第百九十七話
【第三者視点】
――神教国ラスミス・大聖堂
神教国ラスミスの顔とも呼ばれる、国の中心に位置する大聖堂の中に金色の刺繍が施された白いローブを纏った人物が五十人以上がとある巨大な魔法陣を囲む形で跪いて「聖句」と呼ばれた呪文らしき物を口ずさみながら魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。その中には彼らが巫女と呼ぶ女性の姿もあった。
直径30メートルをも及ぶ巨大な魔法陣に魔力を注ぎ込んだ時点から三日が過ぎた。巫女も含めた彼らはこの三日間、無眠無休で大聖堂の床に書かれた魔法陣に魔力を注ぎ続けた。普通の人なら十数分、長くても小一時間で魔力が枯渇する。それでも彼らは脱力感や疲労感を無視して、大量の魔力ポーションを空にしながら作業を続けた。
事実として、数十日前に行った儀式で十人の参加者は過度な魔力枯渇で命を落とした。
彼ら全員は神教国ラスミスの中枢に働いている人達。ならば彼らを文字通りの命を削る作業を続けさせるのは当然、信仰という名の狂気。全ては信仰する神からの信託である勇者召喚の儀を成し遂げる為に。
「「「おおぉ……!」」」
そんな彼らの献身を報いるかの如く、巨大魔法陣は仄かに光り出した。それを見た数人は感嘆の声を漏らす。やがて光は大聖堂内を充満した……
「「「おおおおっ!」」」
数秒後、魔法陣から発された光が消え、代わりに魔法陣の上には黒色のブレザーを身に纏った四人の男女の姿がそこに現れた。四人の姿を見た人達は歓喜の声上げ、疲労しきった顔にまるで一筋の希望を見出したかの様な笑みを浮かべる。
「我々の召喚に応じて誠にありがとうございます。ようこそ神教国ラスミスへ。私、デメトリウスは教会を代表して歓迎する、異界の勇者の方々」
困惑した表情を見せた四人の男女に対し、感動と疲労で思考が鈍った信徒たちを代わりに、デメトリウスは率先して首を垂れて四人に話し掛けた。
「「「…………」」」
しかし、デメトリウスの言葉を聞いた四人の顔に浮かべた困惑の色は緩和するどころか、より一層深まってしまった。
「えーっと……ここは何処ですか?」
恐る恐ると口を開けたのは四人組の中で一人の男性がデメトリウスに問いかけた。
「ここは神教国ラスミスの中心にある大聖堂の内部にございます」
「し、しんきょ……えっと……?」
「神教国ラスミス、でございます。不躾ながらあなた方のお名前を教えていただけませんか?」
「そう言えば……俺は守光優也。こっちは――」
「ちょっと、優君!そう簡単に教えていいの!?」
「そうだよ!こいつら見るからに怪しい。ボクらは現に誘拐されてたんだぞ!」
守光優也と名乗る青年はデメトリウスと会話し始めた。彼はデメトリウスの言葉で彼以外の四人を紹介しようとした瞬間、彼と同じ制服を纏った一対の男女が彼を止めた。ショートボブの黒髪をした女性は守光優也の右腕を引いて、彼を止めるのに対し、守光優也よりやや長めな黒髪と黒縁眼鏡を掛けたもう一人の男性は彼の左肩を掴んだ。
「アタシは黒沢三波よ」
同郷の三人のやり取りにため息をついた、癖毛が強い黒髪を背中まで伸ばした小麦色の肌を持った女性が次にデメトリウスに話し掛けた。予想外の展開でフリーズしかけたデメトリウスは黒沢三波の言葉に「あ、はい。よろしくお願いします」としか答えられなかった。
「黒沢さんまで……!こいつらを怪しく思わないのか!」
「思うさ。けどな、アタシは一刻でも早く帰りたいんだ。ならこいつらの言う事を聞くのは一番確実だ、違うか?」
「しかし――」
「大体よ。こいつらの目的は知らないけど、もしアタシらを害するならこんな風に接してくれるか?アタシなら状況を把握する前に手足を縛るか凶器で脅すかの二択よ」
「平然と怖い事言うな……流石は我が校が誇るシスコン――」
「オーケー、守光。ちょいと面貸せ。一発で勘弁してやる」
「はは、出来れば見逃して欲しいな……そう言う事だ、二人とも?ちゃんと挨拶しないとデメトリウス、さん?も困っるでしょう?それに、彼らも何らかの理由があるからこそ俺達を呼んだ。なら彼らの話を聞いてから決断するのも遅くない」
自分の右腕と左肩を二人の手を払いながら話を進む守光優也に、黒沢三波はただ無言で彼から視線を逸らした。どうやら彼女も本当に彼を殴ろうとしなかったみたいだ。そんな彼の言葉で彼を止めるのを諦めた二人は深いため息を吐いた。
「はぁ……そうね、優君は昔から人好しだったよね」
「全くだ。いつも君に振り回された僕達の苦労を体験して欲しかった」
「それはいつも感謝してる。でも、今は彼らが待っているから。ね?」
「はぁ……」と、再び大きめなため息をついた女性はようやく自分の名前を口にした。
「……二階堂結奈」
「えっと、ボクは伊塚三明です」
「モリミツ様にクロザワ様、ニカイドウ様、イヅカ様ですね。これからよろしくお願いします」
「こっちこそ多分色々とお世話になります。それでデメトリウスさん、俺達は一体どうすればいいですか?」
「私のことはデメトリウスと、呼び捨てして構いません。あなた方を召喚したのは他でもなく、そう遠くない未來で復活する魔王を討つ為です」
「魔王って……」
四人を代表してデメトリウスと会話する守光優也はゲーム内で聞き馴染んだ単語で一瞬戸惑って、残りの三人に視線を配った。しかしその三人もまた、彼と同じ表情を見せた。
「ご安心ください。あなた方が最前線で十分に戦えるよう、我々が全力でサポートします」
「いや、ちょっと待ってください。サポートするのは嬉しいけど、何で俺達なんだ?デメトリウスではその魔王を倒せないのか?」
「……残念ながら魔王と呼ばれた存在は勇者の資格を持たぬ者では倒せない」
「つまり、俺達にはその資格ってものがあるのか?」
「はい」
「「「…………」」」
「そんな事より、その魔王って奴を倒せたらアタシらを日本に帰せるのか?」
「ええ、勿論です。ただし、あなた方を元の世界に戻すには魔王が持つ膨大な魔力が必要です」
それの一言で、召喚された四人組に帰還の希望を与えたのと同時に、魔王を倒さない限り、元の世界に帰れないという事実を意味する。勿論、理不尽な状況に陥って、帰還を望む彼らには「はい」としか答えられなかった。