第三十三話
フロッテ王国の肌黒マッチョが取り乱してた間に、その人物は無言で二つのホログラムの前まで歩いた。やがて、今まで雲の後ろに隠れていた月は徐々に明るく冴えてきて、その雲の端から洩れた月明りがその人物の姿を照らせた。まぁ、肌黒マッチョが驚くのも理解できなくも無い。何せ、二つの国の戦争を介入する為に現れた、連絡クリスタルで姿と顔が映つれない謎の人物(ま、俺だけどね)に加え、人間大陸の中でも最古参の国、リルハート帝國の人物がそこに現れたから。しかも、そいつは〝帝国の右腕〟とも称賛された、帝國の第二騎士団団長の地位まで上がった実力者。
イリアから前情報を貰ったから驚かないけど……ここは敢えて、驚いた顔をすることに決めた。例え顔が映らないとしても、まだ俺の顔が確認できる人物がジェラール以外にも、四人いる。これなら、俺はリルハート帝國と協力関係じゃない事を示せるだろう。流石に三国を敵に回すのは分が悪すぎる。ましてや、軍事力と影響力が随一の国であれば尚更だ。
『お、おい!俺を無視するな!』
「……騒ぐな、エドリック卿。私は貴方を無視したわけではない」
『ぐぬぬ……』
「して、私は貴方たちの会話を聞かせて貰った。故に私はここまで足を運んだ」
『盗み聞きとは感心できませんな、ジェラール』
ジェラールと肌黒マッチョの会話を口狭間ず、静かに聞いていたテバス王国の軍師はやっとその口を開いた。表情はさっきのと変わらないけど、何やら怒っているように感じた。この三人、昔に何かの因縁でもあったか?まぁ、この世界はそんなに平和な世界でもないから、昔の戦争での顔合わせも幾たびあるだろう。
二人の返事を聞いたジェラールは俺の元まで歩き、その左手を俺の右肩の上に置いた。そして彼は二つのホログラムに向いた。
「ともあれ、私はこの人の話に賛成だ」
……え?俺、まだメルシャーを救おう的な感じの言葉を言ってないなけど。確か俺が言ったのは…まさか、この騎士団長は本気でフロッテ王国に喧嘩を売るつもりか!?
『あの小僧の?貴様、フロッテに喧嘩を売るつもりか?例え貴様が騎士団長であろうとも、国一つを自分の利益の為に戦争を起こすのを、貴様の皇帝陛下はそれを許す筈がない』
「……」
『貴様一人…いや、貴様ら第二騎士団だけでフロッテを攻め落とすと思った?いくら頭数を揃える為に、傭兵や冒険者を雇うとしても、我々フロッテ王国は正規な訓練を受けた事がない雑魚に決して負けらない!』
「大きく出たな、禿げ頭」
『小僧、貴様の戯言はもう聞き飽きた!貴様一人が加わったところで何も変わらない!うぬぼれるな!』
「ふぅ~だから、俺は一人じゃないって、何度も言っただろう?それに、国の一つを崩壊するぐらいなら、そう難しくは無いさ」
『ほう、つまりお前は他の勢力を借りずにフロッテ王国を崩壊することが出来ると?』
「まぁね。それによ、この流れ的に、俺とジェラールがフロッテ王国を攻め落す羽目になるだけど……どうだ?この〝波〟に乗らないか?敵の敵は味方ともいうし」
『…確かに、悪くない相談だ』
よし。上手く軍師様の興味を引いた。本来なら、今から俺がやろうとする作戦は結構の大博打だった。でも、俺にはウィルさんとイリアからの情報がある。元々この作戦を成功する為には一番の不安定要素である、ジェラールの立ち位置をどこまで把握出来るのかがポイントだ。交渉相手の二人はホログラムの思考が読めないけど、俺の傍に立っているジェラールの思考なら容易に読められる。
実は肌黒マッチョがパニックになった際に、イリアから念話でジェラールの真意はなんと、メルシャーを守る為であった。どうやらウィルさんの話は真実だったらしい。それにつき加え、肌黒マッチョがジェラールに示せた感情は紛れも無く、〝恐怖〟だった。ならそれを利用しない手は無い。だから、俺は敢えてテバス王国の軍師が食いつきそうな話を持ち出した。
『お、おい!そこのクソ軍師!ま、まさかその小僧の話に乗るつもりだは無いよな!?』
『くく、久しぶりにこういう賭けに乗るのも悪くない。お前と戦争もそろそろ飽きて来たし』
『ふざけるなっ――!』
「これで形勢逆転だ。さぁ、どおうする?」
『……』
それから、肌黒マッチョは譲歩した。これで何とか近いうちにメルシャー付近で行われる戦争はキャンセルした。一応敗者の肌黒マッチョには少しのペナルティーが下されるけど…それはまた、別の機会で語ろう――
自分だけの勝利ではないけど、何か満足したテバスの軍師は連絡クリスタルを使用し続けた指揮官を「此度の戦争がすで終わった。ご苦労だった。二日後に帰国せよ」との命令を下した。最初からこの〝戦争〟を見届けた彼だからこそ、文句を言えずに了承した。少し魔力枯渇の症状が起こったから、俺が彼を誘拐した時と同じく、誰にも気付かずにテントの中まで運んだ。そして、俺はジェラールと共に、リルハート帝國の野営地まで戻った。野営地までの帰り道に、ジェラールが俺に問い出した。
「一つ聞いていいか?」
「ん?何だ?」
「何故お前はメルシャーを救おうとする?」
「ああ、それね。う~ん、そうだな。あそこはこの数年間、俺が初めて人の優しさを感じたからだ。メルシャーの村長であり、お前の父親でもあるローランさんからに、ね?」
「…知っていたのか」
「悪いな。ウィルさんから聞いてた」
「あいつめ…ともあれ、その事は――」
「他人無用、でしょう?」
「ああ。改めて、俺の故郷を救ってあげてありがとう」
そう言いって、ジェラールは俺に深く、頭を下げた。
「いいよ、このぐらいはね」
「忝い!」
「それは兎も角、今回お前と一緒に出征した兵士たちは、知ってた?」
「ああ、俺が辺境出身だったことは全員知ってる。それでも尚俺に付いて来た」
「……良い部下に恵まれたな」
「ああ、あいつらは俺自慢の部下で、誇りだ」