第百七十二話
【第三者視点】
レイがボーガン使いとの交戦が始まった頃、皆喰軍蝗の群れから脱出した刺客をレイから遠ざけたセツとの戦いも始めっていた。レイとボーガン使いの静かな睨み合いとは真逆に、こっちの戦いは序盤から激しい攻防が繰り広げられていた。
自分の身長よりデカい大太刀を巧みに扱うクレナイが繰り出す猛攻に加え、その後ろには氷結魔法で支援攻撃を行うレヴィもいる。しかも明かりがほとんどいない地下深くという空間を利用して、暗闇から相手の死角を狙うチャンスを伺っている。そんな三人ら三人が刃向くは三十センチ程しかない針状の武器しか持っていない。
そんな目に見える戦力差がありながらも、開戦から数分経った今でも件の刺客を倒すことが出来なかった。確かにレヴィの魔力は未だに万全な状態まで回復していない。が、それでも二対一以上の戦力差があるし、レヴィもこの空間内の全てを凍らせる程の余力が残っている。にも関わらず、重傷どころか数分の攻防で彼女ら三人が刺客に与えた傷は幾つかの掠り傷だけだ。
「今日は実に良い日だ。まさかこんな所にターゲット二体と出会え――」
「っ!」
「っと……喋っている最中に攻撃しないでくれる?」
クレナイの大太刀による斬撃を握っている30センチ強の針でいなしながら突然喋り始めた刺客の首の後ろを狙って、螺旋階段の影からセツが飛び出した。完全に死角からの奇襲にも関わらず、軽々とサイドステップで躱して上、片足で跳び掛かったセツを蹴り上げた。咄嗟で空いた左腕でガードしたものの、衝撃を受け切れず数メートル上空に飛ばされた。
「くっ……!」
「せいっ!」
「≪氷鳥群≫!」
蹴り飛ばされても攻撃の手を止めないセツは魔糸を巧みに操って、その先に繋がった釘を刺客の喉元を目掛けて発射した。それと同時に、クレナイとレヴィもそれぞれの攻撃を仕掛けた。事前相談なしに繰り出された見事な連携。ほぼ同じタイミングで自分に迫って来る三つの攻撃に囲まれても刺客は不敵な笑みを浮かべた。
「≪ベノムデポジション・ランパート≫!」
「「なっ!?」」
刺客が魔法を唱えた直後、その左腕から毒々しい紫色の壁が出現し、レヴィが放った≪氷鳥群≫を受け止めた。クレナイの袈裟斬りも握っている針でセツの釘の軌道上までずらして、結果的にクレナイの大太刀が刺客を飛来する釘を防ぐ形になった。自分の攻撃が利用されたことに動揺したクレナイが見せる刹那の油断を、刺客は見逃さなかった。
「ターゲットではないから殺さないけど、ちょっと眠ってな」
「――焔よ!」
「っ!?」
そう宣言しながらクレナイの肩に目掛けて30センチほどの針を突き出した。が、それは彼女の肌を貫通する事はできなかった。何故なら、その針の先端がクレナイの方に到達する前に、その位置ピンポイントに真紅の円状な炎が出現して、針の先端を熔かした。
「烈火剣技・皇裂!」
今度は自分の得物があっさり破損されて隙を見せる刺客にクレナイが大太刀による十字斬りを繰り出した。
「チッ!≪ベノムブラッドミスト≫!」
「しまっ――」
クレナイの斬撃が躱せ切れないと判断したのか、刺客は針を握る右腕を犠牲にしてまでクレナイの追撃を防ぐ意図が込められた魔法を放った。刺客が後ろに退避しつつ放ったそれは彼女の大太刀に斬り落とされた右腕から噴き出した鮮血が一瞬で霧化して、その辺りを蹂躙した。
「ケホッ……ケホッ……」
至近距離で霧化した鮮血を吸い込んだクレナイはすぐさま咳き込んで、一歩も動けずその場に倒れた。右腕を失っても平然と倒れたクレナイを見詰めた刺客は残った左腕で懐からもう一本の針を取り出した。
「針は一応ミスリル製なんだ、そう易々と熔かせな――」
「っ!」
「――だぁから、人が喋っている最中に攻撃するなって、言ってたろ!」
その頭上から釘と魔糸で急降下するセツの短剣を新たに取り出した針でいなした。が、クレナイが戦力外、そして刺客は片腕を失った今こそが攻め時と判断したセツの攻撃はそれだけで終わらなかった。
彼女が着地する寸前に魔糸を引っ張り、強引に自分の身体を浮かせて、いつの間にか靴の裏に仕込んだ数本の釘を蹴りと共に刺客の顔面目掛けて飛ばした。幾ら身体能力が高い刺客でも、目前に迫って来る釘を反射的に避けたことで体勢を崩した。
「貰った……!」
再び魔糸を引っ張って体勢を崩した刺客の首元まで急接近したセツは逆手で握っていた短剣をその喉笛を目掛けて振り下ろした。
「獣人族が魔力を使うな!≪ベノムストリーム≫!」
叫びながら刺客が放った魔法は彼の足元辺りに毒々しい液体の奔流を生み出した。それによって、本来崩した体勢でまともに立っていた刺客が自ら生み出した奔流にバランスを奪われて、後ろに倒れた。が、それによって、彼はセツの凶刃から逃れる事に成功した。
「≪絶氷一角槍≫!」
「なっ!?ベノムデポジショ――」
このタイミングを見計らって、レヴィは巨大な氷の槍を生み出した。それを対抗するべく、刺客も次なる魔法を発動しようとしたが、レヴィの魔法の方が速かった。
「ガハッ!」
彼の真下から生やした氷槍は見事にその胴体を貫通し、上空へ打ち上げた。が、それだけでは刺客の命を絶つことが出来なかった。氷槍の勢いが完全に止まった刹那、刺客は胸元から下腹部までに大きな風穴が開けられた事にも関わらず、氷槍の先に突き刺した身体を無理矢理抜き出して、目にも止まらない速度でレヴィの背後に移動した。
「理由は知らないが、ここまで弱まったターゲットを見逃す訳はいかないだろう?」
「ッ!?」
「遅い!≪ディバインベノム≫」
魔法の名を口にした瞬間、刺客は左手の針をセツの背中から彼女の心臓に突き刺した。苦痛の声を上げる事もなく、レヴィは即座に魔法で反撃した。
「≪氷屑刺柩≫!」
背後の刺客を分厚い氷の中に閉じ込めて、その周囲に無数の氷柱が出現し、一斉に刺客を閉じ込む氷に突き刺した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
無数の氷柱が身体を貫通して、氷を鮮血で真っ赤に染め上げた。その光景を目の当たりにして、刺客の死を確信したレヴィは荒れた呼吸を吐きながら地面に倒れ込んだ。