第百八十三話
【セツの視点】
イリア様の指示で別行動を取ることになった私は大蛇とボーガン使いの視線を掻い潜り、無事に目的地……ではなく、その入り口付近まで辿り着けました。
「……ここ?」
『ええ。あの蛇が暴れたせいで大分崩れたけど、ここが入り口で間違いない』
「了解した」
頭の中からイリア様の声が聞こえる。このイリア様の≪念話≫のスキル、やはり……口に出さずに喋るのは未だ慣れない。レイ様とレヴィ様はいつも簡単そうにやっているのに、私がまだそれが上手くできないのが少し悔しい。
今の私は日々の訓練に魔力の発覚のお陰であの頃の私と比べてかなり強くなった。それでも、あの人間たちを殺せるイメージが思い浮かべない。私はレイ様みたいに大罪悪魔達との契約で力を得ることはできず、レヴィ様やフェル様のような生まれ待った力もない。果たして、それらの恩恵が得られない私は復讐を、あの人間たちを全員惨殺できるのか?
人間を殺すのは簡単です。脳か心臓の破壊、喉笛の損傷、出血死……人を死に至る方法は幾らでもある。でも、それじゃ足りない。私から家族を、温かい生活を奪った人間たち、そして私達を売った村の者には即死じゃダメだ。もっと、苦痛と絶望を与えねば……!その為の知識を得る為に、私はほぼ毎晩レイ様達に隠れて野生動物やモンスターを狩って、私が思いつくなるべく苦痛を与える方法を試した。が、それでも足りなかった……
『――セツ?』
「ひゃい!?」
『どうした?具合でも悪いのか?』
「……いいえ、大丈夫」
『大丈夫ならいいんだけど、急に止まったから心配したぞ』
「ごめん、今行きます」
『…………』
いけない、いけない。今はそんな事に悩む時間じゃない。レイ様があの蛇と人間を注意を引いてる内に仕事を終わらせないと。
~
『セツ、そこを右に曲がって』
「はいっ!」
しつこく追いかけてくる皆喰軍蝗の群から逃げながらイリア様の指示に従って地下遺跡の中を駆け巡った。最初はまだ十数匹しかいない小さな群だから軽く殲滅できた。けれど、やがて群れの密度が上がり、それに増援したがの様に現れた四、五匹の狼らしきモンスターの出現によって逃亡を強いられた。
光が無い地下遺跡の中で問題無く追跡するモンスターから逃げれるのはイリア様が遺跡の構造を頭の中に見せてくれたお陰。どこまで壁があって、通路の分岐からモンスターの位置などが精確無比に表示られていて、寧ろ光が有る方よりも動き易くなっている。
『前方より四足歩行の獣型モンスターが接近。距離200メートル』
指示通りに右に曲がった矢先にイリア様の声が聞こえた。それと同時に私の視界に彼女のスキルによってある狼の姿が映った。そして走って来る狼を間一髪で躱しつつ、手に握る短剣でその喉笛を斬り裂いた。うん、目は見えないけど、ちゃんと手応えはある。
『そのまま走って、約700メートル先の縦穴に飛び込め。そこが目的地だ。先に言うと、あの穴の深さは2キロ以上あるから上手く糸を使え』
「……了解」
『一応その先には水溜まりになっているからある程度の衝撃は和らげられる』
「毒性は?」
『無い。が、水深は20センチ弱。多少の移動制限はある筈だ』
「そっか……では、行きますっ!」
そう言った私は一度深呼吸してから目の前の竪穴に飛び込んだ。高さ2キロ……着地点に水溜まりがあっても普通に死ねる高さだ。頬を掠る夜の砂漠の冷たい風と底見えない暗闇が本能的な恐怖を呼び起こす。
いつも風魔法をメインに使って戦うレイ様は毎回この半分の恐怖を体験しているのか?もしそうだったら、やはりレイ様は凄いです。あの『塔』の地下みたいな暗い場所で数百年間一人に封印されたレヴィ様やフェル様も凄いです。ただ落下する今でも僅かに指先が震えるのを感じる。
「すぅ……はぁ……落ち着け。私は、復讐する前に……死なない……!」
イリア様が見せてくれた縦穴の壁はまるで何かに削られた真新しい痕跡が残っている。私一人を余裕に飛び込める程の大きさ……今地上でレイ様が注意を引いてる蛇が思い浮かぶ。アレがここを通った時に付けた跡なら私の釘も十分通用できる筈だ。
「――っ!よし、刺さった」
適当に三本の釘を投げた。うん、予想通りに刺される。そしてその釘達に魔力を流し込んで、魔糸の強度を上げた。そのまま軽く引っ張って、落下速度の緩和させた。ここで一度立ち止まることは可能だ。でも、今私は縦穴の上の方に居る。流し込んだ魔力量で伸縮自在な魔糸でも流石に私は2キロ弱まで伸ばす魔力はない。だから――
「…………」
――魔糸を引っ張る角度を変えて、縦穴の壁に突き刺した三本の釘を回収した。
一瞬の浮遊感を体験した私の身体は再びに重力によって縦穴の底に沈んだ。そこから体感で5秒間の間隔を空けて落下速度の緩和作業を続けた。
――ぽっちゃ
やがて縦穴から抜けれた私はそんな可愛らしい(?)着水音と共に、私は五体満足の状態で縦穴の底に辿り着いた。膝の辺りまでの深さの水溜まりと言うよりかは沼に近い、とろっとした液体がこの空間内に溜まっている。確かにこれは動き辛い。
『着いたぞ、セツ。上を見ろ』
「上?……ッ!?」
――ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!
『あの脈打つ球体は見えるか?あれが私達の狙い、君やレイが戦った大蛇の心臓だ』