第四話
四角い穴を通じて、立方体の建物らしき構造の内部に入った途端、壁添えに等間隔で設置された無数の松明が一斉に火が灯された。地面より二メートル弱の高さに置かれているとは言え、密封空間内で凡そ50本の火の点いている松明に囲まれたら嫌でも熱く感じる。入って来た扉の方へ振り向くと、案の定それは跡形もなく消えた。代わりにその反対側、つまり俺の目の前に新たな四角い穴が開かれた。
「……誘っているのか?」
俺の接近に応じて開かれる扉といい、その中に入った途端に元の扉は消え、明かりが灯して新たな扉が開かれる。まさにホラーゲームによく見る序盤の展開だ。誘われているようでえ癪だが、元より覚悟の上で入って来たんだ。ここで後戻りするつもりはない。もっとも、後戻りできそうにない。
「食料庫なら最高なんだけど……」
冗談交じりの言葉を呟きながら、 新たに開かれた扉の向こうへ進んだ。途中途中で何回か気を失いそうな場面はあったが、根性や気合い等で何とか意識を繋ぎ止め、前へ進む足を止めなかった。罠の警戒もあって、進行速度は決して速いとは呼べない。が、それでも静止するよりかはマシだ。
凄く今更だけど、俺が入った立方体の建物にこれ程の奥行きがあるとは思えない。勿論、地下と続く階段や坂らしきものを下ったことも、見たこともなかった。となるとここは某ネコ型ロボットのポケットみたいになっているのか、それとも空腹で注意力が散漫した際に何処かへワープしたのか?
確か空腹時に脳の回転が速くなるって言葉は聞いた思えはあったけど、とてもじゃないが今の俺にそんな余裕は無い。だからこの建物の構造を推測するとこを断念した。
「綺麗……」
十数分間、下手したら数十分間、扉の向こうの細い道を無心に歩き進めた。気づけば俺はその細い道から抜けて、とある広いドーム状の空間に出た。そこに出て、初めて目にしたものは空間の中央に浮いている巨大な水晶であった。薄紫色の淡い光を放つ半透明な水晶の中に人型の影が見える。人型についての詳細は光によって視界が大分遮られているせいでよく見えなかったのは残念だ。
その光景はまさに神秘の一言に尽きる。数多くのグラフィックが凄いゲームを数多くプレイしてた俺でさえも思わずそのような言葉を呟く程の光景だ。中央の水晶から視線を外し、それを囲んでいるように、長さ一メートル程の黒灰色な楔が無数に突き刺さっている。そしてそれらの楔から同じ色の鎖が件の水晶の下半部へ伸びた。
「…………」
楔や鎖を避けつつ、俺は水晶に近づき、そっと右手を伸ばした。当然水晶から一切の熱を感じない。
「……冷光ってやつかな?」
これ以上の情報が得られないし、ここには食べられる物はいない。ならここに滞在する意味はないと、少し損した気分になりつつ、俺は踵を返してこの場を去ろうとする瞬間――
「――――」
「!?」
――ノイズみたいな雑音が一瞬聞こえた。
それと伴い、ここに飛ばされたときに感じた頭痛や目眩が再び俺を襲った。痛みに驚いて、俺は思わず水晶に身体を寄りかかった。
――グルルル
「おいおい……勘弁してくれ……」
ノイズ中に混じって正面から低い唸り声が聞こえて、頭痛を堪えながら視線を前に向けた。すると、そこにいるのはこの世に存在するとは到底思えない姿を持った生物。いつの間にか現れたその生物は蠍の尻尾に獅子の体を持った、俺より一回り、二回り大きい、まさに伝説の中に出てくるキメラを連想させる獣の姿をしている。
『一秒でも早く、この場から逃げたい』と、キメラの姿を目にした瞬間から本能が警告を鳴らした。しかしこの空間の中には巨大の水晶と楔にそれらを繋ぐ鎖のみ。ここに入る道は細い一本道。俺の退路を断つ形でその道の前にキメラが現れた。理想としては水晶の周りを一周ぐらい回ってからそのまま出口へ駆け抜けるだけど……細いと言えど、キメラの身体がギリギリ入れそうな幅はある。そこへ逃げ込んだところで余裕に追いつかれる未来しか浮かない。
そもそも普通の人間が四足の獣から逃げられるのは不可能に近い。それは俺の事を物凄く睨んで、露骨に敵意を示したキメラからだと尚更。撃退するとしても武器は無い。いや、あったとしても俺の膂力的にキメラを傷付けることは無理がある。それでも俺は百パーセントの確実で死ぬより、99パーセントの確実で死ぬ方を選ぶ!
「ゲーム開始直後にゲームオーバーって悲し過ぎるだろうっ!」
そう叫んだ俺は決死の覚悟でキメラに突撃した。俺が動いたのと同時に、キメラも四肢を曲げて、俺に飛び掛かった。
「ふん!」
走る勢いを使って、キメラの飛び掛かりをスライディングで躱し、そのまま足元の隙間から抜けた。よし、そのまま全力で来た道を戻ればまだ希望が――
「ガハッ!?」
――あると、思っていた。
スライディングから姿勢を戻すべく、立ち上がろうとする刹那、背中から衝撃を受けて肺の中の空気が強制的に吐き出された。気づけば俺は巨大水晶の真下に倒れて、背中の激痛よりも胸元から業火に炙られるような痛みに襲われた。
手足は最初から生えていないって思える程、俺は四肢の感触を失った。何が起こったのかが全く見当つかなくて、どうにか冷静さを保つ為に深呼吸しようする。が、肺を僅かでも動かそうとすると、今まで感じた事のない苦しみを感じた。
呼吸困難というよりか呼吸不可に陥った俺の意識は壊れたお椀に注がれた水の様に失っていく。胸元や背中に感じる痛みが意識と共に薄れていく中で、朧気の視界で見た最後の光景は真っ赤な液体を蠍の尻尾から滴るキメラの姿であった。
次は戦闘シーンです。