第七十八話
少し離れた場所からイリアの声が聞こえた。それが模擬戦終了の合図だった。その合図を聞いた俺とセツはお互いへの警戒を解いた。お陰でその場のピリピリした雰囲気がようやく和ませた。
未だバランス感覚が戻らないセツに肩を貸して、何とか彼女を立ち上げせた。イリア達も俺達が居る方へ歩いた。
「マスターもセツさんもお疲れ~」
最初に声を掛けたのはレヴィだった。相変わらず元気だなぁ、こいつ。こっちは体を張って戦ったと言うのに、随分と呑気な口調だ。でもまっ、レヴィの元気な姿を見たらこっちの気分も元気になるから……許す!いや、もっと俺を元気付けて欲しいっと思わず本気でレヴィに甘やかせたい気持ちに成った。そんな頼みをしたら流石にレヴィも引くであろう……ここは我慢、我慢。
「…………」
レヴィに甘やかせたい欲を抑えつつ、俺はまるで刃が目の前に突き刺さっているような鋭い視線を感じた。視線が感じた方向を見たら、そこにはイリアが立っていた。……そっか、イリアには俺の考えた事を読める事が出来るんだ!と言う事は……うん。素直に謝ろう。
「……何か、ごめん」
「ふん!知らない」
「あはは……」
俺の謝罪を受けたイリアがぷいっとそっぽを向けた。俺とイリアのやり取りを見たイジスは苦笑を浮かべた。セツとレヴィは何かが起こったのか分からないから、それぞれの顔に疑惑の表情が浮かべてくる。
「はぁ~取り敢えず、今回の模擬戦の反省会を開こう」
イリアが溜息を交えながらその言葉を口にした。ゆ、許された?兎も角、今は反省会に集中して、帰ったらイリアの機嫌を取る為の努力をしないと……
密かに心の中でそう決めて、俺達五人は近くの木陰の下で円を囲むような形で座った。俺的には立っても良いんだけど、セツの配慮も兼ねて座って反省会を開く事に成った。あの振動魔法にはそこまでの反動が無いと思っていたが、あれから十分近くが経った事にも関わらず、セツのバランス感覚が未だ全開まで回復しきっていない。これ世界に車が無いものの、船ぐらいは有る筈だ。だとしたら……セツの三半規管が彼女の弱点なのか?
「先ずはセツから始めよう」
反省会の先頭を切って、最初に発言したのはイリアだった。まぁ、俺の時もそうだけど……俺達の中で一番知識が豊富で個人の実力の分析に特化したスキルを持つイリアが反省会の最初に話す事は当然だ。どうやら今回、イリアはセツから先に分析する様だ。
「セツ、貴女の身体能力は獣人族の中でもトップクラスの物だ。特に貴女のスピードと反射神経は申し分ない程に恵まれている」
「…………」
イリアが彼女から見たセツの長所を次々と並んで語った。件のセツは少し恥ずかし気味で伏し目になりつつあった。そんなセツを構えなしにイリアが話の続きを話した。
「貴方が選んだスピード重視の戦闘方は間違ってはいない。その方が恵まれた強みを存分に出せるし、可能なら魔法も交えた方が良い。しかし、出来れば肉を切らせて骨を断つような戦い方は止めた方が良い。自分が負傷したら相手が付けられる隙も増えてくるから」
「……はい」
「……私が言いたいのはこれぐらいかな。あとは貴女自身がどんな風に調整するかは貴女次第だ」
「……ありがとうございます」
「あの~セツさん?」
「はい?」
「セツさんはどうやってレイさんの魔法の軌道を見たのですか?」
そう。イジスの指摘通り、俺もその点に引っ掛かった。俺が使った≪嵐の疾矢≫は空気を圧縮した、言わば風の矢。本来風を視認する事が出来ないが、魔法を使える者ならその矢に込められた魔力で矢の位置を何とかく把握できる。もしセツにそれが出来るのであれば、彼女が魔法を使う事も希望が見えてきた。
「何か、目に見えない嫌なモヤモヤが感じる。それを躱さないと思って」
「「「ッ!?」」」
そっか!そう言えばセツも昔話の中に言ってた、『何か嫌な感じがする』って。となると、セツは子供の頃から魔力の存在を認識出来たんだ!でも獣人族の中にそれを認識出来る者が居なかった、そのせいで知識不足で自分が感じたのは魔法を使用する際に不可欠の魔力である事も知らずに。
なるほどね、セツは魔力を『嫌な感じの何か』として感じるんだ。とは言え、俺自身も魔力の感じが良く分からない。ただ何らかのエネルギーが体内に有って、あれは自分の体の一部として扱う事だけ。他人の魔力だと一種の光として捉えている。
「マスター、セツさんの訓練は私に任せて良い?」
「どうして?」
「さっきセツさんの話から彼女が魔法を使用できる確率は高い。だから同じ氷結魔法が使える私に鍛えられたら使用可能な魔法の幅も増える筈」
「俺は構わないが、セツは?」
「……私も構いません」
「決まりね!ところでマスター、最後のあの魔法は一体?」
最後の魔法?ああ、振動魔法の事かな?うん、多分振動魔法の事だ。今回の模擬戦で使った魔法は主に三つだけだし……≪嵐の疾矢≫や≪火の銃弾≫は見せた。残るは一度も実戦で使っていない振動魔法だけだ。
「あれは振動魔法と言って、セツがナイフを投げた時に予め地面に魔法陣を仕込んだ」
「つまり、私を誘い込んだのか!?」
「お前だって俺を投げナイフで望んだ位置まで誘っただろう?お相子だろう?」
「うぅ~」
「あとはお前の誘いに引っ掛かった振りをして、≪火の銃弾≫で俺が設置した魔法陣まで誘導した」
「…………」
何だが不満気に俺を睨むセツの事は置いといて、今はセツに確認したい事が有るんだ。
「それより、その魔法のダメージがそこまで大きかったか?大分バランス感覚が戻らない気がするけど?」
「いいえ。あれはバランス感覚を失ったと言うよりは両足が麻痺して、力が入らない状態になった方が正解」
麻痺?急激に両足への振動が血液の流れを乱したのか?それとも振動で内臓を揺さぶられたか?いや、内臓まで届く程の振動を作り出せる量の魔力を使っていないし……やはり血液の流れを乱す作用が有ると考えた方が良いな。
振動魔法。一見実戦での実用性が薄い魔法だけど、案外使える点もあるんだな。どういう風にアレンジ出来るか楽しみだ!
「さて、次は私がセツさんと――」
――グゥゥ
レヴィが反省会を終わらせ、セツと模擬戦したいっと提案した時、何だか聞き慣れた音が聞こえた。その音を発するセツはお腹を両手で抑えながら、伏目に成った。顔が下側に向いているから表情が見えないが、恐らく彼女の顔は熟したトマト並みに赤くなっている筈だ。その証拠に、彼女は現に小刻みに震えている。その光景を見た俺達は思わず笑みを零した。
「その前に昼飯を食べるか?」
「……うん」