第六十五話
頭に掴まれたまま、振動魔法をゼロ距離で喰らった魔法使いの男の悲鳴が密林の中に響き渡った。彼が抵抗しなくなってから≪看破の魔眼≫で彼がまだ生きていることを確認した後、俺は指の力を緩ませた。意識を失った魔法使いは糸が切れた人形の様に、地面に倒れて動かなかった。
「レイ、何故生かした?」
っと、気が緩んできた所に後ろからイリアの声が聞こえた。その声がする方へ振り向くと、フードの人を背負っているレヴィとイリア、イジスの姿があった。
「俺はまだこの世界……もとい、あの犯罪履歴を示す水晶玉の判定が分からない以上、無暗に人間を殺したくない。犯罪者の肩書を背負ったくない。それに――」
「なんだ?」
「――こいつらを殺しても得られるものは無い」
そう。さっきまで……いや、今でもこいつらの命を奪える状況にいるけど、何も感じない。人の命を奪った経験はあったけど、こうまでも感じないのか。まっ、イリア達を守れるなら満更でもないな………
「この……世界……?」
「ッ!?……そうか。お前はまだ生きているのか」
「一応回復ポーションと応急処置はした蓄積した疲労はまだ残っていて、安静しないと……」
「……そっか。なら仕方ない、連れ戻ろうか?」
「それで良いのか、マスター?」
「一度は救った命だ。ここで見捨てる訳はいかないだろう?一応その責任が有るからな。それに……」
俺はここで一度言葉を途切れて、意識朧げなフードの人に視線を向けた。≪気配感知≫のスキルで辛うじて意識を保っていることを確認して、途切れた言葉を続けた。
「そいつが狙われる理由とこいつらの正体も気になるし」
「マスターがそう言うのなら……」
「そうね、私もレイと賛成だ。ここは一旦襲撃者たちの情報を集めて、今日ここで起きた事をより効率よく誤魔化せる。しかもその者達はそいつを売ろうとした、ボスとやらの命によって。ならこの機会を利用して、この国の裏に蠢く有力な人物の目星も付けたい」
「私も良いですけど…………ん~フードさん?」
「……」
フードさん!?いきなりイジスがレヴィに背負っているフードの人に近付き、何か意味深な事を言おうかと思ったらまさかの呼び方に驚いた。確かにそのフード付きローブの中身はまだ知らないけど、流石に「フードさん」は酷いよ、イジス!
でも件の人は蓄積した疲労のせいか、未だにフードを深く被った頭を力弱く上げるしか反応は無い。
「フードさんは私達の事を他の誰にも話せないっと約束できますか?」
「……」
今回もフードの人が肯定を示す為、小さく頷いた。これで一安心だっと思った瞬間――
「お、おい!キミ、しっかりして!」
「フードさん!?」
――レヴィとイジスが焦りの声を発した。さっきまでイジスの質問に反応してくれたフードの人が急に力が抜けれた様に、一切反応しなかった。この異変を最初に察したレヴィは彼を起こそうとしても全く起きる兆しを見せない。まさか間に合わなかったのか、回復ポーションを使っても!?
「慌てるな、意識を失っただけだ」
「そう。なら良かった」
「ところでさぁ、レヴィ?」
「ん、何?」
「そろそろ変わるか?もう町に戻るし」
「そうだね。じゃこの子をマスターに任せよう」
「もう既に夜遅くなっているけど、あんまりスピードを上げ過ぎないでね?意識お失った人を背負っていることを忘れるな」
「っと、そうだったな」
「では私達はもう実体化を解きますので、その子を頼みましたよ」
「後はよろしくな、マスター」
それだけを言い残して、レヴィはフードの人を俺に渡して擬人化を解いた。イリアとイジスもそれぞれの実体化を解除した。はぁ~今回町まで戻り時間はちょっと長くなりそうだ。
~
フードの人を背負いながら町まで走って凡そ三時間、俺はやっとその巨壁の扉の前まで戻った。はぁ~しんどかったぁ!普段スピードだったら一時間ぐらいで着くけど、今回は全く同じ道を走っているのに、スピードが違うだけでこうもしんどくなるのか……
「ともあれ、先ずはギルドに報告しないとね」
毎日町から出入れするから門番からはもうギルドカード無しに、顔パスだけで入れるようになった。流石に町中で走るのはまずいので普通にギルドまで歩いた。そのせいで誰かと通りすがる度に異様な眼差しで俺を見ている。一ヶ月弱でかの町に暮らしたんだ、多少に俺の顔を思える人もそこそこ居る。
常にソロで依頼をこなす俺が、急に夜の中でフード付きローブを纏った人を背負っている光景を見たら、そりゃ怪しむよなぁ。「目立つな……」、「憂鬱だ……」など心の中で愚痴を言いつつ、俺は歩くスピードを少し上げた。
「あら、レイ君。今日は遅かったね」
夜で冒険者ギルドの中に集まる冒険者はそう多くない。ギルドの中に入れて、異様な眼差しに晒せなくで済むと思ったら、あのハイテンションな受付嬢に出くわした。
「そう言えば、今日はこいつも居たな」
「うん?何か言った?」
「いやっ、別に何もないよ」
危ない。つい反射口走った。もう初対面の日から十数日は経ったが、未だにこの受付嬢に対して如何対応するか分からない。
「ところでレイ君、君の後ろの子は?」
「ああ、こいつの事はまた後日話しても良いか?結構疲れたみたいで、早く休めたい。俺は依頼達成の報告をしに来た」
「分かりました。はい、これ。依頼達成の報奨」
「ありがとう。では、失礼する!」
「あ、ちょっ!」
今日はこれ以上彼女に絡みたくない一心で報酬を受け取れた直後でギルドから出た。目指すは勿論、俺がこの一ヶ月弱の間で住み続けたオルベック宿だ。
「あっ!レイさんお帰りです!」
「おう!って、こんな夜遅くまで起きてたのか?」
「勿論です!お母さんを手伝うのです!」
オルベック宿に戻った俺と挨拶を交わしたのはこの宿屋の女将さんの娘だ。何時でも元気いっぱいな顔でこの宿屋に泊まる客と会話するので、この宿屋の客以外にも人気らしい。
「ところで、今この時間でまだ空き部屋が有るの?」
「へ?ごめんなさい、今日はお客さんいっぱいで……」
「そっか。なら良いや、また明日な」
「うん!お休みなさい!」
女将さんの娘と別れた後、俺はフードの人を背負ったまま、三階にある自分の部屋に戻った。フードの人を起こさない様、出来るだけ優しくベッドお上に寝かせた。そして俺は隣に椅子に腰かけて――
「今日はここで寝るか」
――を呟いて、眠りに落ちた。