第七十九話
俺とセツの初模擬戦から十日が過ぎた。その十日間、俺とセツはイリアとイジス、レヴィに鍛えられた。セツが訓練に加わった事にも関わらず、彼女達の修業メニューは相変わらずのスパルタ風。
最初の二日で訓練にまだ慣れていないセツはすぐに体力が尽きた。でも彼女は獣人族特有の身体能力と数年間逃げ続けた忍耐力、適応力で段々慣れてきた。十日目ではもう完全に訓練のスパルタメニューについて来られた。まだ直接に見ていないけど、レヴィの魔法の特訓も順調に熟しているらしい。
俺の訓練メニューも前のそれとちょっと変わった。前のメニューは魔法使用時の魔力の消費を抑えるがメインだったけど、今は剣、もしくは素手での近接戦闘と魔法の組み合わせた戦法をメインになった。今までは近接戦闘と魔法を同時に使えず、それらを切り替えて戦う戦法でやってた。その分、切り替える最中には隙が生まれる。それを克服する為のメニューが、現在使っている物だ。
近接戦闘では相手の動きを常に集中しないと行けない、それに付き加え、魔法の使用に集中力を分ける必要がある。その分、俺の集中力が凄い勢いで削れる。訓練中はイリアの助力が得られない為、今まで避けていたイリア無しの≪並列思考≫と≪思考加速≫を使わざる得ない。そのお陰で、短時間ではあるが、頭痛せずに使えるようになった。
そんな十日間を平穏に過ごした俺達はこの平和を当たり前みたいに受け入れた。ありふれた日々を過ごし、毎日ほぼルーチンと化した訓練を繰り返して、何時の日か各々の目的を果たされる時まで。同じ日々を過ごそうと、少なからず思ってた。だけど、その平穏な日々は長く続かなった……
~
翌日、俺とセツはいつも通りにギルドまで足を運んだ。たけど、今日のギルド内から凄まじい緊張感が漂ってくる。ギルドの職員やギルド内に集まる冒険者達はいつも以上に慌ただしく、まるど戦でも参戦するかのようだ。そんな剣呑な雰囲気を感じ取ったセツはまるで己の不安の気持ちを現すよう、軽く俺のパーカーの袖を摘まんだ。
こんなセツは初めて見た。もうこの町に住みついて十日以上が過ぎてた。でもそれだけで彼女の人間に対する恐怖を完全に打ち消す事は出来なかった。普段は演技でそれを上手く隠していたけど、幼少期から体に刻まれたトラウマがそう簡単に消えない事は嫌なほど分かっている。だから俺はセツを安心させる為、一刻も早く、この剣呑な雰囲気を作り出す元凶を突き出す必要があった。
『まさか前の武装集団がまた――?』
『いいや、少なくともその付近でそいつ等の気配は居なかった』
まず最初に思い付いた可能性をイリアに訊ねたが、イリアは即答で否定した。彼らが今回の騒動と完全に関係ないとは言い切れないけど、その可能性は極めて低い。
『仕方ないか……』と思って、セツの手を掴んで受付カウンターの前まで歩いた。俺達がカウンターに接近した途端、見慣れた受付嬢に声を掛けられた。
「あっ、レイ君!」
「おはよう。で、これは一体何の騒動だ?」
適当に受付嬢と挨拶を交わして、早速本題に移した。事の深刻さを察した受付嬢もそれ以上の世間話をせず、珍しく深刻そうな顔立ちでギルド内を騒ぎ出した原因を語った。
「……実は二時間前、ギルドの偵察員から南の草原に大量のモンスターが目撃され、この町に向かっている報告を受けた」
「南の草原?」
『私達がいつも使っている草原の辺りね』
なるほど……あそこは密林が草原の半分を占めているから、その密林の奥からのモンスターが氾濫したのか?いや、もしそうだとしたら、そこで訓練する俺達がそいつ等の気配を感じ取れない筈がない。もしそこには大量のモンスターが居て、俺達を襲わず、気配を感じ取れない程に上手く姿を隠していたと考えてもおかしい。俺達が少人数で行動する時点で襲わないならそこまで凶暴なモンスターじゃない、それを何らかの切っ掛けで凶暴化したのか?
「その報告を受けたギルドマスター、まぁ通称ギルマスが緊急モンスターの討伐依頼が下された」
俺が事の原因を考えている事で夢中になった頃、受付嬢が話を続きを口にした。
それにしても……ギルドマスターかぁ。前は出会えなかったから、どんな人か気になるところだけど。確か前は何処かにに行って、代わりに秘書のリサさんに依頼達成の報告をした。このタイミングが帰って来るのか……
「なぁ、さっきの話に出て来た偵察員って言うのは信頼できるか?」
「勿論です!彼らはギルドも目として働いているのですよ!有能な人材から選抜されたエリートです!」
ギルドの目……その言葉には色々と心配することがあるけど、今はそれを後回しにした。受付嬢の話からすると、モンスター多量発生の報告の信憑性が高い。
「あ、あのねレイ君!」
「ん?」
「レイ君も討伐依頼を受けるのでしょう?」
「……いや、それはまだ決まっていない」
「何故ですか!?」
「上手く説明出来ないが、何かが引っ掛かるんだ。何というか、おかしいな点が多すぎる」
「それは目前の問題を凌げた後で考えれば良いじゃない!?」
「……でも俺はFランクーー」
「前日ギルドに現れた数十人の武装集団を一人で無力化したのは誰ですか?」
「…………」
俺が依頼に参加する事を戸惑う事を知った受付嬢は高まった感情を抑えきれず、声を上げた。何とか言い訳を作り出そうと頑張ったけど、それらは全く意味をなせなかった。俺の足掻いた結果、受付嬢があの事件を言い出した。くっ、記憶の良い奴め!
「どうなの?依頼を受けますか?」
「はぁ、セツはどう思う?」
「ん~別に良いじゃない?」
「……分かった。セツがそれ良いのなら」
「ありがとうございます!では、モンスター達の迎撃地点と依頼を受ける方達が集まる集合場所を教えますね」
セツから同意を貰った俺は依頼を承諾した。それを聞いた受付嬢の顔は一瞬で明るくなって、今回の討伐依頼の詳細を教えた。はぁ~また面倒な事に巻き込まれたな……でもま、間接的にセツを守る事になるから……良いか。