第九十一話
レヴィとの念話を切って、俺が巨人に再度意識を向ける際にイリアは切り札の準備を終わらせた。こいつは俺とイリア、二人への負担が大きいからあんまり使えたくなかったが……仕方ない。
『何時でも行けるぞ』
レヴィの攻撃が命中できるようの囮役。こっちの目的は奇襲を成功させる事、なら最も重要な事はレヴィから注意を引かせる、もしくはレヴィを奴の死角に入れる。ならやるべき事はもう決まっている。
『先ずは目眩まし……≪ウナグランデ・テンペスタ≫！』
大量の魔力を消費して作れた、巨人の身体を囲む大嵐。風自体が巨人に齎せるダメージに見込みは無いが、それに巻き起こらせた砂塵なら多少の視界阻害効果はあるだろう。
見たところ、巨人の目を守る物は無い。であれば、大嵐の中に仕込んだ風の刃が眼球への攻撃も出来る。正直たかが数十センチの刃が与えるダメージに心許ない。それでも、巨人を苛立てるだろう。それに、逆風に抗って行動する事自体はそれなりの量の体力も削れる。
本来ならこのまま持久戦に持ち込みたいけど、流石に俺の魔力量的に無理がある。だから多少無茶をしても、一気にあいつの体力を奪いたい。
「……燃えろ」
巨人の身体を纏う形で渦巻く大嵐に火魔法をぶつかった。特殊なアレンジも無く、ただ単純なバスケットボールサイズの火の玉が嵐に触れた途端、大嵐が業火の大竜巻に変化した。普通なら火の玉が強すぎる大嵐に接触した瞬間に消されるので、のの火の玉は俺が入念に大量の魔力を込めた代物だ。そう易々と消せられないよ！
業火の大竜巻によって発した熱量は凄まじい勢いで上昇気流を生み出し、大嵐で空高くまで登って冷やした空気を循環する。やがて大竜巻は余計な魔力を消費せず、勝手に成長する。
例え人間だろうと、巨人だろうと、生物である事は変わりはない。生物にとって、水分は生きる為に欠かせない物だ。その業火の中に、巨人の体内の水分がみるみるうちに蒸発しいるはずだ。体外からの攻撃が効かないのであれば、体内からの攻撃はどう？
――ゴァアアアア！
渦巻く業火の中から響く巨人の怒号。よし、この魔法の組み合わせは予想通り効いている。このまま押し切るっと思った瞬間、巨人の剣が左下から俺を目掛けて切り上げた。
「まっ、そう簡単に倒れるのなら苦労しないがな！」
その攻撃を避けるべく、俺は巨人から距離を取った。そして巨人も業火から出て、立て続けに剣を振って追撃を始まった。相変わらずに脅威を感じるスピードで繰り広がる斬撃。しかし、今の俺なら……それらを捉える！
――右上、左、真下、突き
縦横無尽に俺を襲い掛かる斬撃を紙一重で躱す。そして最後の突きを躱した直後、その剣を握っている手の手首を強化魔法プラス振動魔法の二重掛けた蹴りで攻撃した。願わくばその剣を落としたかったが……まぁまぁ、その腕を左側へ大きく弾けた事で良しにするか。しかも、そのお陰で巨人の胴体は無防備の状態に曝け出した。
「激震裂：終撃！」
無防備な胸元に潜り込み、心臓部分に振動魔法が纏った攻撃を入れた。クソ、この感じだと肋骨に防がれたみたいだ。肋骨にひびが入れられたのは良いんだが、肝心な心臓までは届いていない。あと二、三発を入らないと砕ける自信が無い。一応これも目的の一つではあるが、本命は……
――ゴァアアアアア！
巨人が再度、しかも先程より大きい声を上げた。まぁ、無理も無い。何せ片腕が切り飛ばされたからな。ナイスだ、レヴィ！
知らないだろうな、巨人？水ってものはな、水圧さえ足りれば最も硬い鉱石たるダイアモンドも斬れるんだぞ。いかにお前の皮膚が硬いとは言え、超高水圧に勝てる訳はなかろう。
「さぁ、覚悟しろう巨人族！」
～
【第三者視点】
レヴィが巨人の背後から水刃を飛ばし、その腕を切断したのと同時に、離れた所で彼等の事を見ているイジスが言葉を発した。
「もうとっくに起きていますよね？」
その言葉が発してから数秒後、その横から意識を失った筈のセツが返答した。
「……何時から？」
「う～ん、巨人族が出現する前、レイさんがギルドマスターと会話をする時かな。因みにイリアさんとレヴィさんも気付きましたよ」
「何故、ご主人様と一緒に戦わない？」
セツの問い掛けに聞いたイジスは横に座っているセツに目配りした。まるでセツの考えを読むかの如くじっくり、彼女を見詰めてた。やがてイジスはセツから視線を剝がして、質問に答えた。
「私にとって、イリアは親友であり……姉妹でもあるような存在です」
直接にセツの質問を答えず、まるで御伽噺を語るような口調で言葉を紡いだイジス。しかし件のセツもその話に割り込む素振りを見せる事無く、ただ黙って聞いている。
「だから私とイリアさんを助けてくれたレイさんを命の恩人として見ていました。でも、彼と一緒に過ごす時間が増えると共に、彼を自分の弟として接しているようになりました」
「…………」
「故に、私は知りたいのです。今後私達と一緒に行動する貴女にとって、あの三人に対する気持ちと貴方自身の本音を」
「……私は――」
――ゴァアアアアアアアア！
セツがイジスに彼女の答えを語るのと同時に、巨人との戦いが白熱化した。戦いの最中に三度上げた叫び声がセツの声を掻き消された。そのせいで、セツの答えを聞いたのは彼女の近くに居るイジスだけだ。
そして数十秒後、ある人影がイジス達が居る付近に勢いよく堕ちた。アレは地面と激突し、周りの樹々も数本、地面に亀裂が走ったせいで倒れた。
アレの正体を確認するべく、イジスとセツが墜落地点へ向かった。でも、アレの正体に気付いたイジスの顔から一気に青ざめ、隣のセツは思わず声を上げた。
「ご主人様ッ！？」
そう。墜落したのはついさっきまで離れた場所で巨人族と戦っていた、血塗れの姿をしたレイであった。
