第百九十六話
『ほ~ら!何時まで落ち込むつもり?まだ試したいスキルが残っているでしょう』
「……うん」
はぁ……土魔法の例もあるから嫉妬の大罪で奪った魔法やスキルが必ずしも使えるとは限らない。だから大して気にしていない。でも、まさかこの世界にきてまで自分のコンプレックスと対面にする羽目になるとは……
『それにしても、レイさんが落ち込むほど、死霊魔法が好きのは少し意外ですね』
「う~ん、どっちかっていうと好きな方だけど、死霊魔法が使えないから落ち込んだ訳じゃない」
『えっ、そうなの!?』
「なんでイリアが驚くんだよ……まぁ悲しくないと言えば嘘になるが、俺がもっと気にするのは人形の方だ。記憶を共有しているから知っていると思うが、俺は手先がお世辞でも器用と呼べない」
『ええ、美的センスが壊滅的なことも』
「イリアお前なぁ……はぁ。まぁその通りだ。それが一々家族に指摘されて、今じゃコンプレックスみたいなもんになった」
『…………』
『でもレイさんはいつもあの風の鎌を造って戦ってきたのに、魔力を扱う手先は器用な方だと思うんですけど……』
「ああ、≪風魔の死鎌≫のことか。そもそも俺が魔力の扱いは魔眼ありきの物で、魔法自体も脳でイメージした物を魔力で無理矢理形作っただけで、本来の魔法とは実はあんまり分かっていないんだ。それに、あれは多分俺が無意識に武器製造のスキルを使ってたと思う」
『へぇ~ちょっと意外ですね』
そうか?まぁそれはあくまでも俺の予想だけで、それを裏付ける証拠がない。もし合っているのなら、死霊魔法で呼んだ人魂の憑依先を作るには人形製造のスキルが要ることになる。いなさそう……
『いまそれを気にしても意味が無いでしょう……そろそろ続きをするよ、レイ』
……イリアの言葉にも一理ある。こので落ち込んでも人形製造のスキルが手に入れる訳もない。それを分かっている……!分かってても尚自分の感情を上手く抑えきれない。ああ、でも土魔法での人形作りに大分時間を使ったから、セツ達が小屋から出てきてもおかしくない頃合いになった。別に彼女達に見せても構わないけど、俺もいい加減身体と服を纏わり付く血液を洗い落としたい。
「ふぅ~……よし、切り替わった。えーっと、次は……幽冥の扉かな?」
「扉」ってことは何処かと繋げるスキルなのかな?正直このスキルの入手元が分からず、ぱっと思い浮かぶ転移系の魔法は最近だとレヴィとセツをフェルが封印された『塔』の地下に飛ばしたその時だけど……そうなると、展開された魔法陣に触れた者を指定の位置まで転移する効果と考えるのが妥当だろう。
「この辺りなら大丈夫そうだな」
念のために少し離れた位置でスキルを発動した。すると――
「っ!?」
――指定された空間が突然歪み始めた。
想像と違った展開に、慌てて空間の歪みから離れた。スキルの発動時に指定した空間がまるでブラックホールに吸い込まれたみたいに陥没し、その周りの景色がまるで上下左右に引っ張れたみたいに伸びた。陥没した箇所の面積が広がるにつれ、周りの景色も伸ばされて段々細くなっていく。でもその伸びも限界があるらしくて、陥没箇所から三メートル弱まで影響を及ぼした現象はピタッと止まって、代わりに伸びた景色を押し退けつつ真ん中の漆黒の穴が広がった。やがて直径約二メートルに及ぶ漆黒の丸い穴が目の前に現れた。
「――っ!?」
『レイ、直ぐにそれを閉じろっ!』
何だか黒い煙がその穴から漏れ始めた。それを目の当たりにした瞬間、本能的に「その穴に近付いたら死ぬ」っと感じて、イリアの警告が聞こえる前にスキルを解除した。
