第三十二話
二つ目に生成されたホログラムで映し出された人物は日焼けた肌の禿げたおっさんだった。相当の修羅場を乗り越えた事は言うまでも無く、彼の上半身の体型それを物語る。鎧を着ないせいで、彼の全身の筋肉は着ているシャツを突き破るかのように、ほぼ限界までそのシャツを張っている。
そんな彼の一番の特徴はその鋭い目つきであった。ホログラムでも伝わって来る威圧。もし俺はネクトフィリスと言う圧倒的な敵を相手しなかったら、俺は確実にこの威圧で失神するところだった。今考えれば、俺が次元の狭間から出た後に合う人はそう多くないけど……筋肉付なおっさんに出会う確率、高くない?
「……それで、俺と話したい奴はそこの小僧か」
暫く無言の間が続き、ようやく二つ目のホログラムの人物が固く引き結んだ唇を開いて、この沈黙を破った。
「そうだ。そこでお前はフロッテ王国の権力者かい?」
「いかにも。俺はフロッテ軍最高指揮官のエドリックだ。お前は?」
「な~に。ただの旅人だ。最高指揮官様に名乗れる名は持っていないさ」
「戯け。お前は名乗らないと、この相談は無しだ」
「……仕方ないな。ネリスだ」
『レイ、ちょっと待ってくれ。その名はもしかして…』
『ああ、ネクトフィリスの名をちょ~っと使わせた。嫌か?』
『いいえ、別に嫌ではないけど』
『レイさんはよく本名を名乗らないかったね』
『こっちは向うに喧嘩を売ってるもんだから。折角イリアが俺の姿を向うに認識できない様、弄ってくれたんだ。そのアドバンテージを利用し無い訳は行かないだろう』
「なら。ネリスとやら、お前は何故俺を呼んだ?」
エドリックの野太い声で俺の要求説明を促された事によって、俺達の念話は仕方なく一旦中断させた。そして、俺は再びテバス軍の軍師と名乗った男に向けた。
「お前もちゃんと聞けよ?何せこれはお前ら二国に関わる事なんだから」
「この二つの国に……メルシャー付近の戦の事か?」
「おっ、察しが良いな。流石は軍師」
「で?それはお前にどんな関係が有るって言うんだ?部外者には口を挟む権利は無い!」
今度は俺とテバスの軍師との会話に割り込んだ肌黒マッチョ。初めて会った(ホログラムっていう形だけど)のに、もう二度俺と誰かの会話に割り込んで来た。ったく、このマッチョは礼儀っていうものを知らないのか?ともあれ、先ずはこいつを脅かすか。
「部外者か……心外だな。確かに、俺はただの旅人だ。でもな、そんな俺でも優しさをくれたものに居るんだ。メルシャーの村には」
「それが?まさか俺達の戦争に巻き込んだ事に恨みを持って、復讐をするつもりかい?どうなんだ、ああ!?」
「……」
俺の返答に不満を感じた肌黒マッチョは俺に怒鳴った。一方、テバスの軍師は沈黙を保てた。言い返したい言葉を考える為に脳をフル回転したその瞬間、三つ程の気配が俺達の後ろに現れた。
『ん?誰だ、あいつら?』
『…左側の二人はリルハート帝國の暗部の者だ。右の方はテバス王国のだ』
『テバス王国の?リルハートのは分かるけど、まさかこの事態が読まれているのか?』
『恐らくそれはないと思う。先ほどあの三人の頭の中を覗いた時、そういった情報はいなかった。情報取集と暗殺を得意とする暗部の中の人が敵の事前情報が無いのはおかしい』
『それって、つまり…』
『ええ、多分そうだろう。凄腕の転移魔法使いが居るか、もしくは桁外れなステータスの持った者。たった一人でやって来たから、恐らくは後者だと思う』
『……ちッ』
『おいおい、如何した?声も出せないのか、小僧?』
「ん?ああ、そういや未だ居たな、この禿げ頭」
『はっ!?禿げ頭だとう!?小僧、貴様はよっぽど死にたいらしいな』
あっ、やっべ。イリアとの念話に夢中で、つい本音を出した……はぁ、面倒くせ。このような事態に成らない為の演技がぁ~。こうなったら、仕方ないか
「ああ、もう止めだ」
『ほう。とうとう諦めたか。だから最初言っただろう?〝部外者は〟――』
「うるせぇんだよ、この禿げ頭!テメェが軍の最高指揮官になったから偉そうに。マッチョな体質があるならそんな所に座ってないで、ここに着て、俺と戦うのはどうだ?」
『貴様っ!』
「それでも何か?自分は実力が無いのに、最高指揮官の座をインチキな方法で奪った事実が世間に知らせたくないか?」
ト――ン!
ホログラムの肌黒マッチョが右手を強く振り下ろしたと同時に、ホログラム映像が何かの爆発音とともに、激しく揺らいだ。
『挑発はその辺にしとけ、レイ』
『分かってるよ。でも、あの頑固頭にはどう説明してもこっちの話を聞き入れないだろう?イリアもそのぐらいはスキルを使った計算で分かった事だし』
『ま、それはそうだけど……』
流石に、あいつへの挑発はあんまりやりたくないな。ホログラム映像だから≪看破の魔眼≫を持っても、彼のステータスが見えない。もし彼が一瞬でここに移動できる手段が有るなら、未だ俺じゃ勝てない。例えステータスがほぼ同じとしても、俺は圧倒的に戦闘経験で負けているから。
『レイ、もう一つこっちに接近する気配が――』
『よく言ったな、小僧。今すぐ貴様を殺しに行く!楽に死ねると思うな!』
「待て。私にもその話に入れてくれ」
『あん、誰だっ!?き、貴様、何故そこに居る?』
「……」
マッチョの怒声を無視するかの様に、その人物は俺達に居る所までゆっくりと接近した。