第八十四話
【セツの視点】
一閃。
私がレヴィ様が居る場所を後にしてから数分が過ぎた。この数分の間、私は四人の人間と一緒にハイオークと戦っている。ハイオークは猪の頭部を持つ大型モンスター。私より一回り、二回り大きいハイオークは強靭な褐色の皮膚を持っているため、人間の膂力で振った刃はその皮膚に通りにくい。
私も昔に数回しか合っていないけど、ハイオークの弱点はしっかり覚えている。即ちそれは目の辺りと喉元の皮膚の強度は他の部位より劣っている。しかしハイオークの発達した四肢がそれらの部位を私達の攻撃の間合いに入らせない。だから私はそのハイオークと交戦中の人間を囮……
もとい、協力してハイオークの注意を逸らすことで、喉元への一太刀を入れる事に成功した。
「雷の群狼」
直ぐ近くに聞こえてくる野太い声。その声が発したと同時に、空は黒灰色に染めた。次の瞬間、無数の落雷が大地を揺るがす轟音と共に戦場に落ちた。その内の数本が声が聞こえてきた所に落ちた。落雷に巻き込まれたモンスターの体とその場所の地面を焦がした。そして――
――遠吠え。
無数の落雷は消える事無く、その場に留まってた。やがてそれらは蒼い狼の形に変化した。次々に生まれた雷の狼達は誕生を祝うかの如く遠吠えを発した。
「さぁ、我が敵を食い散らかせ!」
ついさっきまで骨の髄まで響く遠吠えがぴったりと止んだ。それと取り替えたのは様々なモンスターの断末魔と骨や肉等を軋む音。瞬く間にモンスターの大群の数が見る見る内に減っていた。
「ん?珍しいな、こんな所に白狼族がいるとは」
「ッ!?」
いきなり真後ろから先程の野太い声が聞こえて、私は咄嗟に左手の短剣を後方へ薙ぎ払った。
「おっと。君に危害加えるつもりは無いから落ち着け」
「……誰?」
私の薙ぎ払えは軽々と避けられた。再度の攻撃を繰り出せるよう、薙ぎ払いの勢いで後ろの人物から距離を離れた。お互い向き合う形で攻撃の姿勢に入った私はその人物を睨んだ。対する件の人物はただ黒塗りの戦斧を肩に担いだまま、清々しい顔で自行紹介を始めた。
「俺かい?俺はリルハート帝國の冒険者ギルドのギルドマスター、ラインバルト。よろしくな、新入りの嬢ちゃん」
「…………」
この人がレヴィ様が言った、ご主人様より強いギルドマスター。なら余計に怒らせない方が良いね。しかし、こうして間近に見てるだけでも分かる。私がこの人間に勝てるところは想像できない。もし、この人が私の復讐対象の一人だったら……
「……さっきの狼、貴方の仕業?」
「そうだが……何だ、気になるか?」
「別に」
「言っとくが、あれは俺の同胞だ。間違っても攻撃するなよ」
「……ぼっち?」
「ほっとけ。俺の戦闘スタイルは他の人と共闘に不向きなだけだ!それより嬢ちゃんは――っ!」
「……何だ、これは?」
ギルドマスターと会話を進める途中、薄紫色の霧に似た何かの靄が膝元までの空気を汚染した。無臭の霧……この感じは魔力、なのか?レヴィ様とイリア様の特訓によって、私も魔力という物の区別が付けるようになり始めたけど、やはりまだはっきり判別できない。
「っ!?」
背後から急接近する気配を感じて、私は本能に従い、無理矢理身の姿勢を変えた。ギルドマスターと向き合う体勢から数センチ離れた所で仰向けの状態に。次の瞬間、私が元々位置に黒い何かがそれから降って来た。
――キィーーン!
その「何か」は私が避けた方向に伸びた。宙に浮かぶ体を捻って、その勢いを利用し、黒い「何か」を弾けた。無理をして反撃したものの、私は勢いを完全に殺せず、数メートル吹き飛ばされた。それでも何とか重傷を避けて、即座に態勢を整えた。
「フフフ。ナカナカ速イ雌ダ」
弾かれた「何か」は空に戻って、腕を組んだ状態で私達を見下ろした。真昼の太陽の逆光でその容姿はくっきり見えないけど、空高くに居する「何か」は人間に酷似した人型のモンスター。その「何か」は人間では無い事は一見で分かった。空を飛べる人間の存在はご主人様が証明してくれた。だから他に空を飛べる人間が居てもおかしくない。でも、あんな蝙蝠みたいな翼をもつ人間は見た事は無い。
「嬢ちゃん、下がってな」
「…………」
「そう睨むな。嬢ちゃんは知らないかも、ありゃ下級悪魔だ。俺が奴の相手をするから嬢ちゃんは残りの雑魚を頼む」
私の睨みを無視して、ギルドマスターはそう呟いた。だけど、この人は多分まだ気づいていない。
「任せて良いの?」
「心配するな。こう見えて、俺も一応冒険者だんだ。下級悪魔一体なら余裕だ」
「でも、その下級悪魔は三体いるよ?」
「え?」
「ほら。あそことに一体と……そこの一体」
先程襲って来た下級悪魔を尻目に、私はそいつと同じ匂いをもつ個体が居る方角に指差した。案の定、そこには目の前のモンスターと同じ容姿を持ったシルエットが薄ら見てる。そしてギルドマスターの反応……確実に気付いていない。
「……クソ、仕方ない。早めにこいつを倒して、他の二体を片付け――」
「そんな悠長に待てる相手ではなさそうだ。来るよ!」
「他の冒険者に俺の攻撃の巻き添えに成りたくなければこの辺りから離れようと伝えてくれ!」
「分かった!」
ギルドマスターが担いでいた戦斧を構えた途端に周りの空気が電気の火花が走った。その火花が走る度に体中の毛が逆立ちそうだ。流石にこの場は危険と判断したか、他のモンスターは寄って来なかった。私もそろそろ離れようと駆け出したが――
――ド――ン!
さっき襲って来た個体では無く、もう一体の悪魔が目の前に凄まじい勢いで降りてきた。レヴィ様がご主人様より強いと言ってたギルドマスターが周りの人達に気を遣う余裕のない相手。正直私一人の力だけでどこまでやれるかは不明だけど、レヴィ様かご主人様の所に行けば何とかなる筈!
心の中で自分を激励しつつ、私は手に持った短剣を握り締めた。
次話はセツvs下級悪魔!