第百八十七話
【セツの視点】
あはっ!思ったより簡単に尻尾を切断できた。じゃあ残りは両手と両足だけだね!この調子なら予想以上に早く母さんに食べさせ――
「ッ!?」
あ、あれ……?何だか……足に力が、入んない?わ、私は確か……鰐を狩っている最中の筈の筈……でも、何で?イリア様に頼まれて、母さんの為に……あれ?
「――くっ!?」
『……るか!……じょうぶか、セツ!おいっ!聞いているのか、セツ!』
痛い!?鰐に吹き飛ばされたのか?うう……全身が痛いし、何だか力が上手く入らない……あの鰐の毒か?尻尾の攻撃を受けた時なのか……?
『セツ!聞こえるか、セツ!?』
「……い、イリア様?」
『よかった、ちゃんと聞こえるよね。セツ、今すぐ回復ポーション二本と魔力ポーション三本を飲み干して』
「……解毒薬、じゃないの?」
『解毒薬?そもそも毒を受けていないのに、何で解毒薬を使うんだ?』
毒じゃない?こんなに怠いのに……?
『いいか?セツ、お前が毒の影響だと勘違いしたその状態はただの魔力枯渇だけだ。何度も経験した筈だぞ?』
「魔力枯渇……?」
そう言えば……確かに前にも似た症状が出ていた、気がします。でも、何で今まで気づかなかった?魔力枯渇の注意は基本中の基本なのに……私は一体、何をして――来る!
『避けろ、セツ!』
「分かっていますっ!」
分かっている!あの鰐が正面から口を大きく開いてこっちに走ってくることぐらい分かっている!でも、足に力が……入らない!腕も上手く動かせない!クソ……!動け!動け!ねぇ、お願い!動いて!嫌だ、死にたくない!まだここで死にたくない!まだレヴィ様達に恩返ししていないのに……まだ父さんの敵を取っていないのに……まだ……母さんを元気にさせていないのに……!
『はぁ……だから無茶をするなって、あれ程忠告したのに……』
「イリア様……?」
『この後で自ら死を望むほどの激痛を体験する事になるけど……私の忠告を無視したセツへの罰としてカウントしていいよね?』
「えっ!?」
『死にたくないでしょう?なら大人しく我慢して……≪術式奪取≫』
「きゃあああああああああ!」
~
【イリアの視点】
地下遺跡の最奥の空間全体を凍らす程の魔力を消費した上に鰐型モンスターとの交戦で尻尾切断の行為で更なる魔力の消費及び魔糸の維持。こんなの……魔力枯渇しない方がおかしい。それを平然とやれるのは精々大罪悪魔クラスぐらいだ。全く、こんな無茶な戦闘スタイル……レイに影響されたか?
まぁ……普段は大丈夫だと思うが、あの謎のハイテンションで判断を狂わせた。そう見做していいな。その原因と対策はクレナイの依頼を終わらせてから考えてもでも遅くはない。
『それにしても、魔糸を維持したお陰で何とか助け出せそうだ』
今回の魔力枯渇に直結した原因の一つである魔糸の維持が逆に自らの生存率を上げたのは皮肉なことだ。そんな事を考えながらセツの魔糸の操作し、無理矢理セツの身体を動かして鰐型モンスターの攻撃範囲から離脱した。
本来≪術式奪取≫は展開されている相手魔法式を乗っ取り、改造して自分の物として使用する。それをセツの魔糸に使って、彼女の身体を操り人形みたいに操るのは造作もない。勿論、自らの意識で動かしていない肉体はその動きに付いていける筈もない。しかも今みたいな戦闘中な状態で丁寧に操作することは難しい。
『骨折の一つや二つは勘弁してね……一応、肉離れや脱臼は覚悟しておいて』
「うんぐっ!?」
よしよし。ちゃんとポーションを零さずに飲み干したな。まぁ、無理矢理セツの口の中に突っ込んだから多少咽たのは仕方ない。これで魔力の補給を途絶えずに済んだ。あとは回復ポーションである程度傷が癒えるまでは回避に徹するか。
『…………』
「――!!!」
慣れない寒さによる疲労。強敵に対する恐怖。自らの攻撃が当たらずに貯めるフラストレーションと焦り。尻尾の損失から生じられたバランスの崩壊。それらの原因で鰐型モンスターの攻撃が単調化させ、頻度を落とす。そのお陰でセツは大分楽に回避できるけど、度々彼女が歯を食いしばって、苦痛の声を漏らした。
『さて、そろそろかな……傷の調子はどうだ?』
「まだちょっと痛い。でも、問題……無い……!」
『嘘、ではなさそうだな……』
実際に魔眼で見ても、鰐型モンスターに負わされた傷が殆ど癒えている。腕の掠り傷は勿論のこと、魔力枯渇時に鰐型モンスターの突進で折れた3本の肋骨も殆ど完治した。流石はレイが思わず「高っ!?」と叫んだ値段がした回復ポーション。凄い効果だ。千年前の世界でもこれ程の回復効果を持つポーションは滅多に見当たらない。
レイやセツの無茶をする回数を減らす為にも、この効力は隠すべきだ。問題は魔力枯渇状態のセツがどれまで覚えているか?戦闘に夢中でそれ以外は覚えていないのがベストなんだけど……
しかし、地上にいるレイが戦闘中ではなく、あの男から情報を引き出している今なら私もセツのサポートに徹していられる。地上の会話が何時まで続くかは分からない。ちょうどセツの傷も癒えた頃だし、速攻で終わらせるか……
『最終確認だ、セツ。私は次の一手であの鰐型モンスターを仕留めるつもりだ』
「分かりました」
『宜しい……と言いたいが、傷が癒えたとしても魔力枯渇の症状はそう簡単に治らない。正直に言って、今でも立っているのがやっとだろう?』
「……はい」
『だから私はさっきまでやっているみたいに、魔糸でセツの身体を操って鰐型モンスターを倒す。リスクはさっき説明した通りだ。万が一私が気づいていない所の傷が悪化した、簡単に言えば耐えきれない激痛を感じた時はすぐさま私に教えるか自力で回復ポーションを使って』
「お、お手柔らかに……」