第百七十五話
【第三者視点】
地下空間の奥から現れた何かの突進を辛うじて逃れたレイが慌ててセツ達を合流して気絶したレヴィをおんぶしながら地上に戻る際、その何かの突進をもろに受けたボーガン使いの男はその勢いで突進方向の先にある分厚い石壁にめり込んだ。
まるで黒緑色の列車を彷彿させる何かと激突した衝撃で男の背骨や肋骨は砕かれ、肺から始めた内臓は原形が無いぐらいに潰された。レイとの交戦で左胸に穴を開かれたせいで心臓も失った。その過程で失った血液とうに失血死のラインを越えた。何なら肺が潰された事で呼吸も出来ない上に、それ以外の頭部や四肢も骨折だけじゃ済まない重傷を負っている。人の形が未だに保っている方が奇跡な彼はそれでもまだ生きている。
その事を知った何かは今度こそ男の息の根を絶つための次の攻撃である突進を再度繰り出す為に壁にめり込んだ男から少し距離を取った。その何かにとってはごく当然は行動だが、この地下空間の通路よりも大きい身体を持つソレの行動は地下空間を崩壊しかねない。現に今ので地下空間の壁は削られ、天井や床に亀裂が走った。そのせいで脆くなった壁から解放された男は上向きで地面に転がった。
地下空間の現状を辛うじて残った片目や耳、脳で把握して、千切れかけた顎の筋肉を鞭打ちして奥歯に仕込まれたカプセルらしき物を噛み砕いた。
「リ、ミット……ブレイク……」
カプセルの中身を口内に溜まった鮮血と一緒に潰された喉に流し込み、枯れ果てた声でとあるスキルの名を口にした。それと同時に、一度男から距離をとった何かは再度男に突進してきた。が、ソレの突進が男と激突する寸前、男は手放さなかったボーガンをソレの眼球らしき部位に狙いを定めて引き金を引いた。
ボーガンから放たれた雷矢は見事に狙っていた眼球を撃ち抜き、巨体の反対側まで貫通した。痛みに耐えきれず、ソレは狭い地下空間内で暴れ回る。それ過程で多くの石壁や石柱などが壊されて崩落の危険性が跳ね上がった。でもそれはより広い空間と化して、ソレの攻撃を躱せるチャンスが増えた事をも意味する。
多くの瓦礫や割れた地下空間の破片が飛び交う中、男は躊躇なくそれに接近し、頭部の真下まで接近した。今度はその真下から雷矢をその頭部を目掛けて放った。が、同じ攻撃は喰らわないと言わんばかりに、その巨体に見合わない俊敏性を見せたそれは自分の頭部を雷矢の射線の外に動かした。
「なっ…………くっ!?」
必中の確信をもって放たれた雷矢はソレの巨体に数センチをも及ばない浅い掠り傷しか残らない事実に驚愕する余裕もなく、男はいつの間にか見失ってたソレの頭部によって、真上に突き飛ばされた。眼球を撃ち抜いた事に対する恨みか、それとも一回目の突進で殺せなかった事に対する苛立ちかは分からないけど、今度こそボーガン使いの命を絶つことに執着するソレは彼が天井に激突しただけで己の攻撃を止まらず、自らの巨体とボロボロな男の身体で分厚い地下空間の天井を突き破り、レイ達が避難した地上の砂漠まで登った。
~
【レイの視点】
何とかセツ達と合流し、何故か気を失ったレヴィを背負って地上の砂漠まで逃げることに成功した。一先ず地下空間と繋ぐ螺旋階段の入り口から離れた場所でイリアに診てもらった。すると――
『ねぇ、セツ。貴方達が戦った人の顔を覚えている?』
――イリアが真剣かつどこか切羽詰まった口調で念話を通してセツを尋ねた。
当然クレナイはイリアの存在を知らないし、念話で言葉を交わす事もできない。だからセツは念話で可能な限り自分たちと対峙した者の詳細をイリアに伝えた。それを聞いたイリアは何だか微妙な口調で言葉ならぬ念話を発した。
『決定的な証拠はない、か……レイ、セツ。詳しい事は後で教えるとして、今はレヴィの容態が先決だ。簡潔に説明すると、彼女はとある毒に侵されている』
『毒か……セツ、前に『塔』の攻略用に買ってた解毒薬はまだ残っているか?』
『はい。念の為に、ポーションと一緒に使った』
『それでもレヴィの容態は好転しないか。あれでも結構高級な解毒薬何だけどな……』
『でしょうね。彼女を侵す毒は神代大戦中に開発された、対魔族専用の毒だからな。現代の解毒薬は精々その効力を弱まるだけしか効果は無い。それにしても、その制作方法は時の流れに失われたと思ったが、まさか未だにその存在を知る者がいるとは……』
『ちょっと待て!それ、レヴィ大丈夫なのか?』
『今は大丈夫だ』
『今はって、それどういう意味!?』
『先程セツがレヴィに使った解毒薬のお陰で毒の浸食を多少遅らせたし、そもそも使われた毒の濃度は低い。でもこのままだと……』
イリアの説明を聞いて、俺は事の深刻さを再度確認した。何としてもレヴィを救いたい気持ちと焦りは思考を鈍らせることは百も承知の事実。だから俺は隣にいるクレナイに怪しまれてもどうでもいいぐらい、何度も深呼吸を繰り出して無理矢理でも自分を落ち着かたかった。何とか落ち着けた俺は視線をセツに移ったが、案の定彼女の顔は普段の無表情に近いそれからかけ離れた、焦りと恐怖に染めた表情を浮かべた。
――ゴゴゴ……
「今度は何だ!?」
突然俺達の周りに起きた地鳴りに隠しきれない苛立ちが満ちた言葉を叫んだ。残された冷静さを駆使して、セツとクレナイを一瞥した。彼女達も意識がないレヴィを守りよう、即座に臨戦態勢に移った。その直後、俺達が必死に駆け上がった螺旋階段は長太い何かにとって派手に壊された。
月明かりに照らされたそれは黒緑色に光る鱗を全身に覆われた大蛇の姿からはディメンション・ウォーカーやフェニックスにも劣らない威圧感を感じる。その姿を目撃したクレナイが僅かな悲鳴を上げたのは今となってはどうでもいいことだ。
「ご主人様、アレ!」
隣のセツが急に大蛇ではなく、その頭上から数十メートル先の空間を指差した。すぐさま大蛇から視線を剥がし、彼女が指差した先へ向けた。
「俺が戦ったボーガン使いか!?あいつ、まだ生きているのか?」
『っ!?どっちにしろ、好都合だ!レイ、絶対にそいつを死なせないで!』
『イリア?』
『そいつの仲間が使う毒ならそれの解毒薬を持ち歩いてもおかしくない!』
「そういう事か!クレナイはレヴィを守って。セツは俺と一緒に来い」
「承知っ!」
「分かりました」