第七十三話
一通り買い物を終えた頃はもう夜が迎えた。時間も時間だし、ギルドへの報告は明日にする事にした。だから今日はもうやだ宿に帰って、明日に備えてゆっくり休めたい。明日はギルドでセツと出会った時の状況を説明しないといけない。かと言って、セツの事情をそのまま全部話す訳にもいかない。しかも説明する相手は十中八九、あのテンションが高すぎる受付嬢に違いない。
今から寝ることも出来るが、まだ俺にとって一番重要な事が残っている。これからセツが俺達と一緒に行動することが決まった以上、どうしても決めないといけない。イリアとイジスを含む皆が部屋のベッド辺りに集まる今こそが最適なチャンス!
「さてセツ、お前はベッドで寝ろ」
そう。今この宿に空きダブルベッドの部屋が無い。イリア達は実体化・擬人化を解いた大丈夫だけど、獣人族のセツにその芸当を求めない。彼女は復讐者である前に、一人の女の子だ。年も多分そう離れたない。年の話は兎も角、そもそも俺には女性と同じベッドで寝る度胸も無いし、女性を床で寝かせることも出来ない。
でも件のセツはまるで話の真意を理解してないのか、頭を傾げて、不思議そうにこっちを見詰める。
「?」
「……なんでそんな不思議そうな顔で俺を見る?」
「奴隷が主人を差し置いて、ベッドで寝るの?」
「主人と奴隷の関係は名ばかりで、人目を誤魔化す為だろう?俺達本来の関係はギブアンドテーク、相互利益の関係だ。しかもこの部屋内には俺達しかない。そんな演技をする必要は無いだろう」
「……でも一応貴方は命の恩人。恩人に床で寝かせるのは――」
「ならその恩人からの願いだ。お前はベッドを使え、俺はこの椅子を使うから」
そう言いながら俺はベッドの横に居る椅子を指差した。俺の話を聞いたセツも渋々頷いた。……ちょっと強引な形になったけど、でもこれだけは譲れない。これで一安心っと安堵した瞬間、俺はある事を思い出した。
「あ、そうだ。こいつを忘れるところだった」
俺は右ポケットに手を突っ込んで、中にあるアレを取り出した。セツの視線もそれに釣れて、パーカーの右ポケットに向けた。そして彼女はそこから取り出されたアレの正体を尋ねた。
「それは?」
「チョーカーだよ。お前は首輪は奴隷の身分証明だと言っただろう?そして俺はお前に『首輪であれば、どんなものでも良いか?』って訊いた。そこでお前はそれに首肯した」
「……だから、これ?」
「ああ、そうだ。チョーカーも一種の首輪だ。ただし布で出来ているけどね」
「……分かった、それでも良い」
てっきり反感をかう事に成ると思ったけど……まぁ、この結果も良いか。でも彼女が次に発する言葉は予想外の爆弾発言だった。
「……付けて」
「へ?」
「そのチョーカーを付けて」
「………」
「どうした?」
「……俺が、付けるのか?」
「そうよ」
「自分で付けたら?」
「付け方分からない」
「……そ、そっか。それは……仕方ない、な?」
そ、そう言えばこのチョーカーをかう時、セツがこれの付け方の知識の有無を訊きそびれたな。俺としたことが、何で考え付かなかったんだ。はぁ~今更後悔しても仕方ないか……でも俺、チョーカーを付けた事が無い。まぁ、大体の付け方は分からなくも無いが、何せ付ける相手は年に近い女性で、結構可愛い。
うっ、そんな真っ直ぐな目で俺を見るな。こっちは罪悪感と羞恥心で死にそうだよ!……そうだまだこの手が有った!
「な、セツ。今から寝るだろう?明日起きたら付けないか?どうせ今付けても――」
「問題無い。翌朝で再び付け直すので」
「え?まさか俺が毎日……いや、そのチョーカーが乱れる度に付け直すのか!?」
「そうよ」
な、なんと言うことだ。俺に残された活路は衝撃の真実が明かされたと同時に消滅した。……こうなったのも俺の責任だ。仕方ない、か。
「分かった。望み通りに付けるが、どうなっても文句を言うなよ」
「うん」
静かに頷いたセツは、俺がチョーカーを付け易いように、長くて白い髪を持ち上げた。その下に隠されていたのは肌白い首筋であった。何だかエロい。何だろう、ただの首筋でこんなエロく感じられるのか?いやいやいや、落ち着け!落ち着くんだ、俺!深呼吸……
雪国出身のせいか、こうして見るとセツの肌って本当に白いな。こん華奢な首筋に付けるのか……
ごっくり
両手をセツの後ろに回して、買ったばかりのチョーカーを彼女の首筋を囲んだ。よし、ここまでは問題無く成し遂げた。残るは一番俺が懸念するパート、即ちチョーカーの両端の紐を結ぶことだ。
ああ、手が震える。こんなに手が震えた経験は無いぞ。……これじゃ上手く結ぶ自身が無い。でもこんなに期待されてんだ、ここで引ける訳は無い!
決心を固めて、出来る限り手を震えを抑えながら肝心の紐を結ぶ作業に入った。流石に前に結ぶのは面白くないし、余った紐も彼女の生活や戦闘等の邪魔に成りかねない。だから俺は敢えて、結び目をちょっと左側にずらした。
よし、これなら行けるぞ!でも最後はセツの快適さを確かめないと……
「どう?きついか?」
「ううん。このぐらいが丁度良い」
「よ~し、出来た!」
ふぅ~たった一分強の作業だったけど、体感的に五時間弱が過ぎてた気がするよ。でもま、これで終わった。結び目も最終確認したところ……うんうん!我ながら上出来だ!さてと、全体的には……
「ッ!?」
「如何したの?」
「イヤ、何モ無いヨ」
ヤバイ、かわいい。いや、セツ自身は元々可愛い事もあって、白髪に白い肌。今日買った服も上半身が白と薄い水色をメインにコーディネートされたから、全体的に白いイメージが有った。でも俺が選んだチョーカーはそれと真逆な黒色だった。その黒いチョーカーが更に強調されて、良いコントラストが生まれた。お陰で俺も思わず絶句した。
「似合ってる?」
「あ、ああ。すげー似合うよ」
「そう?」
この部屋に鏡は無いから自分の姿を確認できないが、結んだ紐を指をグルグル弄っていた。顔では示さなかったけど、どうやら気に入ったみたいで良かった。
そう考えながら俺は明日に向けて、休眠の支度を整えつつあった。