第七十二話
「……疲れた」
フードの人ことセツの話を聞いた後、色々あって、何と名ばかりの奴隷が増えた。周囲の目を誤魔化すっと言う理由はあったから彼女の望を承諾したが、これからはどうすれば良いやら。この先が心配だ。ともあれ、一度決めた事は最後までやるしかない。
因みに、セツの話を聞き終えた頃はもうすっかり夕方に成っていた。そして現在、俺はセツを連れて、宿屋付近の店で彼女の日用品を買いに行く最中である。彼女は大丈夫って言われたけど、一応女の子だし、せめて今着ているボロ雑巾とも言っていいぐらいの服を着替えないと。……下着の問題もあるし。
セツはゲームやアニメの中に出てくる奴隷みたいに黙々と俺の後ろに付いた。宿屋の中で見せた、復讐を決意した目はまるで嘘の様だ。こいつ、意外と演技が上手いな。それにしても、普段は意識してないけど、この町の中でも首輪を付けている者も少なからず居るね。それら全員奴隷なのか?
セツの演技力と町の風景を堪能している内に、いつの間にか目的の洋服店の前に着いた。そこはそこそこの大きさを誇る店舗で、店の中に入るといろんな服が並べていた。商人区の居するこの洋服店は冒険者ギルドとは違って、全体的は木材で建てられた四角い建物だ。そして案の定、読めない看板が飾られた。
木で建てられた建物か……ちょっと安全面が心配だけど、中の服は中々に品質が良いし、普通に客も多いから大丈夫だろう。普段はこんな場所に来ないから、この店の情報も宿屋の女将さんから貰った。そう言えば、この店の情報をくれた時の女将さんはやけにニヤニヤしてたな……何でだろう?
「いらっしゃいませ!」
「こいつに似合う服を何セットか見繕えないか?」
「……畏まりました」
店に入った途端、声を掛けた元気な店員にセツの服装の見繕いを頼んだ。いや、頼んだと言うよりかは丸投げか。何せ服を選ぶセンスの無さはギネス世界記録級だ。元の世界の服装もただ黒一色のTシャツに長ズボンが殆どで、実際に引きこもっていたから尚更見た目を気にしない。
そんな俺にとって、女子の服を見繕う事は防寒服や登山具を一切持たずにエベレスト山を登る以上の難易度だ。それこそ無理ゲーだよ。それならモンスターの肉を一ヶ月間食べ続けた方がマシだ。
セツが店員さんに連れかれて、店の中に姿を消した後、俺も店の外で彼女を待っていた。どうせ俺が一緒に居るもやられる事は無い。ここは大人しく、店の外待つことに決めた。
「お待たせしました」
暫く待つと、店の中からさっきの店員さんが帰てきた。その後ろに大きな布で身を包むセツが赤面ながら立っていた。これは……どういうこと?
「ほら、早く彼氏に見せて」
「だ、だから彼は私の彼氏じゃない!」
「そんな事を言わないの」
「で、でも……」
「もう!恥ずかしがらないの!」
店員さんが後ろでモジモジするセツを後押しする形で俺の前まで押し出した。そしてそのまま、セツが必死に掴んでいる布を剝がした。
その布の下に隠されたセツの体は薄い水色のインナーを着て、その上に白いオーバーコート羽織っている。下の方は黒い、長めのスパッツで包まれている。動きやすさの重視したクールビューティーって感じのコーディネートだ。しかもオーバーコートの下からさりげなく尻尾が見えるし、彼女の白髪と白い狼耳にもよく似合う。
「「…………」」
「ほら、彼氏さん!何か感想無いの?」
「彼氏っ!?ま、まぁ。似合うと思うよ、結構可愛いし」
「……どうも」
「「………」」
気まずい!何だこの空気、気まずいぞ!何時ぶりだ、こんな気まずい状況に落ちたのは?ああ、何かの話を繋げないとこの場の空気は悪化する一方だ!何か、何か良いの無いか!?
「うんうん!そうでしょう!流石は私、良いセンス持っていますねぇ!」
ここでまさかの助け船が店員さんの自画自賛の発言だった。これは店員さんが意図的なのか、それとも偶然なのか?ともあれ、このチャンスを逃す訳は無い!
「そ、そうだね。他の服装はもう見繕えた?」
「ええ、ばっちりよ!ね、彼女さん?」
「彼女じゃない。……どれを選ぶか、分からない」
「ん?そんなに多かったか?」
「いえいえ、今着ているに似ているのを三セット程」
「その三セットの違えは?」
「色とデザインよ、見てみる?」
「いいや、その必要は無い」
店員さんの提案は断って置こう。俺に見せてもその違えに気が付かない自身しかないからな。だからここは俺の意見より……
「セツはどう思う?」
「……どれも良いと、思う」
「なら見なくって良いや。その三セットと今着ているを下さい」
「良いんですか?見なくって?」
「良いよ。こいつが良いって言ったからな」
「おお~太っ腹ぁ!」
「良いから、早く会計を済ませろ」
「はいはい!」
よし!これで気まずい空気が無くなったぞ。店員さんの後ろに付いていこうっと歩み出した途端、セツが俺の手を引っ張った。
「一つ、お願いが有るんだ」
「うん?」
「首輪が欲しい」
「……何で?」
「さっきので確認した。奴隷にとって、首輪は一種の身分証」
……マジ言っているのか?首輪が身分証だ!?そんな馬鹿げた事が有るか!?
『いいや。本当だそうよ』
『マジ?』
『ええ。私達が封印される前もそうだった』
……本当だった。でもなぁ、こんな華奢な女の子にさっき目に入ったゴツイ鉄製の首輪を付けるのか……
「なぁ、セツ。首輪って、どんなものでも良いか?」
「ええ、多分はそうだと思う」
「なら……これで良いか」
セツの意見を聞いて、俺は後ろの棚の上の並べているあるモノに目を付けた。そしてセツの目を盗んで、そのモノを手に取った。
「うん?何、それ?」
「後のお楽しみだ。さ、会計を済ませるぞ」