第百八十四話
【セツの視点】
イリア様のスキルを通して見えた、彼女が「心臓」と呼んだ存在は複数の血管らしき物と繋がって、空間の中央辺りの天井近くに宙吊りされたやや円形な物体であった。そしてその心臓はイリア様の言う通り、一定の間隔で脈動している。
「高さ……50メートルぐらいか?」
『どう?壊せる?』
「硬さによる。でも、多分いける」
『そう。ならその分の余力を残して』
「余力?――ッ!?」
――!!!
何だ、この殺気は!?さっきまで私とあの心臓以外の生き物が存在しなかった筈だ。殺気を発した者を気づかなかったのは私が未熟だからかもしれないけれど、イリア様のスキルを欺くのはあり得ないことだ。つまりこれはイリア様が私に一時的にとは言え、「目」を授かってくれたのにも関わらず、それを使いこなせなかった私のミス。
――パチャ!パチャ!パチャ!
突如、私が降りた縦穴から真逆の方向、空間の奥から鈍重な何かがこの沼地の中に移動する音が聞こえた。直感的に私が感じ取った殺気を放つ張本人である事を知り、すぐさまその何かから距離を空くために後ろに跳んだ。左手に四本の釘、右手は短剣を握り、低い姿勢で音が聞こえる方向を睨む。
「…………何も、いない?」
『前に跳べ、セツ!』
「っ!?」
一体何が起きたのかが分からないまま、私はイリア様の指示通りに前へ跳んだ。すると、次の瞬間――
――パシャァアアン!
――私が居た場所が爆発した。
その爆発に伴い、この辺りの水分を巻き上げた水柱が噴き上げた。くっ、沼地またいな水質のせいで上手くバランスが保たれない!
『構えろ!追撃来るぞ!』
「チッ!」
一瞬水柱の周りを凝視したけど、やはり何も見えない。イリア様のスキルでも見えない。でも、現に私に攻撃したり、あの水柱を叩き上げられるってことは実体がある敵。実体があるってことは私の攻撃も通れる筈。でも何故イリア様のスキルで可視化できないのにも関わらず、イリア様はその敵が攻撃してくる瞬間が分かるの?
『次は右に避けて!』
――パシャァアアン!
『前方から一直線に突進してくる!横の幅は約一メートル』
――パチャ!パチャ!パチャ!
まただ。また、イリア様が警告した通りの攻撃が繰り広げられた。イリア様が私を騙しているように思えないし、何よりそうする理由はない……筈。
「イリア様……敵の正体は?」
『体長四、五メートルの鰐型のモンスター。全身の鱗に触れた魔力を喰う能力を持っていて、この沼地は恐らくこのモンスターの生息地だろう』
「魔力を喰う……なるほど。だからイリア様のスキルでも、見えないか……」
『ああ、今お前の視界に見せたのは≪全方位探索≫とその派生の≪マッピング≫のスキルによって絵が出された超精密な立体地図だ。この二つは基本的に私の魔力で情報を読み取るけど、あの鰐の鱗で必要の魔力を喰らわれたせいでお前の視界に映し出せなかった……あっ、後ろ2メートルぐらい退避して』
「くっ……!じゃあイリア様はどうやってこの敵を認識できる?」
『自分の魔力が途切れた位置ぐらいは把握している。そこから周りの空気の流れや水に与えられた衝撃等を逆算して、大凡の姿形が分かれる。そこから魔眼でもっと詳しい情報の入手は簡単だ』
滅茶苦茶だ……
「私に、その情報を見せれる?」
『無理だ。普通の人の脳が耐えられる情報量じゃない。レイですら大体の場合はこういった情報の処理は私に一任している。まぁ彼の場合は超速再生のスキルがあるから、無理矢理使えるけどね』
……うん、知ってた。イリア様の理不尽さは日々の訓練で嫌というほど思い知らされた。そんなイリア様と共に旅してきたレイ様が相当の無茶をしてきたのは知っています。けれど、今こうして改めて聞くと、あの人も大分頭がおかしい。
「イリア様……あれを殺す必要は?」
『無い』
「そうか」
透明な鰐型のモンスターを殺す必要が無いなら、私が取るべき行動は明白。一刻も早く、あの宙吊りの心臓を破壊し地上に戻ってレイ様と合流する……!
そう決めた私は早速心臓付近の天井に四本の釘を投げた。そこから伸びる魔糸を軽く引っ張ることで問題なく天井に刺さったのを確認した直後、沼地を蹴った同時に思いっきり魔糸を引っ張った。さっき程の攻防から透明な鰐型のモンスターに遠距離攻撃手段を持ち合わせていない。
残る問題はあの心臓の硬さ。足場の無い状態でどこまで傷つけられるか?もしもの時に別の方法を――
「なっ!?」
『来るぞ、セツ!』
握っている四本の魔糸の内の二本が切れた!?沼地から3メートル弱の位置で突然天井に刺さった釘と繋ぐ二本の魔糸が切れただと!?何故だ?私の魔力はまだ十分残っているのに……まさかあの鰐、この高さまで跳んで届けるのか!?
「くっ!?」
咄嗟に短剣を前方に構えた刹那、鉄と似た何かとぶつかる様な手応えを感じ、気づけば私は沼地に叩き落された。
「チッ……そう簡単に、逃がさないか……!」