第七十四話
翌日、俺達はギルドへ足を運んだ。セツを助けてから二日間、彼女の事情を聴いたり、買い物に付き合ったりで本来は依頼を受けることで町の外で練習をしてる事が出来なかった。だから今日はセツの件も兼ねて、朝一で宿から出発した。
しかし、冒険者ギルド内がいつもより一層と騒がしい。何時もなら真昼で酒を飲んでいた冒険者達で賑やかに騒いでたけど、今日はその賑やかさの一欠片も見当たらず、戦慄と緊張がその場の空気を支配していた。
「なぁ、これは一体何があった?」
俺はギルドの外に集まる観衆の中に見覚えのある冒険者の人に話を掛けた。その人は俺みたいにちょくちょくギルドで顔を出してた先輩冒険者で、よく俺に話し掛ける面倒見の良いおっさんだ。素朴な服装の上に軽鎧を身に付けているが、その実力はBランクの大剣使いであった。確か名前は……ケイズだった筈。
「おお、あんたか。いや……負傷者数人を連れて、大人数でギルドに乗り込んだらしい。その負傷者達の傷は深く、殆どは打撲傷だけど。まぁ、冒険者の誰かが喧嘩を買ったと見込んでいいだろう」
「へぇー」
「あ、そうそう。中から聞こえる怒鳴り声で何やら獣人族の女を探しているらしいよ」
「「………」」
ケイズの話を聞いた俺とセツは思わず黙ってしまった。まさか、あいつ等じゃないよね?あそこまで痛めつけても尚復讐を求むか?……あの時で殺すべきだったのか?
「如何した?なんかスケー怖い顔をしてるぞ?」
「あっ、いや。気にしないでくれ。ところで、その負傷者の中に片足が無い者が居たか?」
「そう言えば……居たな。確か一番重傷で、何か悪魔など出鱈目な事をほざいたから『頭が逝かれた者』として無視された。って何であんたがそれを知ったる!?」
マジか。まさかギルドまで来るとはな……完全に計算外だ。俺は後ろ斜めで立っているセツに視線を向けた。今回の事件の被害者たるセツの意見を知りたい。もし彼女がもうそいつ等を関わりたくないのであれば、俺も大人しくギルドから離れて、依頼を受けずに練習する。どうせ一日分の薬草採集の報酬が無くとも大した障害に成らない。
でも件のセツは力強い瞳で俺を見詰めた。そうか、それはお前の答えか……なら、ここで引き下る訳が無い!
そうと決まれば、俺はセツの手を掴んで、人混みに交えてギルド内に入った。後ろからケイズの声が聞こえるけど無視した。彼はこの問題に何の関係も持たない他人だ、今更彼を巻き込む訳にもいかない。
『殺すのか?』
『……場合によるな。けど、もう今回みたいな失態を繰り返さたくない。危害を加えるのなら容赦はしない』
『殺すのは反対しないけど……でも殺した後、マスターにどんなペナルティーが有るのかはまだ未知数』
『見逃しろうって言うのか?』
『適度な脅かししてから、ね。三度現れたら殺すみたいな感じで』
『そうですね。ここでレイさんの実力の片鱗を見せ付ければ自然に危害を加える者も減らせますし』
『そうしたらまるで俺が悪党か暴君みたいじゃないか?』
『どうせ殺意全開で脅かすんだ、大差ないでしょう?』
人混みの中で進んでいく最中に脳内念話で物騒な会話が繰り広げられていた。会話を始まったのはイリアだったけど、次第に皆もその会話に入った。まさかイジスが暴君的な行動に賛成するとはな……しかもレヴィからも絶妙なフォローが入っているし。まぁ、俺は良いけど……問題はセツが直接にそいつ等を殺したいのかどうか――
『構わない』
――っと、いつの間にか念話に参加にたセツからオッケーを貰えた。はぁ~やるか、暴君プレイを……
