第百八十話
「復活したか!?」
『いや、あれは単に擬死、つまり死んだふりをしていただけだ。言うまでもないが、死なない人間よりあれの方が優先に処理するべきだ』
『分かっている。クソ、ただでさえあの男が面倒な時に……!』
念話で悪態を吐きつつ、俺は風の足場を蹴って炎壁の向こうにいる大蛇の所に向かった。身体に風の障壁で包んで、炎壁を突破したのはいいものの……その向こうに繰り広げる景色を見て思わず自分の目を疑った。
『……なぁ、あの蛇ってこんなにデカかったか?』
炎壁を越えた先に見える景色、それは昔戦っていた巨人族を優に超える程の巨体になった大蛇の姿であった。しかもセツに斬られた頭部も綺麗に再生した。勿論凍傷の痕跡も全く見当たらないし、俺とボーガン使いの戦いに割り込んだ子蛇の姿もいつの間にか見失っていた。
『元々レイ達が戦った個体はあの地下遺跡で眠っていて、あの二人との交戦で動き始めた。恐らくは遺跡のセキュリティの一種だろう。私達の侵入で起こされたけど、あれは中途半端で起きているような状態。でも完全に目が覚めた今はここにいる人達を本気に殺し来るぞ』
『あれで寝起きか……でもそれじゃあ奴が復活したことに説明がつけないぞ?』
『復活jじゃない、あれはただの回復だ。多分はレイの≪超速再生≫と似たスキルか魔法の恩恵だ』
『……あれで死なないのか』
そう言いながら俺はセツが大蛇の頭部を口から凍らせつつ切り裂いた光景を思い出す。頭が潰されても死なない男に口から切り裂かれても死なない蛇……ここはアンデッドのオンパレードか……
『先ずは蛇の不死性を断ちましょうか……セツ、ちょっと危ない頼みがあるけど、良いかな?』
『はい、イリア様。何なりと』
いつの間にか俺の背後に現れたセツがごく自然にイリアと会話始めた。ていうか、イリアの言葉、もとい頼みを恭しく耳を傾けるセツの姿を見て、ふとある事を思い出した。セツは復讐の為、俺達と一緒に行動をしている。でも今のやり取りを見ると、もはや協力関係というより主従関係に見えるのは気のせい?
『――畏まりました』
『無理はするなよ』
『大丈夫。復讐が終わる前に死ぬつもりは、無い』
それを言い残して、身体に俺の同じ風の障壁を纏ったセツこの場を後にした。その後ろ姿が炎壁に遮られるまで見届けた後、俺は改めて巨大化した大蛇に視線を向けた。
セツと合流してから念話を通じてイリアの『頼み』の説明を聞くに必要な時間は三分弱。その間ずっと大蛇とボーガン使いからの攻撃を警戒し続けたが、それらしき気配は無かった。まぁ、あのボーガン使いならその時間を使って俺達の周りに幾つかの罠を仕掛ける筈だからある意味予想通りだけど……問題は大蛇の方だ。
あの巨体なら炎壁無視で高所から俺達の姿を見つけ出すことは容易い筈なのに攻撃して来ない。あのボーガン使いは大蛇の注意を引いているのも考え辛いし、もし万が一そうだとしてももっと暴れている筈だ。でも実際はそれらしき光景は見当たらず、俺達以外の音も聞こえない。
『早速始めるよ』
『……ああ、分かった』
はぁ……ここで怖気づいても状況は改善しない。何よりセツが頑張っているんだ、彼女の努力を無駄に終わらないように、こっちもちゃんと役目を果たすか。
『っじゃ、予定通り空中戦で挑むか。イジス、バリアの準備は?』
『いつでも行けます』
「よし……疑似レールガン、発動!」
その言葉と共に、イジスの≪ピアス・バリア≫に包まれた弾丸(俺)は空高く掲げた大蛇の眼球を目掛けて射出した。超速で放たれた弾は大蛇に交わす隙を与えずに眼球から頭部を貫く……筈だった。
――ッ!
軽く頭を動いて疑似レールガンから射出した弾丸の軌道から外した。
『躱した!?チッ、なら……!』
勿論このまま攻撃を終わらせるつもりは無い。躱されたことを認識した直後に圧縮強化された風の鎖を生成し、大蛇の身体に巻き付けた。でもこんな鎖一つで疑似レールガンの威力を殺せる筈は無い。だからこっちもある程度の犠牲を払う覚悟を決める必要がある。が――
「くっ……!」
――そんな覚悟、この世界に来た時から決まっている!
大蛇の身体に巻き付いた鎖の片方を左手で握り締めて、俺達を繋ぐ鎖の間に強力重力を発生させた。それはデュラハン戦の時とは比べ物にならない程強力で、下手をすればこの近辺にいる物体全てをも飲み込む超小型の疑似ブラックホールに成りかねない。勿論そうなったら俺も無事では済まないが、≪超速再生≫のスキルのお陰で脳や内臓などの重傷じゃない限りは許容範囲内だ。
超重力と鎖に引っ張られて、左腕は千切れそうな程痛かった。いや、実際に千切れたかも知れない。まっ、脱臼以上のダメージを負ったのは確かだ。それでも大量分泌したアドレナリンで大部分の痛覚を感じずで済んだし、何より疑似レールガンによる加速を殺せた。となると、次に起こるのは当然、俺と大蛇が空中で展開させた超重力に吸われる。
「はぁぁぁ!」
無抵抗でやられる筈もなく、大蛇は俺ごと超重力の魔法を飲み込もうと、その口を大きく開いた。まさにセツと大蛇が戦った時の再演の様に、俺は無事だった右腕の鎌を薙ぎ払った。
――ッ!
前回から学習したのか、大蛇は俺が鎌を振った瞬間に素早く口を閉じようとした。つまり大蛇の目的は丸呑みではなく、その牙で俺を串刺しにするつもりか!?
『くっ!硬すぎるだろう、どう考えても!?』
強引に身体を捻って、真上から降ってくる牙を鎌で迎撃した。そう、そこまでは良かった。でも大蛇の牙は予想以上の硬度を誇っていて、それを受け止めた俺の右腕は激痛と共に感覚を失った。クソ、多分骨折したかも……
――ッ!
「しま――!」
想像以上の硬さで一瞬の隙を見せた俺の横腹は気付いた瞬間にはもう二体の小蛇に食い千切られた。