第九十話
セツをイジスに任せて、俺とレヴィが一斉に巨人の足へ駆けた。俺は強化魔法を掛けた冥獄鬼の鎧骨の鎌を、レヴィは自身(剣モード)を構えた。図体が大きすぎて俺達の事を認識出来ないのか、それとも強制支配が上手くいかないのか?理由は何にせよ、攻撃が来ない今が絶好の攻め時!
下級悪魔の魔法によって、強制的に戦わせた哀れな巨人族……あんたに恨みは無いが、ここで倒れて貰うぞ!
――一閃。
「堅っ!?」
強化魔法を掛けた攻撃ですら掠り傷程度の傷口しか負わせなかった。無論、普通の人間のスケールだと身体が両断される切口だが……巨人の大きさ故、小さな切り傷にしか見えない。しかも、鎌が皮膚と接触した時に感じる。巨人族の皮膚の硬さは余裕でディメンション・ウォーカーのそれを超える。
『皮膚ですらこの硬さ……骨にダメージが入れる光景が想像できないな』
『案ずるな。巨人族は大戦の時に嫌な程戦って来た。特徴や弱点などは把握済みだ』
『それは助かる。それで、肝心の弱点は?』
『基本的に巨人族を巨大な獣人族として考えた方が良い。抜群の身体能力を備えた代わりに、魔法を使用する個体が少ない』
『まぁ、あの巨体で身体能力が低い……なんてパターンは無かろう』
『それと、巨人族特有のスキル、≪狂血反転≫に気を付けて』
『何のスキルだ、それ?しかも、結構カッコイイ名前……』
『自身が受けたダメージを己の力に変えるスキルだ。つまり負った傷が多ければ多い程、得られる力が増す。故に、一撃で彼らを絶命する事が望ましい』
『…………』
ちょっと待って。一撃で絶命って、どうやるんだ!?あの巨体だぞ!さっきの一撃でさえ、掠り傷程度のダメージだろう?しかも致命傷を負わせるためにはあの巨体に相応しいサイズの得物を使わないと難しい……一応、大量の魔力を使えば何とか作れるけど、あいつがその為の時間を与えるとは思えない。
「……ッ!?」
俺が考え事に没頭している際、目の前の塔が消えた。それと同時に、俺達が居る周囲が一瞬で暗くなっていた。この場合は言うまでも無く……
『上だっ!』
『――分かっている!』
イリアが警告を出したのと同時に、俺とレヴィはその場から離脱した。奴が地に降りた刹那、大地は裂け、周りの樹々などは無残に跡形も無く消された。
≪気配感知≫でセツのレヴィの安全を確認した後、俺は風の足場を生成した。これで地面から伝わる衝撃を避けられる。クソ、あの巨体とは思えない程の俊敏性だ。考え事に夢中になったとは言え、一瞬にして俺の視界から姿を消す何って……
『離れて魔法で狙撃するか?』
『ダメ、離れるとかえて狙われやすい。多少のリスクを伴うけと、接近戦そ挑める方が良い』
『了解っ!』
足に強化魔法を掛け、風の足場で巨人の胸元まで駆け上げた。こっちはスピードに分がある上、巨人から見ても姿が余りにも小さい存在。奴の死角に潜り込んで、見失う際に叩く!
「斬撃は効果が薄いのなら、打撃はどうかなっ!激震裂:弌撃!」
振動魔法を纏った拳が人間だと胸骨の部分に放たれた。巨人の骨を砕くまでは行かなくても、多少のひびが入れられると願いたい。
――んぅぅ
低い呻く声を漏らした巨人族。大したダメージは入らなかったみたいだ。でも、振動の効果はちゃんと効いている。これを繰り返せば、何時かは骨を折れられる!背骨、肋骨、胸骨と四肢。いずれかの骨を砕ける事が出来れば、戦況は一気に傾ける。イリアが言ったスキルは厄介だ。でもこいつが人型の生物である限り、物理的に無理なところも人間とさほど変わらない。
「なっ!?」
二撃目を放つ瞬間、巨人の姿が急に縮んだ。何だよ、巨人って自身のサイズまで自由に調節できるのか!?
『落ち着け、あれは単に距離を離れただけだ』
「え?」
嘘!?いや、よく見たら確かに離れて居た。瞬く間に数百メートル先まで離れた。身体能力が優れた種族だと聞いたが、まさかここまでとはな。そのまま俺に攻撃するのかと思いきや、巨人は右にサイドステップした。
その行動を取る理由を考える前に、背後から大きな縦三日月形の水の刃が巨人が元居た方へ飛んだ。そっか、レヴィの攻撃か……まぁ、この規模の魔法を放てる者はレヴィしか知らないけど。それにしても、高速で飛翔する水の刃を軽々と避けれる上に不規則な動き。やはり死角からの不意打ちしか通じないな。
強化魔法を掛けた冥獄鬼の鎧骨の鎌を使っても大した傷を負させない。対人戦用に開発した魔法もあの図体じゃ効き目が薄い。かと言って、大規模の魔法を準備する余裕を与えくれなさそうだし。今のところ、確実に効き目が有るのは振動魔法を纏った打撃だけ……
そもそも激震裂は人型のモンスターを対象に開発した魔法。振動魔法を掛った攻撃で敵の九つの急所、即ち胸骨、顎、頸椎、肩口、肝臓、肘、膝、脛と心臓を狙う体術。しかしその図体といい、巨体から信じられない程の俊敏性と予測し難い動きのせいで中々攻撃を当てられない。
『レヴィ、聞こえるか?』
『マスター?うん、ちゃんと聞こえるよ』
巨人に注意を向け、極力視線から外さない努力をしながら念話でレヴィに呼び掛けた。これから実行する作戦の内容を伝える為に。
『今から俺は巨人の注意を引いて、囮に成る。あいつがレヴィの事を視界から外せた隙に、レヴィが攻撃を仕掛けて』
『……本気ですか?』
『残念ながら俺にはこいつを一撃で倒せる火力が足りない。そしてお前にはそれが有る。だからあの巨人が避けない所で攻撃すれば良い』
『…………』
念話を通じて、レヴィの悲しみが僅かに伝わって来る。彼女にとって、俺はたまたまに彼女の封印を解いて、彼女と契約した人間。ただの人間が巨人族と言う名の理不尽に立ち向かうこと自体が無謀なことぐらい、俺も承知の上だ。それでも俺は彼女達と共に歩みたいと決めたからな……こんな所でくたばる訳はいかないんだ。
『悪いな、イリア』
『ふっ、何よ今更。早く終わらせるぞ』
『ああ』