第五話
第三者視点です
【第三者視点】
零がキメラの蠍の尻尾に胸を貫かれた刹那、濃い黒色の霧が空間中央の巨大水晶に集まった。虚空から現れたその霧は最初、レイの死体を覆い隠すだけの量しかない霧だけど、見る見るうちに空間内を充満し、やがてキメラの姿さえもくらませる程の物になっていた。
まるで自分が殺めた相手の死に反応したかのように出現した得体の知れない黒色の霧。当然ながらキメラも自身の警戒を最大まで引き上げた。目の前の未知を威嚇するようにその牙を剥き、「グルルル……」と、再び低い唸り声を漏らした。また、今のキメラは獲物を攻撃する体勢では無く、自分より強い相手から自身を守る体勢にも見える。
思えば後ろの扉から逃げれることもできた。だがキメラがそうしなかったのはこの場への執着があったからなのか、それとも恐怖でロクに身動きできないのか?その答えを知るのはキメラだけであった。どちらにせよ、今のキメラの心は黒色の霧に少なからずの恐怖を抱いているのは確実だ。
やがて霧は巨大水晶をも覆えるまで満ちた直後、水晶が一段と眩い光を放った。それに伴い、水晶や零の死体を重点的に取り巻く黒色の霧がまるで最初から存在していないかのように、跡形もなく霧散した。
僅かに数分間霧であるが、零の死体は霧に隠された。でも霧が消えた今、その姿は再びキメラの目に映った。まるで幽鬼の如く、一切の音を立てずに立ち上がった。キメラの尻尾に貫かれた左胸の穴も、壁に叩きつけられた際に砕けた背骨も、失われた血も……時間が巻き戻されたと言わんばかりに、零の死体は完全に修復された。いや、寧ろここに飛ばされる前の状態まで戻った。
開いた眼から一切の生気を感じ取れない。ごく当然のように地面に刺さっている楔の一本を引き抜いて――
――グッ!?
――そのままキメラの額を目掛けて投擲した。
対するキメラは奇声を上げて、飛んでくる楔を前足で叩き落した。だけどそれは既に予想済みと言わんばかりに、零は即座に二本目の楔を手にして、そのままキメラに突進した。その速度は常人が出せるモノを優に上回る程であった。でもキメラには問題なく自分に奔ってくる零の姿を捉える。
零の突進を回避するため、キメラは軽く上へジャンプした。当然キメラもたた零の渾身の攻撃を躱すだけ……なんて、簡単に終わる訳はない。上にジャンプしつつも蠍の尻尾での反撃も入れた。速度のせいで横への回避ができない零は一旦手に持った楔を地面に刺して、勢いを使って身体を回転させ、楔を逆手で握り替えた。次の瞬間、「キィン!」っと、飛び散る火花と共に逆手で持った楔でキメラの尻尾を弾いた。
尻尾の反撃を弾いたのは良いものの、突進が避けられた零は体勢を崩した。このままだとドーム状のこの空間の壁と激突する羽目になる。たけど、そんなことなどどうでもいいと言わんばかりに、零は減速する努力も、体勢を整える事もしなかった。
零が両足で壁に着地したと共に、「ドン!」という低い音がドーム状の空間内に鳴り響いた。当然零の足は無事で済まなかった。赤黒く変色した両足は変な方向に曲がった上、酷く出血している。零の着地点を中心に直径一メートル弱の範囲が真っ赤に染め上げた事から十分にその出血量を物語っている。
両足が潰れたというのに、悲鳴どころか苦痛の声を何一つ上げない零の異常さはその直後に起こった事によって上書きされた。気づいたら零の下半身は先ほどの霧に包まれた。次の瞬間、霧は晴れ、零の両足は元の万全な状態まで回復した。
そのまま治った両足で強く壁を蹴って、キメラに再び急接近した。が、今度は槍みたいに刺す構えではなく、所謂ゲームの中で言う上段の構えで飛んだ。
しかしその手に握っている楔は剣みたいに斬れない。つまりその行動は単なる脅しに過ぎない。当然キメラもそれを知っている。だからキメラはさっきみたいにジャンプをせず、右前足を上げて、飛んでくる零を叩き落そうとした。
――キィン!
甲高い金属音を鳴らして、零は目の前に迫ってくる自分の頭より大きいキメラの前足、正確にはその先に生えた黒光る爪をいなした。そのまま身体を半回転して、手に握る楔をキメラの脇腹に突き刺した。
楔が深く食い込んだキメラの脇腹から真っ黒な血が噴き出した。貫通された脇腹の痛みをこらえるように絶叫するキメラを無視し、近くに突き立っている二本目の楔を引き抜いて、キメラの後ろ脚を地面に釘付けた。
二箇所の痛みで僅かにバランスを崩したキメラは蠍の尻尾で反撃しようとした。対する零はまるでキメラの脇腹に刺さった楔に手を伸ばし、その傷口を抉るかのように、乱暴にその楔を引き抜いた。先程とは比べ物にならないぐらいの血の量が壊れたダムから噴き出す水の様に、辺り一面を黒く染めた。致死量の出血にも関わらず、キメラの尻尾による反撃は止めなかった。
が、「そんな攻撃などお見通し」と言わんばかりに、零は最小の動きで蠍の尻尾を躱した。そのまま流れる動きで三本目の楔を手に取り、片手ずつ握っている楔を尻尾の付け根で交差するように突き刺した。しかし今回は脇腹の時と異なり、零は即座に楔から手を離さなかった。代わりに彼は両腕に力を入れた。
――グァァァァ!
キメラがさっきより一際大きい絶叫を放った直前、梃子の原理を利用した零は強引にキメラの尻尾を千切った。その反動でキメラの後ろ足は解放されて、零から数メートル先に倒れた。
脇腹に穴を開けられ、右後ろ足に風穴を開かれた上に尻尾までが千切られた。重症と呼べる傷は少ないが、大量出血したせいでキメラにはもう、反撃どころか、まともに立つ気力すら残っていない。
それでも零は一切油断していなかった。見るにも無残な姿のキメラに近づきながら道中にある楔の数本を手にした。
その内の一本をキメラの喉笛に突き刺した。が、喉笛が貫かれてもキメラはまだ絶命していない。最後の足掻きか、はたまたは道ずれのつもりか……いずれにせよ、キメラは体中の傷が重症化するのを承知の上で四肢に力を入れ、無理矢理に立とうとした。
弱った獣は一番危険。なぜなら死に際で捨て身の攻撃を惜しまない、所謂火事場力を発揮するからだ。このままキメラの立ち上がりを許したらこれまでの優勢を失いかねない。だから零は速やかに回収した楔をキメラの右目を通じて、その奥の脳に刺した。
痛みに耐えきれず、キメラは口を大きく開き、反射的に上半身だけを上げた。零はそんなキメラに一切の同情は無く、眼球の奥深くに刺した楔を乱暴に抜き出して、今度は上げたキメラの胴体の左側、つまり心臓部分に全身の力を乗せた一撃を放った。
断末魔を上げる事さえも許されず、盛大に黒い血を周囲にまき散らしながらキメラは命を落とした。キメラの死亡を確認した零は暫くの時間を経て、糸が切れた人形みたいに倒れた。
戦闘シーン苦手だよ~