第六十四話
イジスから無茶な課題に課せられた後、俺達は≪ファイヤーボール≫が飛来した方向たる密林の中に入った。敵戦力とその目的が分からない現状で唯一確信できる情報は敵の数が八人である事だ。複数の敵と戦う時は仲間が多い方が有利だ。だからイリア達は実体化、擬人化を解かなかった。折角こっちには四人分の戦力、しかもその中にはレベル無限の大罪悪魔と元天使二人が有るんだ。そのアドバンテージを生かす手は無い。
かと言って、俺以外の三人は此度の戦いに参戦し無さそうだ。何故かと言うと、イリアとレヴィは一応周囲に警戒しているが、全く戦いの準備をする素振りを見せない。と言うよりかはこの二人、現状を俺の訓練の一環として使う気満々だ。一方のイジスというと、先程の焦りはまるで嘘かの如く、綺麗さっぱり消えた。寧ろ自身が弟子へ課せる課題を達成する為、奮闘する弟子を見守る師匠に成りつつある。
でもまぁ、いざとなったら手を貸してくれるだろう。……………多分。
…
……
…………そう信じたい。
「はぁ~」っと心の中でため息をつきつつ、何とか生い茂った樹々と夕日の光によって作り上げた日陰を上手く使って、敵に気付かれずに接近することが出来た。そして、件の八人から十メートルも離れてない樹の後ろに隠れていた。
出来れば一人でも多く、こっちの存在に気付かれる前で倒したい。避けられる争いはなるべく避けたい。でも今回は向こう側から先手の≪ファイヤーボール≫に撃たれた。この場合は正当防衛としてカウントされるよね?だから先ずは相手の事を観察し、その隙をつくとこが先決だ。
そろそろ日も暮れそうから予め≪夜目≫のスキルと強化魔法を発動した。これで向うの高度が夜になっても関係なく把握することが出来るし、あいつらが油断した一瞬の隙に強化された体で素早く、かつ静かに無力化させる。
『何故最初の魔法を撃った後に俺達の生死を確認に来ない?』『俺達の事を過小評価しているのか?』『それともよっぽど自分の魔法の腕に自身が有るのか?』『もしくは何かのを待っているのか?』等々の問題が何回か脳内に巡ったが、それらをこの八人を倒してから考える事にした。この際に彼らの会話から情報を取ろうと思ったが――
「おう、おう!どうした!?もうバテって来たか!?」
「先程の伊勢は如何した!?」
「もうそのフードを取ったらどうだ?貴様は我々が三年前から探していた白狼族だってことは分かってんだ!」
――七人の男がフード付きのローブを深く被せた人を囲んだ。そして俺はそのフードを被った人の足元には結構な量の血溜まりが有る事に気付いた。しかもその人は良く見たら片手で自分を脇腹を抑えている。俺に医療知識は無いが、どう見てもそれ程の量の血を失ったら、命が危ういことは明白だ。
「それとも何だ、まだ踊り足りないかい?さっきはワタシの≪ファイヤーボール≫を避けたが、その傷じゃもう避けれないな~」
「ボスの命令だ。貴様を殺すことは出来ないが……手足を折って、半殺しの状態で売れば、さぞかし良い値段で売れそうだ」
「…………」
「さあ~って、お前ら下がってな。今度こそワタシの魔法で半殺しにしてやるよ!『魔の炎よ!我が敵を焼き払え!≪ファイヤーボール≫!』」
「ッ!?」
今だ!フードの人を囲む七人の中でいかにもRPGゲームの中に出てくる魔法使いっぽい服装をしている男が魔法の詠唱らしきものを唱える間、残りの六人も彼から距離を取った。やるなら今しかない!
そう決意した俺は素早く、その六人の内の一人の背後まで回って、その人の口と鼻を手で被った。そしてそのまま風魔法を発動し、彼の肺の空気を全部抜き取る!