「ご主人様っ!?」「レイ殿っ!」
っと……ここで二人が戻ってきたか。まぁセツは巨人戦から始め、それなりの死線を潜ってきたし、クレナイも伊達に祖国から遠路遥々ほぼ無休でレヴィを探してきたので、これほどの脅威を感じない筈はない。
「脅かせてごめん。ちょっとスキルを試してて、想像したこう――っ!?」
折角二人が休憩してるところに驚かせたことにたいし、申し訳ない気持ちで謝りながらスキル解除と共に元に戻った景色に釘付けた視線を外した。そんな俺を待ち受けているのは普段の服を着崩した二人の姿である。恐らく幽冥の扉で開かれた空間を感じて、慌てて干している最中の服を纏ってここまで駆け付けたのだろう。
「え、えっと……もう大丈夫だから。さっきはスキルが暴発した結果で二人を驚かせてごめん」
「スキルの暴発、にござるか?」
「ああ、昨日の戦いで新しいスキルを手に入れたからそれを試したらさっきのあれが起きた……」
「左様にござるか。ところで、レイ殿。何故さきほど某とセツ殿の方に振り向かないにござる?」
「そ、それはほら……二人とも風呂上がりで、俺のせいで慌てて飛び出したから……その……服か……」
「おや?レイ殿は某とセツ殿の淫らの姿に発情したと申したいでござるか?」
「はつっ……!違う!俺はただ二人が寛いでいるところを邪魔した事への罪悪感で――」
「はて?でしたら目を逸らす必要はあるまい?」
「うぐっ!」
「ふふふ」
な、なんだ……この状況は?あの空間の歪みを生み出したから楽しい水浴びの時間を奪った俺への恨みなのか?
「なるほど……確かにセツ殿の言う通りでござるな。いかかにござるか、セツ殿?」
「ふふふ……ええ、そうね。もう満足よ」
「そうね。レイ殿の予想外の一面も見れたし、この辺でよしとしよう」
「はぁ……?とりあえず、ありがとう?」
「どういたしまして。では私達が、片付けするので。終わったらご主人様も入って」
「ああ、助かる」
え?人ってこんな短期間であそこまで仲良くなれるもんなのか?出会った時は敵対心を見せたセツだが、協力関係になってからはほぼ無関心の態度を貫いたからてっきりクレナイとは仲良くなりたいつもりが皆無だと思っていたのに。これが俺とのコミュニケーション力の差ってやつなのか……!クレナイ、なんて恐ろしい娘!
『レイ、話がある』
『違うんだ!俺はただ女性への耐性が低いだけで、決して――』
『そんなのどうでもいい』
あ、どうでもいいんだ……
『それより、レイ。お前はさっきの扉を何処に繋ごうとしたんだ?』
『何処って訊かれても……特にない、強いて言えば適当?』
『……そうか』
『えーっと、説明していいかな?』
『む……それもそうだな。何処から話せば良いんだろ……そうだな、レイがさっき使用した幽冥の扉は端的にいうと、冥界、つまり死後の世界への扉を開くスキルなんだ』
「は?冥界……?」
『そう。冥界は本来死者のみが立ち入れる死者の国。でも強い魔力を持つ者なら例外として。その外周に居られるけれど、その中心に近付けば近付くほど、死神の瘴気から身を守る為の魔力量が増える。瘴気の濃度が増すから』
「…………」
『私が知る限りでは、生者でその中心部分から生きて帰る記録は無い。そしてレイがさっき開けた扉はその冥界の中心に限りなく近い場所と繋がった』
「……つまり俺はさっき死にかけたのか」
『ええ、そうよ。本来このスキルは冥界の外周付近に扉を開く筈なんだけど……なぜレイが開けた扉が中心部分と繋がっていたのかは現状分からない。それが分かるまでそのスキルの使用は禁止だ。いいな?』
「はい……」