第百七十九話
≪昇炎の爆鎚≫で大量の砂を巻き起こしたのと同時にボーガン使いの頭を潰した手応えは確実にあった。それに相まって、焦げた血肉や沸騰した脳汁の臭いが辺りを充満することからもそれを立証した。が、何故か胸の奥に浮かぶ不安と違和感を拭い去る事が出来なかった。
念の為、風魔法で周りに舞う大量の砂をセツ達の反対方向に飛ばした。そして晴れた視界を足元に移したが――
「……やはり、か」
――ボーガン使いの死体が見当たらない。
……懸念したことが起こったか。前の世界の常識が通用するなら、頭部を潰しても死なない生物は俺が知る限り、ごく一部の例外しか存在しない。普通のゾンビや吸血鬼などのアンデッド、もしくは高い再生能力を持った存在でさえも頭部破壊による死を逃れることはできない。
一応俺達の攻撃によるダメージはあるみたいで、攻撃が通じない霊体系の存在ではないのは確定。フェニックスみたいに何度死んでも転生するような存在がそこら辺に歩いているとは思えない。本人の言葉を信じるなら、彼は何等かの方法で不死性を得た人間……はぁ、できればそんな物の存在を知りたくなかったなぁ。
「――っ!」
そんな事を考えている内に、俺の右側、つまり大蛇の死体がある方から一閃の雷が飛来した。予めイリアにヴァナヘムルを発動させたので難なく上半身を屈む事で雷矢を回避する。雷矢の軌道からボーガン使いの大凡の位置を割り出して、即座に大蛇の死体付近へ走った。
『イリア』
『五秒』
『随分と速いな……』
イリアが言う五秒は俺がボーガン使いの頭を潰してから今の雷矢による反撃を受けたまでの時間。そして俺が居た場所から大蛇の死体まではどう急いでも一、二秒は掛かる。頭無しでも移動が可能、もしくは転移系の魔法を使わない限り、奴の再生速度は三秒以内になる。頭でこの速さなら、「最初の手足の再生は奇襲を狙う為、わざと再生を遅らせた」という仮説が立証される。まぁ、重要部位の頭を優先に再生させたという可能性もまだ残っているけど……致命傷にならず、精々足止めの効果は無いならあんまり意味をなさない。
「≪暴風の覇鎗≫」
先程に奇襲を受けたため、一応それを警戒して遠距離から攻撃可能な圧縮強化された暴風の槍を魔眼で逆算したボーガン使いの推測位置に投げつけた。でもその槍が大蛇の死体に触れる前に、物陰から飛び出した人影を目撃した。
「逃がすか!≪風魔の死鎌≫!」
即座に意識を切り替えて、暴風の槍が大蛇の死体を貫くのと同時に暴風の鎌を横に薙ぎ払った。二つの魔法に圧縮された風が解放され、周りの物を全て消し飛ばす勢いで荒れ狂う嵐が辺り一帯を占めている時、その嵐の中、もしくは向う側から五つの光の点が見える。
「ちッ、これでも貫通できるのかよ!?」
それらはボーガン使いが放った雷矢である事を理解して、回避行動に移るまでに掛かる時間は思考加速のお陰で一秒未満に抑える事に成功した。この刹那の時間で嵐の影響を受けない地域に逃げる事は不可能だ!
「燃え尽きろ!≪焼夷の狂炎≫!」
そう確信した俺は前方にこの荒れ狂う嵐に負けない程の火力を持つ六つの火柱を作り出した。火柱の炎が嵐に呑まれる事無く予想以上の勢いで拡散して、大気に打ち上げ、極限までに削れた砂粒はすぐさま引火して、瞬く間に周りを灼熱の地獄に変貌させた。幸い俺には風魔法が使えるので、酸欠などの心配は要らないし、セツ達の位置も有る程度把握したから被害は彼女らが居る場所まで及ばないよう抑えた。
「はぁ……はぁ……流石に、魔力の消費が激しいな」
そう言いながら、俺は深呼吸で息を整えようとした。まぁ、今思うと地下空間での戦闘から殆ど魔力消費が激しい魔法しか使っていないから魔力枯渇にならない方がおかしい。本来≪暴風の覇鎗≫や≪風魔の死鎌≫連続で使う魔法ではないにも関わらず、その二つを連発した上に大規模な砂塵爆発まで引き起こす火魔法を使用し、自分と仲間に一酸化炭素や二酸化炭素などの有害物質をフィルターしながら酸素を供給する風魔法を維持し続けた。そりゃ魔力がごっそり持ってかれる訳だ。
普通の人間が相手なら頭を刎ねたり、心臓を抉り出せば殺せる。不死の存在ならレヴィの氷結魔法で凍り付ければ良い。はぁ、今ここで無い物強請りしても何の意味もなさないか……
――ヒュン!
「ッ!?」
それを待っていると言わんばかりの精度で俺が一瞬警戒を緩んだ隙に右膝を雷矢で射抜いた。突如走った激痛で立てなくなった俺は思わず体勢を崩して四つん這いの状態になった。
『休む時間は無いぞ!上だ!』
『クソ、この暑さの中でもお構いなしかよ!?』
イリアの警告を聞いて、残った左足で足裏の風の足場を蹴って、即座にその場から離脱した。くっ、炎の壁が逆に利用されたか……しかも戦いが長引く事を想定して、魔力消費が激しい大技はもう使えない。
つまりここからは接近戦をメインに戦わないといけないが、幸い俺には超速再生のスキルがある。致命傷を負わないのであれば体力が持つ限り戦える。もっとも、相手は中距離から遠距離を得意とするボーガンを使っている。そう易々と俺の接近を許す筈がない。となると、狙え目は必然的にカウンター、もしくは奇襲の二択に絞られる。当然これらも予想済み何だろうけど……
『先にレヴィに解毒薬を飲ませるのも……』
『ダメだ。その成分が分からない以上、無暗に飲ませるのはリスクが高過ぎる』
『でもそうするしかないだろう?もしこれが使えないなら一体どうやってレヴィを救うんだ!?』
『落ち着け。もし彼女に合わないならその問題によって私の魔眼やイジス知識で何とかする』
『魔眼は分かるけど……イジスの知識も?』
『はい、こう見えて私は大戦の時に当時の薬の知識を一通り覚えていますので安心してください!』
『そうか……じゃあ、その時に成ったら任せても良いか?』
『勿論です!』
『ありがとう……それはそうと、ここまでわざと隙を見せたのに全然攻撃して来ないな……』
『警戒している可能性もある。でも最大の可能性はこの地鳴りが原因だ』
『あっ、つまりこの揺れは魔力枯渇の症状じゃないんだ?』
『はい。ついでに、そこに見える影も本物よ?』
『影?…………って、マジかよ……!』
イリアが指差した場所に向くと、そこには俺がさっき引き起こした砂塵爆発後に残った炎の壁に移った巨大な蛇の影があった。