第九十五話
恐らくはもう百メートル以上を跳び続け、目測身長30メートルを有する巨人をも見下ろす程の高さまで達した。この高さまで来ると、さっきまで見上げて戦う巨人も一回り、二回り小さく見える。
本来ならここから一方的な魔法砲撃を巨人に浴びさせたいところだが……ここの酸素濃度が薄い、長期戦になれば自滅に等しい戦法だ。一応風魔法で酸素を供給する手もあるけど、この高さで魔力切れに成ったら洒落に成らないし、傷一つも負っていない巨人がそう簡単に狙撃できると思えない。以上の点を踏まえ、俺は上空からの攻撃を放棄した。
……だけど今は違う。もう魔力の残量を考量する余裕がない、もう長期戦の事を考えなくて済む、深手を負った巨人が攻撃を避ける確率が極めて低い。
『セツ、アレの設置はもう終えたか?』
『はい』
地上に居るセツに念話を飛ばした。そして彼女はいつもみたく、感情が籠っていない返事が返した。因みに、セツに頼んで設置した物はこの作戦の成功率を大きく左右する代物だ。イリアによると、それが無ければ此度の作戦の成功率は四割以下になるらしい。
『聞いての通りだ、レヴィ』
『了解~』
セツが仕掛け終えた事をレヴィに伝えた。すると彼女は再び魔力を使い、大量を水を作り出して、剣に纏わせた。レヴィが魔法の準備をしている最中、俺も左手を突き出して魔法を発動させた。その魔法の対象は勿論――
「≪大地激震≫」
――巨人が立っている大地そのもの!
俺が魔法を唱えた直後下からゴゴゴゴゴっと、低い地鳴りが聞こえてくる。本来ならこれだけの距離を離れたら上手く狙った場所に魔法を掛ける事が出来ない。では俺はどうやって500メートル以上離れた上空から巨人が立つ地面にピンポイントで魔法を掛けたのか?その答えはセツに設置した九つのマナクリスタルだ。
それらは俺と巨人の再戦が始まる前、手持ちのマナクリスタルの中からちょっと大きめな奴を選んで、予めに俺の魔力を仕込んだ。そしてセツに頼んで、巨人を囲む形で設置させた。俺の魔力が込めたマナクリスタルは上空に居る俺の魔法の受信機と成り、魔法を地面へ伝達した。
地震の中心に居る巨人はもはや立つことが出来ず、四つん這い状態で辛うじて抵抗を見せた。念のため、イジスにはセツを結界で守ると指示した。手負いの獣はどんな行動を取るか分からないからな。
右手が握っているレヴィ(剣モード)が徐々に重くなる事を伴う、俺も振動魔法により多くの魔力を注いだ。やがて――
『……マスター』
『ああ、行こうか』
『うん!』
――レヴィが準備完了の合図をくれた。
右手の剣をチラッと見て確認したが……超高圧で圧縮された大量の水を纏って魔剣は横幅30センチの蒼い刃の大剣になった。その剣身の長さは確実に4メートルは有る。なるほど、通りで重い訳だ。
――すぅ
一回大きく息を吸い、瞼を閉じて心を落ち着かせた。
――ふぅ
一拍を置いて息を吐いた。……よし!
次の瞬間、俺は今立っている風の足場から跳び上げて、真上に新たな足場を生成した。ぐるりと一回転で逆さな状態で真上の足場に着地し、残った全魔力で両足に強化魔法を掛けた。そのまま全力で足場を蹴った!
軽るくソニックブームを引き起こしながら俺は一直線で地上の巨人に全速力で落下した。幸い俺は骨の鎧を全身で纏っているからダメージを最小限に押せた。流石にソニックブームを耐える為の強化魔法を掛ける余力が残されていない。
小さかった巨人が瞬く間に元の大きさに戻った。実際は二秒未満で巨人と接触する筈だか、体感は一秒すら掛からなかった。
『狙うは心臓!私がその場所を示すから、そこを全力で斬って!』
『分かった!』
イリアが念話で巨人の心臓を魔力で示した。……最高に運が良い。四つん這いになったお陰で巨人の心臓はまさに俺達の真下にある!
「今度こそ、終わりだっ!」
目の前に立ち塞がる茶色の壁を向けて、思いっきり魔剣を振り下ろした。魔剣が巨人の背中と接触した刹那に多少の抵抗は有ったが、流石の巨人も強化魔法と重力の助力を受けた俺の加速を止める事が出来なかった。魔剣も難なく巨人の肉を裂き、骨を断った。
「――はっ!」
一瞬で視界が巨人の茶色の背中から土色の地面に一転した。そっか、巨人の身体を貫いたか……やばい、この勢いで地面と激突したら……早く、強化魔法を……
「くそ、意識が――」
…
……
…………
あれ?衝撃が来ない……?魔力切れで満身創痍の身体を鞭打ちし、無理矢理上半身を起こそうとした瞬間、耳元からセツの声が聞こえた。
「あんまり動かないで」
「……セツ?」
「はい、何か?」
重たい瞼を開き、最初で目に入ったのは超至近距離で俺の顔を覗いているセツの顔であった。……近い。あまりの近さで普段ならツッコミを入れたところだが、今は止めよう。しかし、この状態で背中から伝わるセツの両腕……まさかお姫様抱っこ?
「セツが、助けたか?」
「あのままだと大怪我するから」
「……ありがとう。ところで、俺を下して良いよ……全身鎧で重いし」
「大丈夫。獣人族は強い」
……確かにそうだけど。けどっ!今の俺はセツにお姫様抱っこされた状態にいるよね?くぅ、めっちゃ恥ずかしい!
「…………」
未だに無言のままで俺の顔を覗き続けるセツ。はぁ、彼女を好意を甘んじて受けるか。命の恩人だしな、羞恥心なぞ……安い代価だ!
――ゴォォォオオ!
「「っ!?」」
大気を震えさせる低い唸り声が響いた。この声、聞き覚えが有る!う、嘘だろう……俺は確かに心臓を抉れ出したぞ!なのに……
「まだ生きているのかっ!?」
霞む視界を凝視し、心臓辺りが大きな風穴を開かれても尚立ち上がろうとする巨人が見える。あれでも生物かよ!?いくら何でも反則過ぎだろう!
「心配するな、マスター」
いつの間にか剣モードから擬人化したレヴィが再び起きろうとする俺の前に現れて、片手で俺を止めた。その後、彼女は爽やかな顔で指を鳴らした。それと同時に、巨人の身体が突然爆発した!飛び散る肉の塊や血飛沫を構わずに話を続きを口にした。
「私が居れば、心配ないって」