第六十八話
私は走った。胸の中のモヤモヤ感も、体の中の血液が沸騰しているような熱さも、何もかもを無視して、ただひたすらに走り続けた。私の家は村の郊外辺りに在るけど、そこまで村から離れていない。徒歩で十分も掛からない距離にあった。
でも今日は、今のこの瞬間がとても遠く感じる。深い積雪を踏み、黒済んだ樹の幹をくぐり抜けてもう一時間以上が経った感じがする。それでも、目的地たる私の家の形跡が見えない。
「おい、ちょっと待って!」
「ッ!?」
無心に走った私の後ろ襟が誰かが引っ張っていた。まさか村長と話した男が派遣した人達がもう来たのか!?
最悪の事態を想定して、帯剣ベルト替わりで腰に結んだ布に差した短剣を抜いた。目と閉じたまま、その短剣を思いっきり後方へ振った。しかし、短剣が後ろの人物を刺す前に、私の手首がその人にあっさり掴まれた。恐る恐ると閉じた目蓋を開き、その人の顔を見て、思わずにその人の正体を呟いた――
「お、父さん?」
――それは安堵か、それとも恐怖と不安に対する涙がその言葉と共に零れた。
「どうした、そんな怖い顔をして?」
「………」
唇が震えている……いや、そう言えば私の指も僅かに震えている。何でだ、落ち着いてよ!上手く言葉を出せない。何でだ!?何で言葉が出ないの!?母さんの事も、村長が言ったことも、あの謎の男の事も……訊きたい事がいっぱいあるのに、何でだよ!?
「……一旦、家に戻ろう」
「――ん」
それだけが、今の私の震える唇から絞出せる唯一の言葉だった。
その後、私は父さんにおんぶされた形で言えまで運んだ。何だろう……父さんの背中は数十年狩りし続けて鍛えられた筋肉で硬くて、広くて、とても安心する。
~
「んぅ……」
「起きたか」
気が付けば自分の部屋のベッドの上で寝てた。そして父さんがベッドのすぐ横にいる椅子に座ってた。……いつ寝てしまってたんだろう、私?
「……私、どのぐらい寝てたの?」
「十数分だけだよ。それより如何した、そんな怖い顔で走って?しかもオレを攻撃して――」
「――そうだった!父さんに訊きたい事が有るんです!」
「ん?」
「私の母さんって、その……魔族なの?」
「ッ!?何処でその話を!?」
母さんが魔族の質問を聞いた父さの顔つきが一瞬で深刻そうなそれに豹変した。そして父さんが私の肩を強く掴んで、大声で質問で返した。正直、その時の父さんは怖かった。……それでも私は勇気を振り絞って、直接に父さんの目を見て、村長の家で盗み聞きした事も、村長と謎の男との会話内容を隠さずに話した。
「ちッ、あの村長め!」
「っじゃ、本当なの?」
「……こうなったら、もう隠す必要は無いな」
私の情報源が村の村長であることを知った時、父さんは酷く怒ってた。でも同時に、俯せた状態にある父さんから悔しい気持ちも感じた。もう隠せないか、それとももう隠す意味がが無いかは分かりませんけど、心の何処かで決心と覚悟が決まった父さんは再び俯せた顔を私に向けた。
「ああ、そうだ。お前の母さんは魔族だ」
「……そうか。なら、何で村長がそんなに魔族を毛嫌いに成るんですか?」
「それは千年前、世界神が率いる天使と使徒たちと初代の魔王が率いる魔王軍との戦争――」
「……神代大戦」
「――そう。その神代大戦で魔王軍は多くの命を奪った。人族、獣人族、竜族……種族問わず、多くの命を失った。勿論天使や神の使途共も同じだけどね。そのせいで未だ魔族を毛嫌いする者も多かった」
「それなら、魔族だけが嫌われるのはおかしいよ!あの戦争に参加した種族も、多くの命を奪ったじゃないか!?そんなの……不公平だよ」
「…………」
父さんの話を聞いて、思わず涙が再び目尻から零れ落ちた。だって、不公平過ぎるだ。そんな理由で魔族が……差別を受けるなんて。それなら全部の種族が同じじゃないか……
涙を抑え、私は再度父さんに訊いた。今の私にとって、一番大事な質問を――
「ね、父さん。何で今まで私に言わなかったんだ?何で私と母さんをこの村から連れ出さなかった?」
「……それは自分の娘に『父ちゃんは今村の皆に狙われている、だからこの村を捨てよう』なんて言えないよ」
ここで話が途切れて、父さんが珍しく照れくさくほっぺたを掻いた。少しニヤけた顔でその続きを語った。
「しかも、この村は俺と君の母ちゃんに出会った所なんだ。当時ミア……ああ、お前の母さんは重傷を負ってた。負傷して、森に倒れ込んだミアを見付けて、一応家に連れ戻って、手当てした。その後は色々あって、オレはミアに惚れた。彼女が魔族である事を承知の上で彼女にプロポーズした。ミアもそれを早く承諾してくれた。結婚した直後のミアが家の外の景色を見ながら『私はこの村とこのからの景色が好き。勿論君も好きよ、シー』っと言ってくれた。だから、オレは尚更この村から抜け出せないんだ。この村で彼女に惚れて、彼女もこの村で息絶えた。ならオレも彼女が大好きな景色を守って、ここで生涯過ごすつもりだ」
「…………」
「ごめん。ちょっと話が長引いて――」
「ううん。とっても素敵だと思うよ」
「はは。娘にそう思われると嬉しいな」
「えへへ。それでさ、父さん。さっきの話、村長が話してッ」
私が話しているの途中に突然父さんが片手で私の口を塞いだ。もう片手は人差し指を立てて、口元に運んだ。
「静かにして。大勢の人がこっちに近付いている」
「ッ!?」
「お前が盗み聞きした話に出てた派遣された者達か。ほら、耳を澄ませて。お前も聞こえる筈だ」
「……」
私は父さんの言う通りに、目を閉じて、耳を澄ませた。すると、村の方から「ドス、ドス」っと積雪を踏んで、まるでこの家を囲むかのように接近する大量の足音が聞こえる。
「と、父さん」
「ああ、裏口から出よう」
フードの人の過去の話はまだ続きますよ~
次回で終わる予定です。