第七十話
ちょっと長くになりました
父さんに召喚されたスノーウルフ達の背中の上を乗って、村の郊外に位置する崖を飛び降りた形で逃げてから三日間が過ぎた。その間、私はスノーウルフ達と一緒に周辺の動物を狩って、食料にしました。召喚獣のスノーウルフは食事を必要としないから、私一人の分だけを確保出来ればいい。
でも、やはり一人で食事を取るのって……ちょっと、寂しい。ううん、父さんからは強く生きろうっと言われた。だから……だから私にとって、ぐらいの寂しさはきっと大丈夫って。そう願った。
……それは願いと言うよりかは、祈りに近いかも知れない。母さんを失い、村長から雇われた者に命を狙われて、村を捨てた私のちっぽけな祈りかも知れない。それでも私は――
「…………」
「……私なら大丈夫よ」
私の心境の変化を察したのか、スノーウルフ達がそのモフモフな体を私に押し当てた。何とも言えない眼差しで見つめた私は思わず笑みを零した。自分は大丈夫だって事をスノーウルフ達に伝えながら彼らの頭から首筋の辺りを撫でた。何という絶妙な肌触りだ、この場合じゃないならきっと私はこのモフモフな肌触りの虜になる頃だ。
こんな時に何を考えているのか……まさか自分に呆れる日が来るとはね。でもこの狼達のお陰で僅かに元気が戻った。本当、愛い奴らだ。
「……今日はここで寝るか?」
「…………」
ちょうど日も傾いた時間帯に成ったし、狩も上手くいった。因みに今日の狩の戦利品は二匹のウサギ、これで今日の夕食と明日の朝食は確保した。
私の提案に無言で頷いたスノーウルフ達は早くも雨風を退ける程のサイズの岩陰を見付けた。私達は未だ雪原から離れていないけど、名前がスノーウルフの割に、この狼達の体温は高い方だ、そのお陰でこいつらに囲まれた状態で寝るだけでそれなりの疲労が取れる。しかも狩った戦利品は雪の下で埋める事によって、腐る事の心配も無い。
でもこのペースだと、明日で雪原から抜け出せる。今後の食料保存の方法を考えないと……それに――
「父さん、無事に逃げたかな……」
そんな事を考えて、スノーウルフ達のモフモフな毛とポカポカな体温の誘惑に負けて、段々と目蓋が重くなって、いつの間にか眠りに落ちた。
~
――翌日・朝
「ん~~」
頬が寒風に撫でられ、思わずに目蓋を開いて欠伸した。でも次の瞬間、私は身の回りで起きた異変に気付いた。
「あ、あれ?……あの狼達は?」
そう。この三日間、私が起きたらあの狼達は必ず私の付近で座った状態で私を待っていた。でも今日はあの狼達の姿だどころか、その匂いすら途切れた。
白狼族の聴覚を持つ私は気付かれず、ここから離れる事は難しい。しかもこの付近の雪にもあの狼達の足跡一つも残っていない。昨夜で匂いや足跡を掻き消えす程の吹雪も大雨も無かった。まるでスノーウルフ達がこの場で蒸発したかの様――
よく考えれば、あの狼達はどうやって父さんの傍に現れた?確か……まるで虚空から急に現れた。父さんは召喚獣だっと言った。理屈は分からないけど、もし父さんが何等かの方法でスノーウルフ達を召喚して、その召喚に応じたスノーウルフ達が虚空から出現した。それなら今あの狼達が消えた事は――
「……まさかッ!?」
――父さんの身に何かが起きて、その召喚を維持できなかった。
その考えが脳内に巡った瞬間、私は村へ折り返そうっと踏み出した瞬間――
『強く生きろう。出来ればここで起きた悪夢を忘れて、幸せに生きるんだ』
――父さんの言葉が脳内に響いた。
再びその言葉を聞いて、村へ折り返そうとする私の足が止まった。
……そうよ。父さんは私を逃がす為に残ったんだ。もし私が今、村に戻ったら、父さんの努力が無駄になる。……だから私は、前へ歩む。父さんの努力も、思いも無駄にならない為に……
涙を堪える為に握り締めた右手から僅かな血が流れた。冷えた掌から伝わる痛み……それが父さんの痛みに比べれば、なんてことも無い。
決心を固めて、私は歩き出した。本来の進路、村から遠ざける為に、歩き出した。
~
昨日私が寝てた所から歩いてから数時間が過ぎて、ようやく雪原から抜け出した。そこから更に歩いて数時間、人族の集落らしき場所を見つけた。
「ど、どうしよう?」
人族に話した事が無い私はどうやってその集落の人族と話せればいいのが分からなかった。で、でも普通に接すれば大丈夫、よね?村に居た頃によく他の白狼族の子供と遊びした経験を生かして……この場合は笑顔で、親切に話し掛ければきっと大丈夫!
