ていうか、ギルドマスターって実力があれば誰でもなれる職業なのか?俺が言うのもなんだけど、もうちょっと他人を疑う方が良いぞ。他の冒険者はあんたの判断一つで生死が左右されるんだぞ、今の俺達にとっては好都合だけど……正直もうちょっとしっかりして欲しい。
「もう良いだろう?俺達も乱戦の疲労が残っているんだ」
「ああ、最後に一つ。君達はこれから如何したい?」
「……そうだなぁ、先ずは彼女達の願いを叶えさせて、残りの人生を彼女達と一緒に過ごすつもりだよ」
「なら冒険者ギルドで働かないか?多少の危険が伴うけど、レイ君ほどの実力者なら問題無いよね?」
「ああ、当分は冒険者として活動するつもりだ」
俺の回答に満足したのか、ギルドマスターは目を閉じて頷いた。その直後、彼は秘書のリサさんに合図を出した。背後に控えているリサさんが白い布に包まれたある物を差し出した。
「これが約束した報酬だ。ちゃんと嬢ちゃん二人の分も含まれているぜ」
布を取り除いたら、そこには銀色のマナクリスタルが有った。ん?三人分の報酬が有るって言ったよね?でもクリスタルは一つだけ……ああ、そういうこと!
「空間魔法が刻まれたか」
「ほう、随分と博識だね。そうよ、君達の報酬の七割はその中に入っている。内容は魔力を流せば確認できるようになっている」
「ほう……なら早速――」
試してみようっと言う余裕もなく、俺はクリスタルの中身を見て失言した。な、何だよこの量の金は!?金貨だけで100枚以上、様々なサイズや色のマナクリスタルが大量に入っている。おい、ちょっと待てよ。これって遺跡調査の時の報酬より20倍以上あるよね?
あの時の5枚の金貨と十数枚の銀貨で一ヶ月を余裕で過ごせた。ならこの量は一体……数年何もせずとも生きていける筈。ヤバイな、こんな大金を見るのは初めてで思わずクリスタルを持つ両手が震え始めた。
「ん?七割?」
「おう!残る三割はギルド裏にある巨人族の死体だ」
「あれは全部貰えるか?」
「一応冒険者には倒したモンスターや発見した宝を所有権はその人の物になるっていう暗黙のルールが有るからな。嫌ならこちらで処分するぞ?」
「ううん!めっちゃ要る!寧ろそれが本音」
「金より素材が大事か。面白い奴だな、君は。ああ、そうそう。レイ君をAランクに昇格しようと思っているんだけど……勿論俺はレイ君の実力信じているよ?でも形式上に試験を受ける必要があるんだ。どう?」
「止めておくよ。新入りの俺が急にAランクに昇格したら目立つ。俺は面倒事が大嫌いな性格でね、そういうのは勘弁な。んじゃ、俺達は残り三割の報酬を取りに行くよ」
それを言い残して、俺達ギルドマスター室を後にした。
しかし、この時の俺達は知らなかった。俺達が部屋から出て数分後、部屋の中に残ったギルドマスターはリサに声を掛けた。
「あれはちゃんと仕掛けたか?」
「ええ、勿論です。彼もそれに気付いていないみたい」
「くれぐれもバレないように進めてくれ」
「畏まりました」