第八十三話
【セツの視点】
突如戦場に落ちた巨大な落雷。それを見た人間とモンスター達が動揺して、動きを止めた。この近くに雷が落ちたのは初めてだけど、ここは戦場。一瞬の隙が命取りに成ります。故に私はこのチャンスを掴み、近くに居るモンスターの首を短剣で素早く刎ねた。
「さ、今から俺も参戦とする!皆の者よ、俺に続け!モンスターの大群を素早く殲滅せよ!奴らに反撃のチャンスを与えるな!」
「「「「「「おぉぉぉぉぉ!」」」」」」
――ビクッ!
び、ビックリしたぁ……何?人間の男の一言で冒険者達が急に叫び出して……さっきまで諦めてた冒険者達がいきなり元気を出したのはどうして?薬のドーピング?
豹変した冒険者達を暫く観察する為、私はモンスターから遠い後列へ移動した。ここは魔法使いの人間達が集まって、魔法で前線の者を支援や回復するらしいです。それにしても、さっきまでと違って、良いペースでモンスターの数を減らしている。本当、一体何が起きたの?……ん?
「レヴィ様」
「セツちゃん?どうしたの?」
「……あれ、何?」
冒険者の豹変を観察する為に戦場を見渡す最中、少し離れた所で魔法使いの群れの中にレヴィ様の姿を見付けた。駆け足で彼女が居る方へ駆けつけた。私の姿を見たレヴィ様は驚いてしまったから、未だに興奮状態でモンスターの討伐を続ける冒険者達の方を指差した。
「ああ。それはギルドマスターが参戦したせいと思うよ。ほら、さっきの雷を落とした人」
「ギルドマスター、誰?」
「そうね……この場で最も強い人、みたいな?」
「ご主人様よりも、ですか?」
「ん~今はね」
「へぇ~」
その事実を知った私は無意識に口の両端を吊り上げた。そのギルドマスターと言う名の人間があの雷を落とした、しかも今のご主人様より強い……良いじゃないの!私の心境を察したレヴィ様が明らかに楽しんでいる様な口調で訊ねた――
「あら、随分と楽しんでいるのね」
――完全に見抜かれたか。なら私も隠す必要が無い。
「ええ、とっても。だって、今はご主人様より強いでしょう?つまりそう遠くない未来のご主人様がその人間を上回る。なら私の選択は間違っていない」
「…………」
「ご主人様に付いて行けば私も強くなれる。私から全てを奪い去った人間共に復讐する為の力が手に入れる」
「……何をするのは貴女の勝手ですが、もしマスターに危害を加えるような真似をしたら、私が即貴女を殺します」
黙々と私の真意を聞いたレヴィ様がようやく言葉を発した。しかしその口調は先程の明るさは無く、それを入れ替わったのは悪寒が出るほど冷たくて、冷酷な口調だった。今まで会った人間達とは比べない程の殺意が籠った警告……昔の私なら蛇に睨まれた蛙みたいに腰を抜けたかもしれない。だけど今の私は復讐が全て、それが成し遂げた後なら死ぬ事は怖くない。だから私は臆せず、自分の意思を口にした。
「ご主人様は私に復讐する為の力とチャンスをくれました。そんな人を裏切り、傷付ける筈がない」
「それなら良いです。しかし、私は〝嫉妬〟の名を冠した悪魔。故に私はマスターの事を最優先するので、努々忘れないでください」
「……勿論」
レヴィ様が言葉を発する度に圧が増していく。こんな風に話をするだけでも彼女から漏れ出る殺気に圧し潰されそう。……この人を仲間に入れ、しかもここまで尽くせるご主人様は本当、ある意味で凄いですね。
「ところでレヴィ様は何故ここに?てっきり前線で戦っていると思った」
「勿論ここの魔法使い達を守る為だよ」
さっきまでの殺気が嘘のように消えて、至極当然の様に、レヴィ様がこの場に居る理由を口にした。周りの者をチラ見したけど、彼らは全くレヴィ様の殺気に気付かる様子を見せなかった。どれだけ危機感のない連中だ。目の前の乱戦に意識を向け過ぎて、こんな近くに行われた殺意濃厚な会話に気付かないなんて……
この場に居る冒険者共に呆れた私を気にせず、レヴィ様は話を続けた。
「万が一ここの魔法使い達が奇襲を受けたら先鋒で戦っている者は回復手段を失う。つまり私はこの者達の護衛みたいな者です」
「貴方が前線で戦えばこの戦いをもっと早く終わらせれるくせに」
「ふふふ、前線はマスター一人で十分です。それに、私がマスターの隣で共闘したら本当の意味でマスターを守れない」
「……それをご主人様に伝えた?」
「な、無いわよ!私はマスターの足枷に成りたくないの!マスターには目の前の事に専念して欲しい。だからそれ以外の脅威は私が密かに排除する」
あれ程の殺意を出せる人がこの様に赤面し、恋する乙女の顔も出るのね。はぁ~村に居た頃、年が近い友達と恋バナをする時の光景が思い浮かべるよ。そんな彼女の顔を見詰めて、呆れ気味な声で言葉を紡いだ。
「全く、貴女って言う人は……兎に角、私はもう前線に戻るよ」
「ええ、あまり無茶しないでね」
何故か皮肉発言に聞こえそうな彼女の言葉。まぁ、気にするだけ無駄か……
――スーフー
心境を落ち着かせる為に深呼吸を行って、私は腰に差していた短剣に手を伸ばして、駆け足で前線へ走った。
~
【第三者視点】
セツがその場を後にした直後、取り残されたレヴィは一人でボソッと呟いた。
「……護衛、ね?確かに私はその目的もあります。でも本当は、この人間達が間違ってマスターに魔法を撃たない為の監視。もしそのような事が起きたら、即殺すつもりだから」
他人に聞き取れずに一人で本音を呟く内、レヴィの頬は紅潮が増していく。やがて彼女の顔は愛する人を見惚れているように蕩けた。
「さぁ~マスター。思い存分、楽しんでください。マスターの後ろは必ず私が守りますから。うふふふ……」