自分の演技力に対して不安なところも有るんだけども、俺達はもうすぐ人混みから抜け出せる。もう躊躇している時間がないと知り、彼女達の提案に乗ると決めた。
――冒険者ギルド内
無事人混みから抜け出した俺達の目に映った光景は馴染んだギルド内の景色だ。但し複数人が倒れており、所々に血が飛び散っていた光景を除いての話だけど。一応ギルド内を見渡して、倒れた人達の正体を確認した。……やはり見慣れた冒険者の姿も有れば、見慣れぬ者の姿もあった。十中八九あいつ等の仲間か。
「あああああああ、悪魔だ!」
「ああ!あいつだよ、あいつ!」
ギルド内に突如聞こえる叫び声。その声が発した方向を見ると案の定、あの時の人達に間違いない。あの二人の叫び声が開戦の狼煙如く、その場を陣取っている武装集団が俺に注意を向けた。
敵の数はざっと20人ぐらいか……ギルドへの危害を考慮しつつ全員無力化するのはちょっと厳しいな。しかも全員の能力も未知数だ。
俺が敵戦力を分析している際、武装集団の中から一人の男が歩き出した。その男が次に発する言葉はその場の剣呑な雰囲気が一段と増した。
「貴様か、俺様の商売を邪魔するクソガキって言うのは」
「商売、ね~人身売買を商売っと主張するのか?」
「人身売買?何の事だい?勝手に偽りの事実を押し付けるな!」
「……」
「それとも何か!?俺様が人身売買をしている証拠でもあるのか!?」
「……ねーよ、そんなもん!」
「ははは!ねーなら何出鱈目な事をほざけるんだ、クソガキ!?それより、早くその白狼族の女を寄越せ!」
「人身売買じゃないなら何故こいつを欲しがる?」
「他人に濡れ衣を着させようとする貴様に説明する道理が無い!」
そう来たか。こいつの手下からも「そうだそうだ!」「やっちまえよ、兄貴!」等の言葉が聞こえ始めた。なるほど、こいつがリーダーである事は間違いないな。しかし、リーダーであって、中々俺を警戒しているな。……ふむ、挑発してみるか
「はぁ~確かにその道理は無い。でもなぁ、知ってるか?俺は証拠なんて要る無いさ」
「なに?」
「言っとくが、お前らは誰であれ、何の商売をしているかはどうでも良い事なのだ、少なくとも俺にね。でもよ、こいつはもう俺の仲間の一人だ。大切な仲間に手を出す輩が居て、俺が何の行動を取らないと思う?」
「テメぇ、馬鹿にしてるのか!?」
「違う。そもそもお前らじゃ俺の相手にすら成らないって事さ!」
それを言い終えた瞬間、俺は≪縮地≫と≪思考加速≫を発動した。床を踏み締め、高速でリーダーの男との距離を一瞬で縮めると同時に、背中に背負っているレヴィ(剣状態)を抜いた。
俺の接近に気付いた男は慌てて腰に差した剣に手を伸ばした。けど、遅い!右手で握ってたレヴィを腰の剣に伸ばした男の右腕を斬り飛ばした!
流石は大罪悪魔、切れ味半端ないな。人間の肉や骨を何の抵抗も無く、綺麗に斬り落とせる。内心でレヴィの凄さに感心しながら、俺は次の行動に移した。
腕が斬り飛ばされた男が痛みや飛び散る鮮血に意識を取られた武装集団が次の一手を打つ前、俺は剣を握っていない左手を床に付いて、勢い任せに男の両足を右足で薙ぎ払った!バランスを崩した男は自然と仰向きに倒れてく姿を見て、俺は未だ全身の体重を支えている左腕に曲げて、≪強化魔法≫とバネの原理でその男の真上に飛んだ。
そのまま、倒れている男の胸元に片足で着地した。勿論、全体重を乗せて。これを受けた男は肺の空気の殆どが無理矢理吐き出した、少量の血も交って。そして俺は気絶寸前の男の首元にレヴィを構えて、こいつらに対しての怒りと殺気を全開にした。