その男は空気を失ったせいで叫ぶことも無く、何の抵抗も示せず、地に倒れた。念のために彼の気管に空気が入らない様、数分後の自動的無効化する臨時な風の障壁を張った。でも残りの者は彼の身で起きた異変に気付いた。
「何者だ!?」
「あいつに何をした!?」
等の問題が彼らの口から飛び出した。一瞬、彼らの視線や標的はフードの人から俺に集中した。それに伴って、魔法を発動とする魔法使いの集中が乱れて、折角格好いい詠唱まで唱えた魔法にもその乱れを映した。
「てめぇが誰なのか聞いてるんだよ!」
戦士風の男が怒号を発しながら手に持っていた剣を振り下ろした!この男もそれなりの巨体を誇っているから相当な腕力を持っているだろう。だとしたら、何処に避ける?彼の仲間による追撃も考量しないと――
「え?」
――遅っ!ええ!?なにこれ、遅すぎるでしょう!?確かに俺は≪強化魔法≫を使ったが、≪思考加速≫までは使っていないぞ!?何か企んでいるのか?いや、彼の仲間にも怪しい動きを取る者はいなかった。…………まっ良いや、何でか知らないが……このチャンスを見逃す訳はいかない!
振り下ろした剣をサイドステップで避けて、その男の後ろに回った。今だ振り下ろした剣の勢いが止まらない男の片足を風魔法で切断し、彼の態勢を無理矢理崩す!そしてそのまま指を彼の顎を引っ掛かって、ヨがのブリッジと言う姿勢に成るよう、引っ張った!
「がっ!」
地面に後頭部を強くぶつけた彼は片足切断された痛みも感じられなく、意識を失った。その直後、俺は今でも≪ファイヤーボール≫を撃ちそうな魔法使いの方に手をかざした。
イリアみたいに行けないが………魔法だろうと、ある程度に物理法則を従う!≪ファイヤーボール≫、簡単で言うとただの火の玉。火が発生する条件の一つ、酸素の存在かけてはいかない。だから、向けられた右手に魔法使いの周りの酸素を集まった!使用する魔力量も燃えている≪ファイヤーボール≫のお陰でかなり節約できた。
そして次の瞬間、バスケットボール級の≪ファイヤーボール≫は呆気なく消えた。
「う、嘘だろう!?」
「魔法が消えた!?」
「に、逃げ――」
「……逃がすか」
魔法が消されたことを目撃した男達は早くもこの場から逃げ出そうとしている。もし今日ここで起きた事が拡散されて、何らかの形式で俺が彼らが慌ててに逃げた元凶である事がバレたら、絶対面倒事に巻き込まれる。主にその魔法使いはな!
だから俺は魔方使いを除いた残った四人の頭や喉など急所を狙った。一人は頭を掴んで、顔を地面にぶつけた。一人は手刀で喉を正面から強く叩いた。一人は横から顎への一撃でバランスを崩し、回し蹴りで近くの樹まで蹴り飛ばした。最後の一人は心臓への強打で無力化した。
さて、これで残るは魔法使い一人だけに成った。ここは密林で今は夜だから助かった。慌てて逃げ出そうとする男達は根っこに足が絡めて転倒するか、樹々にぶつかるかの二択で逃げ出す速度を遅くさせた。そして俺は残った魔法使いの的へ歩んだ。彼もまた、足が根っこに絡めて転倒した。
「ひぃぃぃ!」
俺が接近する姿を見て、自分はもう逃げれない事を認識した魔法使いは悲鳴を上げた。彼は次第に逃げる事を諦めて、仰向けの状態で命乞えをした。
「お、お願いだからワタシを見逃して!貴方が何を求めている!?金!?女!?それとも名誉か!?ワタシを見逃したら貴方の要求を何でも答えるから!」
「…………」
金?そんな事の為に一人の人間を集団で攻撃するか?そんな事の為に一人の命を弄ぶのか?ああ、何時ぶりだろう?俺がこんなに、他人の事に対して怒っているの。
「もう良い。お前の声はもう聞きたくない。激震点」
仰向けの彼の顔を掴め、最近手に入れた振動魔法を発動した。この魔法は俺の掌に一つ地震の震源を生成する魔法だ。その振動の衝撃は彼の脳を揺さぶる、脳震盪を引き起こす。
「やめろ!やめろ!やめろぉぉ――!」
魔法使いの叫びは他の誰かにも届かず、夜の密林の中に響いた。