第二十話
「イジス、結界を頼むわ」
「分かりました。≪ピアス・バリア≫」
すると、イジスが作った楕円形の結界は神殿の扉の前に待ち構えた俺達を囲む。結界の中の景色を薄い翡翠色に変えた。これがイジスの結界が健在している一番の証拠だ。
「一応ここ一帯を≪マッピング≫した結果を≪意識連結≫でくれた。このまま、次元の歪みまで一直線で突っ走れ、レイ!」
「おう!」
やっとここから脱出できる事実で俺達のテンションはとっても高い。俺は足に力を込めて、力いっぱい、地面を蹴った。この行為から生まれた推進力とイジスの結界と合わせて、一瞬弾丸並みの加速を持った俺は呆気なく目の前の扉を貫通した。神殿から出た瞬間に見えた景色は正直、肝を冷やした。何せ、そこは〝大群〟で呼ばれる数じゃない、世界中のチェイサー・ハウンドがここに集結した?と言う疑問が今俺が見える景色にぴったりだ。イリアから貰った情報にはあったけど、いざ見ると……怖い。
元々このエリアに入る前はそれなりに多い死体があった。でも今は黒一色に塗り潰されて、死体どころか、次の一歩を踏める為の地面が見えない。
「ちっ」
魔力を出来限り消費したくないけど、仕方ない。俺は咄嗟に空気を≪圧縮強化≫で一時の足場と化し、それを蹴って、再び宙に飛んだ。目標を見失ったチェイサー・ハウンド達は動揺せず、第二波の攻撃を仕掛けて来た。あるチェイサー・ハウンドは他のチェイサー・ハウンドの背中を蹴って、俺達に居る高度まで跳んで来た。またあるチェイサー・ハウンドは仲間の背中ではなく、周りの壁を使った。
『まずい!イジス、こいつ等の攻撃をバリアで防ぎきれるか?今の俺じゃ反撃できない』
『それは問題ないですが、全方位を囲むバリアだとレイさんの足が地面や足場に届きません!』
『レイ、魔法は?』
『何故か分からないけど、魔力を使ったのに上手く発動できない』
高速念話をしている途中に攻撃してきた数体のチェイサー・ハウンドはイジスが展開したバリアで無事弾けた。でも、喜べるのはまだ早い。次の攻撃がすぐに襲い掛かる。そして、俺達の高度も段々と落ちてく。それに関わらず、イリアは平然と念話で話し掛ける。
『恐らく、レイの魔法が上手く発動できないのはレイ自身が発動したい魔法のイメージがはっきりしていないからだと思う』
『イメージ?』
『魔法の発動条件は十分の魔力と発動したい魔法の概念や効果とのイメージ。鮮明なイメージを描く為の補助が詠唱と魔法の名だ。師が弟子に魔法を教わる時に使った魔法の名は先代の師から教えたものだ。だから簡単で汎用性が高い魔法の名は基本同じ。まぁ、凄腕の魔法使いは詠唱どころか、魔法の名すら要らない。でも、私的に詠唱は要らなくとも、魔法の名を唱える方が良い。さぁ、今レイはどんな魔法が発動したい?早くしないと、私達はじり貧だぞ!』
そう言われても…俺が使える魔法は強化魔法と風魔法。今での強化魔法は論外で残るのは風魔法。見えない物は如何やって……待ってよ、行けるかも。イメージは吹き荒れる風、無数の敵を吹き飛ばせることが出来る大嵐。一か八かやるしかねぇ!名前はかっこよく……
「≪ウナグランデ・テンペスタ≫!」
名は俺がはまった数多くのゲームの中で好んだ技の一つ。意味はイタリア語で〝大きな嵐〟。魔法名を唱え終わった瞬間、俺達の目の前に文字通り馬鹿デカイ竜巻が出現した。その大きさは余裕で神殿を破壊する程のモノだ。チェイサー・ハウンド達は物凄い勢いで吹き飛ばされた。元々宙にいたチェイサー・ハウンドは逆に、さらに上まで飛ばされた。次元の狭間とは言え、ちゃんと水蒸気が存在する。そのせいで、大嵐の周り…と言うよりはこのエリア全体に雷が頻繁に落ちてくる。
「レイさんやり過ぎです!」
「兎に角、早く歪みまで急ごう!」
「ごめん!緊張過ぎて魔力の調整が」
殆どカオスな状態に落ちたけど、何とか大嵐の範囲から逃げ出した。イリアが提供したマップによると、目の前の曲がり角に曲がったら出口(次元の歪み)がいる。急いで曲がったが、そこに待ち構えたのは普通のチェイサー・ハウンドより二回りぐらい大きなチェイサー・ハウンドだった。完全に待ち伏せされた状態だ。
「お前がリーダーか!」
リーダーのチェイサー・ハウンドは己の待ち伏せが成功したことに確信し、俺達を噛みつこうと口を開けたが――
「邪魔です!≪リパルス・バリア≫」
――イジスのバリアで見事、頭を失くした。これでやっと、ここから出られる。俺達三人はきっと同じ気持ちを持って、次元の歪みに飛び込んだ。