自分で自分を励ました後、私は勇気を振り絞って、その集落の住人と思わしき男に近付いて――
「あ、あの……」
「じゅ、獣人族!貴様、何しに来た!?」
「え?」
その男の叫びを聞いた他の人族が私を見てから慌てて女、子供を私から遠ざけた。そして男陣が次々と鍬や木の棒を持って、私に接近した。
「あ、あの私はッ」
「黙れ!獣人族風情が人の言葉を口にするな!ここは獣人族を歓迎しねぇ、とっとと消え去れ!」
「そうだ!そうだ!」
「さっさと立ち去れ!」
「す、すみません」
人族達に威圧され、害はないっと弁護したかったが、代表の男が怒鳴れた。他の人族も次々に怒号を放った。しかもその中の一人が小石を私に投げた。人族の腕力によって投擲された小石を弾けることは簡単だ。でもそうすると、この集落の人族を更に不快感を感じさせる。だから私は小石が当たらない様、その集落から離れた。
集落から離れても遠くからそこの人族に凄く睨まれた。何で皆は他種族の事を毛嫌いの?村長もそう、この集落の人族もそう……何で、同じ生き物なのに?何で共存する選択肢が無かった?
頭いっぱいの質問で溺れそうなぐらい困惑を感じながらその集落から離れた位置で今日の夕食に成る食材を狩った。今日の獲物は私より小さかった小鹿だ。雪原から出たから食料が長持ちしない。出来れば翌朝の分も取って置きたいけど、その血の匂いで野生の動物が寄せるから止めた。
鹿肉か……久しぶりに食べたな。……いや、今は昔の事に感傷する場合じゃない。早く村から離れて――
あれ?村から離れて、その後は如何するの?スノーウルフ達も消えたし、父さんと合流、出来そうも無い。私は今、どうすれば良い?
空っぽだ。初めて自分が何も無い空っぽな存在に感じた。生きる目標も無い、行く場所も無い。私は一体、何だ?
~
それから数日が過ぎてた。初日のような人族の集落を幾つか見付けたけど、どれも私受け入れなかった。それに伴って、私が感じる虚しさも日々増した。
そして六日目の夜、それは丸い月が夜空にかざす満月の夜。その夜はやけに寝付けが悪い。十数日前に感じたあの嫌な感じが再び私を襲った。
――カサカサ
そんな夜に草むらに歩く足音を聞こえた。段々私の方に近付く足音を聞くと、思わずあの日の光景が脳内にフラッシュバックする。
――積雪を踏む足音、謎の光線、父さんの後ろ姿……
「あ……ああ……」
体が思わず震え出した。唇から漏れたのははもう言葉とは言えない音。まるで体中の血が抜き取った様
に寒い。雪原から離れたと言うのに、雪国に生まれ育った白狼族なのに……寒い。そして私は聞こえた――
「ああ、居た居た。やっと見つけた」
「ふぅ~苦労したぜ」
――私を見詰めて、野太い声で話す複数人の人族。どれも血塗れで、各々の武器を持っている。この血の匂い、掻いた事が有る。
「あのクソ白狼族、随分と為を掛けやがって」
「でも、こうして見付かったんだ。俺の魔法のお陰だろう」
「へいへい。ともあれ、嬢ちゃんよ。そんな怖ぇ顔をすんな。直にパパを会えるぞ」
「そうだな。直に会える、あの世になぁ!」
そうだ。この血の匂い、父さんのだ。ああ、この人族達が父さんを――
彼らの会話はもう聞こえない。私はその時の記憶も無かった。ただ思えているのは、父さんの血の匂いを掻いた直後、私の視界が血の色に染めた。
目を覚ましたらあの人族達はもう死んだ。首や動体、手足等がバラバラに引き裂いて、その場を血の海に変えた。その辺りの空気が全部血の匂いで埋め尽くした。自分のを見ても同じく、血に赤く染めた。口の中も鉄の味に満ちた。ああ、私がこいつ等を……
「ああ……父さん、母さん……ッあああああああああああ!」
自分がやった事を認識した次の瞬間、今まで抑えてきた感情が雪崩みたいに溢れ出した。一晩中思い切り泣いて、叫んで。いつの間にか力尽きて、意識を失った。
翌朝起きてもこの辺り血の匂いがまだたっぷり残っている。
「……そうか。昨日のアレは夢じゃ無かったんだ」
俯せの状態で倒れて、胸辺りが硬い何かに付いている事を認識し、確認した。それは父さんから貰ったペンダントだった。血に染めた両手でそのペンダントを握って、その場で誓った。
――憎い
私から母さんを、父さんを、幸せな日々を奪った村長及びあの謎の男、雇われた人族共を全員殺す。全員に復讐するまで、私は死なない。
――増悪
あいつ等の全部を奪って、壊して、絶望のどん底に突き落とすまで……私の復讐は終わらない。
これでフードの人の過去編が終わります。次回からは元の時間軸に戻ります