第三十四話
その後、俺とジェラールは追尾されず、暗殺者に狙われず、敵一人にも会えず、何事も無くリルハート軍の野営地に戻った。巡回するリルハート軍の兵士はジェラールの姿を見て、慌ててその動きを止め、敬礼した。ジェラールはそいつらに軽く手を振って、引き続き巡回の方を頼んだ後、俺を最初にウィルさんと話をしたテントの中に連れてった。テントの中に置かれた、多分は魔法で造った石から俄造りな椅子の上に座ってた。
「戻ったか。結果は?」
「ああ、戦争自体は避けられた。でも、これからは面倒くなりそうだ」
「…詳しく説明を」
その後、ジェラールはウィルさんの要望通り、俺とジェラールが二国の権力者との交渉の全貌の全ての語った。途中からウィルさんはジェラールが現場に着く前の俺の行動を聞かれたけど、現地指揮官の誘拐や連絡クリスタルの弄りの辺は伏せた上の回答だった。
ウィルさんが所持している真偽の魔眼は一人の言葉の中の真実を見分ける能力を持っている。彼の前で下手な嘘を付くのは悪手だ。だから俺は兵士の警備をすり抜け、暗闇に乗じて、テバス軍の現地指揮官と見守る兵士を気絶し、指揮官だけをを誘拐した。実際に俺は暗闇に乗じて、指揮官のテントに侵入し、そこにいる人をある意味気絶したことは合っている。問題はイリアのスキルの使用で指揮官の誘拐及びクリスタルの細工は敢えて触れなかった。
確かに真偽の魔眼は尋問などに優れた能力を持っている。スパイの発見や情報収集などの場合も長けた代物だ。でもイリアからの情報だと、その魔眼は語らない事の真偽を確認することが出来ない。話したら嘘は無意味、でも話さないのならその神威を発揮することが出来ない……言いてみれば当然だ。
「なるほど。貴殿にも感謝しないとな」
「…皮肉のつもり?」
「まさか。これでも私はジェラールを年離れの弟と思っている。そんな弟の故郷を一時的とは言え、救った貴殿には感謝の気持ちしかない、今はね」
「弟…か?」
「ええ。ですから、貴殿のこれからの方針を決めよう」
「…方針か。他人に決められるのは、あんまり好まないな」
「まぁ、そう言うな。こう見えて、ウィルは帝國の戦術魔導師だからな。時には国の参謀長として活躍する場合もある。下手な提案をしない」
「はぁ~分かった。聞くだけ聞いてやる、その後の判断は話の後だ」
「それで構わない。どうぞ座ってください」
ウィルさんの誘いに従って、俺は俄造りの椅子の上で座った。ジェラールは自身を周囲の警戒に回るっと提案したが、ウィルさんに止められた。どうも俺の実力や性格をこの中で一番見てきた者として残された。多分はジェラールの俺に対した評価を踏まえた上の話だろう。
「さて、貴殿はテバスとフロッテ両国が戦争し続けた理由をご存知?」
「確か、十数年前に発見された遺跡の中から貴重なアーティファクトを見つけたっと聞いた」
「うむ。貴殿の情報は正しい。でも、その貴重なアーティファクトはどれだけ有るのか分かる?」
「そりゃ…二つの国が長年戦争し続けたんだ。相当な数が有るんじゃない」
「実はそうでも無い。我々が掴んだ情報だと、確かに高いクラスのマナクリスタルが数十個発見されたけど――」
「けど?」
深刻そうな顔でたかり始めたウィルさんの言葉は途中で途切れた。疑惑を抱えた俺はそんなウィルさんの話を続けようと問いかけた。何かを覚悟を決めたウィルさんは深く息を吸って、その口を開けた。
「――無いんだ。それ以外の物が」
「は?」
「だから、我々の独自の調査ではそれ以外の物が見つからない。ただクラスが高いマナクリスタルだけ」
「じゃ、そのマナクリスタルって奴が目的じゃないか?クラスが高いってウィルさんも言ったし。そもそも、マナクリスタルって何?」
「何だ、お前知らないのか?テバス軍の指揮官も使った所を見ただろう?」
「テバス軍の?ああ、あの連絡クリスタルの事か」
「そうだ。マナクリスタルは魔力を取り込むことが出来る水晶だ。その性質上、魔力の予備として使われることが多い。そのマナクリスタルに魔力じゃ無くて、魔法式そのものを刻むか、埋め込むことで魔法陣を一々書かなくに済む。貴殿が見た連絡クリスタルはその例の一つに過ぎない」
「なるほど……それで?マナクリスタルのクラスとどう関係する?」
「マナクリスタルが一度に注がれる魔力の量と魔法式に限界が有るんだ。高いクラスのマナクリスタルならより多くの魔力が注ぎ込める」
「それなら十分、戦争で奪い合う程の貴重さと実用性ある。別に疑うほどの価値があると思えないな」
「我々も最初はそう思った。でも最近、あの遺跡に奇妙な噂が流れていた」
「その奇妙な噂とは?」
「…その遺跡はとあるダンジョンと繋がる転移魔法陣が有るとの噂だ」
「とあるダンジョン?」
「ああ、その魔法陣は御伽噺の中に出る大罪ダンジョンのそれと酷似する」
『なっ!?』
ウィルさんの説明を聞いたイリアは突然驚いた声を出した。幸い彼女は実体化を解いたから念話の形で届いた。さもないと、ウィルさんやジェラールにイリアの事を誤魔化せない。
『ん?如何した、イリア?』
『大罪ダンジョン……それは先代魔王が封印される前に作った七体の親族とある悪魔がそれぞれ、封印された場所。その場所に眠る悪魔を逃げれない為、色々と仕掛けを施した』
『へぇ~でも何故殺さずに封印した?殺した方がこんな面倒な事をしなくに済むだし』
『それが出来ないの。大罪悪魔を弱らせて、封印するだけで精一杯だから。もし、レイが強くになりたいのなら、大罪ダンジョンが一番手っ取り早い方法だろう』
『なるほどね』
イリアの言葉を聞いて、俺はある覚悟を決めた。彼女達を封印した者がイリア達の封印が解かれた事を気付くのも時間の問題。いや、もしくはもう気付かれたかもしれない。万が一あいつらが襲って来たなら――
「そこで俺をその遺跡の調査って訳か、ウィルさん?」
「貴殿にはすまないがな。ここはどの国にも属しない貴殿だけが動ける」
「気にすんな。その遺跡の調査、引き受けた」
「忝い。では報酬の方は…」
「ああ、報酬は遺跡の中のアーティファクトとやらを幾つ貰う」
「それで構わない」
「ついでに、その遺跡の破壊しても?」
「……戦争の目的そのものを破壊するつもりか?」
「ああ、争う目的を失えば、やがて戦争も止む。だけど、その隠蔽工作はリルハート軍に頼みたい」
「……分かった。では、今宵はゆっくりと休めば良い。明朝、ここに着て。貴殿が遺跡調査の準備はこちらで整える」
「随分と早いな」
「その遺跡の調査は元々私達がここに来る目的の一つなのだ」
「へぇ~そうなんだ。んじゃ、準備を頼むわ」
こうして、俺は遺跡の調査の為の準備をウィルさん達に任せ、俺はメルシャーで借りた空き部屋に戻った。完全にウィルさんを信じたわけじゃない。でも、俺が整える準備はないし、あいつらの方がこう言った場面に慣れた。一応、イリアに準備された物を確認するつもりだ。今日は色々とあって、特に二つの国の権力者との交渉で心身共に疲れた。だから、俺は窓からさした月明りを浴びたまま、瞼を閉じた……