第百七十六話
セツとクレナイに指示を出した直後、俺はイリアの言葉に従って恐らく地下空間内で大蛇に打ち上げられたボーガン使いの救助に向かった。いつもの強化魔法と風の足場の組み合わせで成す術もなく自由落下するボーガン使いを大蛇に飲まれる前に助け出した。と、思った矢先に彼の惨状を目の当たりにした。
「地上に飛ばされる前にやられたか!?クソ……!おいっ、まだ生きてるんだろうな!?勝手に死んだら許さねぇぞ!」
「ああ、聞いてるよ……たく、耳元で喚くな。こっちとら死んでもおかしくない重症だぞ」
「お、おう。すまんな」
半ば自棄になって、空中で彼の両肩を強く揺らしながら悪態を叫んだ。返事なんで最初から期待してないから、彼の言葉を聞いた途端に戸惑いながらも失いかけた冷静さを取り戻せた。
「それで?俺に何の用だ?」
「ああ、俺の仲間の一人がお前の相棒の毒にやられたからその解毒薬を探しているんだ」
「……渡すと思うか?てめぇらが襲ってこなければこの事態は免れたし、俺のその相棒もてめぇらに殺されたぞ?そんな連中を助ける義理はねぇよ」
「その割に平然としているけど……まぁ、素直に渡すとも思えないから良いんだけど……だから選択肢を選ばせてやる。今ここで俺に身包み全てを剥がされるか、一度あの蛇に食われた後、俺達がそいつを始末した後に身包み全てを剥がされるか」
「どっちも身包みを剥がされるじゃねぇか!」
ボーガン使いが自力で立てる事を確認した後に彼の肩を放して、少し冗談交じりに選択肢を述べた。すると彼は予想通りのツッコミを入れた。が、それ以上の言葉を発しない。つまり彼は解毒薬を保持している事を否定しなかった。
『さてどうしようか……今ここでこいつを殺して解毒薬を奪うか?』
『殺すのは構いません。でも今は下で奮闘するセツさんと合流した方がいいです』
『そうね。適当にそいつを恐喝したらセツの救援に迎え。それで問題ないな、レイ?』
『構わないが、もしこいつが戦闘中に逃げだしたら?』
『そうさせないように立ち回りを意識すればいい。例えば……』
イリアが提案した作戦を聞いて思わず口元が吊り上げた。それに気づいたボーガン使いはやや引きずった表情を浮かべながら恐る恐ると言葉を発した。
「ど、どうした?」
「いやぁ~ちょっといい案が浮かんだから、つい。気にするな」
「そ、そうか……因みにその案は……?」
「それはぁ――」
終始俺の顔がニヤついている事は気にせずに、彼の問いかけに答えながらそっと右手を彼の襟元を掴んだ。驚愕する表情を浮かべたボーガン使いが言葉を発する前に、俺は身体を180度回転して、男を地上でセツと交戦中の大蛇にぶん投げた。自身に急速で接近するボーガン使いに気づいた大蛇はセツから意識をその男に切り替えた。対する男は何と態勢を整えようと努力したが、空気抵抗のせいで上手くやれなかった。
「さぁ、勝負と行こうか!俺が先にお前を殺すか、それともあの蛇に殺されるか!まっ、あの重症を負っても死なないならちょっとやそっとの傷じゃ死ねないだろうがな !」
そう宣言した俺は風の大鎌よりかは避けられやすい≪暴風の覇鎗≫を放った。圧縮された嵐の大槍は何の抵抗もなく男の右足を奪い、その先にある大蛇の頭に飛んでた。
それを軽く避けた大蛇は今度男を丸呑みするつもりで口を大きく開いた。男もそのまま大蛇の餌食になるつもりもなく、俺が放った≪暴風の覇鎗≫に右足を貫かれた勢いを利用し、無理矢理身体を半回転して、紙一重で大蛇の口の横に落ちた。その過程で彼の左腕は大蛇の鱗に触れた。あまりの速度で移動する両者の身体の一部が接触したさい、周りに派手に血しぶきが舞う。
これで右足と左腕……残り二箇所か。
「解毒薬を渡す気なった?」
「ある訳が無いだろう!」
そう叫んだ男は落下しながらも比較的に無事であった右手でボーガンの照準を俺に向けた。うん、予想通りの反応だ。でもその態勢から放つ雷矢の軌道はヴァナヘムルや魔眼を使わずともある程度予測できる。雷矢の最大の利点であるスピードも生かしきれない、そう確信した俺は彼のボーガンを握る血塗れの右手を注視した。が――
「「っ!?」」
――男がボーガンのトリガーを引く直前に彼の真下から、腕の太さ程の身体を持った、黒緑色の蛇がいつの間にか姿を見せた。
その蛇は男の右肩に噛み付き、そのままボーガンを握る右腕ごと食い千切った。あのサイズの蛇は一体どこに成人男性の腕を食い千切る力を隠し持っている事は一旦置いといて、今は何故俺も、ボーガン使いの男もその蛇の存在に気づいていない事に疑問を抱いた。
『ボーっとしないで、レイ!』
二匹目の蛇の事を自分なりに考察している際、イリアの警告で我に返った時、件の蛇は既に彼我との距離を一メートル以下まで詰めた。反射的に風魔法で障壁を作って、蛇の攻撃を防ごうとした。
『バカ、止せ!』
「ッ!?」
イリアの叫び声が脳内に鳴るのと同時に、俺が構築途中の風魔法の魔法陣が壊され、それを変わるように魔法陣の内容は重力魔法のものに上書きされた。何が起こったのかを理解できる前に、上書きされた魔法によって俺の身体は超重力に引っ張れ、砂漠の地面に叩きつけられた。
『……間一髪ね』
「どういう意味だ?」
『あの蛇の口内に刻まれた魔法陣は噛み付いた物は何であれ、容赦なく飲み込むという、凶悪な魔法だ。勿論、レイが展開しかけた風魔法も例外ではない』
『そうか、あの男の肩を噛んだから飲み込まれたのか……』
砂漠に叩きつけられた俺はそのまま視線を空中にキョロキョロする小蛇を目詰めた。視界が狭いのか、それとも単に目が見えないのか。その理由は分からないが、現に俺に追撃を仕掛けて来ない点とその仕草からは完全に俺を見失っているのは確実だ。
『レイ、さっきの作戦は中止だ。流石にあの魔法を持つ相手と戯れるのは危険すぎる。速やかに例の男から解毒薬を回収して撤退しよう』
『分かった』