第百九十一話
もう嫌だ……!目の前に蠢く肉塊とその鮮血で真っ赤に染めた砂場。そして時々聞こえる苦痛の呻き声に時々見える魔力の光。もうこの光景を何回見てきたと思う?十回以上だぞ!つまりボーガンを壊してから俺はこいつを十回以上殺した。それなのにこいつは相変わらずのスピードで蘇生してきて、反撃を仕掛けてくる。その反撃を対処しつつ、仕掛けてきたボーガン使いを殺す。そしてまた蘇ってくる。無限ループじゃん!
そんな光景の中で変わっていくのは精々、着々と悲惨な姿に変貌する砂漠と段々と明るくなってきた空色だけだ。しかもこいつの近接戦闘能力は結構高くて、何回か相討ちになりそうな危うい場面が何回かあったからゲームで言う脳死周回ができず、常に彼の動きに注意しないといけないのが更に集中力を削れてくる。
数多くの高難易度、時には理不尽なゲームをクリアした俺でも流石に心が折れそうになった……
『蛇の方がいつの間にか終わったみたいだし……』
そう、チラっとフェニックスが大蛇と交戦していた場所に一瞥したけど、そこには砂漠の上に寝ているフェルと彼女を見守るかのように傍に立っているフェニックス、クレナイ、セツ、と意識を失っているレヴィの姿があった。そしてそう遠くない距離には大蛇の炭化した屍らしき黒い小さな丘も視界に映った。余談だが、俺はこのインターバルを『ボーガン使いの蘇生待ちの時間』と名付けた。
「って!皆はそこで待っていないで、こっちに手伝ってくれないか!?」
「いいえ。寝ているフェル様を、守る」
「我は命令無しでは動けぬ身故」
「あの、その……気絶したレヴィ様をお守りしたくて……」
「zzz……」
「本音は?」
「「「面倒だから」」」
「おい!」
皆薄情すぎないか?ねぇ?そりゃあ俺も彼女達の場合でも同じ理由で断るから気持ちはわかるけど、もうちょっとこう……直接参戦してくるじゃなくても、メンタル的なサポートをしてもいいと思うなぁ。そもそもクレナイ、お前は祖国を助けるがために俺達、もといレヴィに依頼してきたじゃないのか?こんな所で時間を無駄にしていいのか?
『情けないぞ、レイ』
『なんで!?』
『こんな雑魚相手に疲労困憊な彼女達に助けを求めるレイを情けないと呼ばずに何と呼ぶ?』
疲労困憊……?あれ?もしかして俺が理解している『疲労困憊』の意味はイリアのそれとはかけ離れているのか?
『いいえ?合っていますよ、レイさん』
『だよな!イジスもそう思うよな!』
『ほらイリアさん、ちゃんと言わないと伝わないよ?』
『ちょっ――イジス!?』
『???』
『ああ、もう……コホンっ!私はもうこその男の攻略法を見つけたんだ』
『はぁ?』
『あのね、レイさん。イリアさんはセツさん達ではなく、レイさんに自分を頼って欲しいのです。だからレイさんが真っ先にセツさん達に助けを求めたこと拗ねて――』
『ああああ!ちょっと、イジス!言い過ぎよぉ!』
『…………』
お、落ち着けよ、俺。今はボーガン使いの蘇生待ちの時間とは言え、戦闘中に集中を切らせというよりかは意識を途切れさせるのはまずい!こんな時の為に俺は深呼吸という技を身に着けたと言っても過言ではない。スゥ……ハァ……。スゥ……ハァ……。
よし、先ずは状況整理しよう。深呼吸を繰り返して何とか自分を落ち着かせてから蘇ったボーガン使いの拳を躱しつつそう決断した。
先ず、俺は間違いなくイジスが『すねて』って言ったのを聞き逃さなかった。スネテ……すねて……それは俺が思う『拗ねて』って考えていいよね?ダメって言ってもそれ以外の『すねて』の言葉を知らないけど……それは兎も角、拗ねてもとい拗ねるっていうのは自分が感じた不満を表す、もしくは相手の気を引くための可愛らしいアピールメソッド。オーケー、俺?
それはつまり俺が真っ先に助けを求めた相手、言い換えれば自分では打破できない状況に対する打開策を持ちって尚且つ自分の命を託せる程の信頼を抱く相手はイリアではなくセツ達であることに対する不満。そしてそれを指摘された時に見せた恥じらう反応と僅かに言葉のトーンが僅かに上がった事を察するに……イリアはやきもちをやいている!
『分析するなぁ!』
「うわっ!?」
念話を通じて会話をしているせいでイリアの叫び声が直接に脳内に響いて、思わず悲鳴を上げた。ほら、完全に観客と化したセツが変な目で俺を見ているし、ボーガン使いに至ってはあまりの驚きで動きが一瞬フリーズしたじゃん。
『もっと他にその分析用のリソースを割けるべき所があるだろ……』
『はぉら、拗ねないの!レイさんにもっと頼って欲しいでしょう?』
『それとこれは別なの!』
なぜか赤面で涙目のイリアが必死に呆れ顔のイジスに抗議する光景を思い浮かべる。こ、これがネット上によく見かける尊いって奴なのか!?あぁ~もうボーガン使いなんてどうでもよくなってきた。このままイリアとイジスの口喧嘩(?)を見守りたい……
『『レイ(さん)!』』
『はっ!?』
あ、あれ?俺は一体なにを……?
『大丈夫か!?一瞬意識を失いかけたぞ!?』
『え?』
『そうですよ?あの男の攻撃を避けている内に突然レイさんの意識が途切れそうになって心配したのですよ!』
意識を失いかけた?……まさか俺はあまりの尊さで昇天(物理的に)しそうになったのか!?何という破壊力なんだ!今後の為にもこの尊さに対する耐性を上げなきゃ……!それはそうとして、俺は意識を失いかけてボーガン使いの攻撃を避け続けるような器用な真似が出来るんだ……そろそろ自分の身体の構造を疑い始めそうだ。
「えーっと、何だか一人で百面相していたぞ。変な精神干渉系の魔法でも食らったか?」
「ああ……大丈夫だ、多分」
まさか殺し合う敵にまで心配されるは……この尊さ、恐るべし!