第六十九話
私達が裏口から足音の群れがする方の反対側まで回れた。これで足音からは少し遠ざかれたけど、まだ安心できない。多少の距離を置いたぐらいであいつらから逃げ切れないっとそう確信した。なぜなら、私達が身を隠しす為の岩陰まで確実に迫って来てる。
私達の後側には高さ数百メートルを誇る断崖。例え獣人族の身体能力でもこの崖を素手で降りるのは無謀としか言うえない。再度自分に置かれた状況を理解した私は拳を握りしめて、未だ震える唇で恐る恐るっと父さんに訊いた。
「ど、どうしよう?」
「大丈夫、オレが守る。だからそう怖がるな」
「ん」
私を安心させる為、父さんが私の頭を撫でた。長年に狩を続けたせいでごつごつで、大きな手が髪の毛を通した感触が妙に私を落ち着かせれる。
――ドス、ドス、ドス……
私の焦りが多少鎮まったとは言え、足音の群れの動きが止まらない。スゥっと一度深呼吸して、父さんがまるで瞑想したかの様に目を閉じた。父さんが数秒間、そのまま動かずに居て――
「……距離600メートルで人族二百人ぐらい、か」
――と、呟いた。
「分かるの?」
「ああ。足音が聞こえるタイミングと間隔、彼らから発する匂いで推測した」
「……凄い」
「経験の差って奴さ。やがてお前も出来る筈だ」
「ううん、私には到底でき――」
ッ!?……何、これ!?凄く嫌な感じがする。前みたいに胸が焼けそうな感じとは違って、まるで誰かに剣先を喉元に押し付けられたみたいだ!誰かに狙われている!?
私の中の生存本能が全力で警報を鳴っていた事に対し、私は即座に周囲を見渡した。でも、そこには人影どころか、動物の影すら見当たらなかった。私は自分の目を疑い、戸惑ったその時、横から父さんが不思議そうに訊ねた。
「如何した?まで奴らは400メートル以上離れているぞ?」
「え?父さんは感じないの?」
「何が?」
嘘、父さんは何も感じないの?……いや、待って。確か父さんはこうやって、確認したよね?父さんが感じないなら、私がやればいい。今度こそ父さんの役に立つんだ。
見よう見まねで目を瞑て、嫌な感じがする方に神経を集中してた。そして、私は何かが足音が鳴る方へ集まっているように見えた。
何あれ?っと思った私はその何かが集まる軌道を辿って、とある人物のシルエットの元に辿り着いた。その人物の動きを観察しようっと決めた私はもうちょっと神経を研ぎ澄ませた、が。さっきまで実体が無い、風の様な何かが三つの棒状に変えた。そしてその棒が凄まじい速さで飛んた!待って、その方向は……!
「父さん、伏せて!」
「うお!?」
私は急いで閉じた目を開き、横に居る父さんを押し倒せた!次の瞬間、私達が身を預かっていた大岩が三本の光に貫通された。
「うっ!」
「父さん、大丈夫!?」
「ああ、右足を掠っただけだ。大したことじゃない」
「……酷い」
父さんの右太ももの方に視線を向けて、掠った所を確認して、何とか応急処置をすると考えた。でも、そこはもう刃物に抉られたみたいに、三センチ程の丸い傷口が出来た。しかもその傷口の周辺がまるで火傷を受けたような痕も残っていた。
「魔法で狙ったか、クソったれ」
父さんは悪態を吐きつつも足が負傷した事も関わらず、立ち上がろうとした。傷口が焼かれて、一応出血は無いけど……
「駄目だよ。父さんの足がっ!」
「……『召喚:雪狼』」
無言のまま立ち上がった父さんが小さく呟いた。その言葉が紡がれた直後、父さんの横からいつの間にか私より大きい白い狼が三匹出現した。
「この狼達は?」
「ミアが残した契約獣だ」
そう言いながら父さんは担いで、三匹の内の一匹の狼の背中に乗せた。父さんのこの行動……まさか!?
「と、父さん!父さんはまさ――」
「そう言えばさ……」
父さんの真意を訊くべく、慌てて大声を出したけど、父さんが無理矢理私の言葉を途切れさせた。少し間を置き、私が黙っていた事を確認した父さんが再び言葉を紡いだ。
「十歳の誕生日、祝い損ねたな」
「……うん」
「本来なら早くこれを渡したかったが……」
そう言って、父さんがポケットから何やら蒼い水晶が付いたペンダントを取り出した。そしてそのまま、私の首をそのペンダントに通した。
「……お誕生日おめでとう」
父さんのその言葉と共に、私の涙が三度零れ落ちた。さっき父さんから貰った勇気ま何処かへ消えた。
「……ありがとう、ございます」
それでも、私は泣かないと決めた。少なくとも、父さんの前では泣かないっと、そう誓った。だから私は涙ぐみそうになり唇を噛みしめて、言葉を絞り出した。
「……父さんは、如何するの?」
「オレはあいつらここで足止めする。絶対、お前に追い付かせない」
「なら……なら父さんが私と一緒に良ければいいじゃないか!?」
「それはダメだ」
「何でよ!?」
「あいつらの中には魔法を使う輩が居る。そいつらが居る限り、逃げ切るのは困難だ。それに、オレは負傷している。オレがお前と一緒に居ると、変えて負担に成るから……ここであいつらを足止めることでお前が生き残れる可能性を高まる」
「……」
「そんな顔をするな。オレの強さは分かるだろう?」
「……うん」
涙で滲む視界を通して、見える父さんの顔から死に対する恐怖を微塵も感じ取れなかった。私の返答に満足げに頷いた父さんは両手を私の頬に当てて、器用に指先を使って、今でも零れそうな涙を優しく拭いた。
「強く生きろう。出来ればここで起きた悪夢を忘れて、幸せに生きるんだ。例えお前が魔族の血を持っても……いや、この世の誰でも幸せを求める権利が有る。だから何時か、お前が心から信じ合える人が見付かったら迷いな。オレみたいにさ」
「……うん」
「愛しているよ、■■。お前が幸せになる姿を見届けなくって、残念だ」
それを言い残して、父さんは迫って来る大群を足止めするべく、私と狼達に背を向けた。見慣れた筈の父さんの背中がいつも以上に逞しく、強く見える。
「さぁ、行け!スノーウルフ達よ、■■を……危険から遠くに、連れて」
父さんのその言葉がスノーウルフ達の合図と成り、三匹のスノーウルフ達が崖に跳び下した。背中から振り落とされない様、私は片手をスノーウルフの長い毛を掴んで、もう片方の手はさっき父さんから貰ったペンダントを握り締めた。
ごめん!今回でフードの人の過去編が終わる予定だったけど……
思いの外、書きたいものが多かった。だから次回、次回でフードの人の過去編が終わります。(多分)
*因みに、■になっている部分はフードの人の名前です。彼女の本名は後ほどの楽しみということでよろしくお願いいたします