第百七十一話
「なっ!?」
相方がセツに皆喰軍蝗の群れの中に投げ入れた事に気づき、警戒心を皆喰軍蝗達から俺達の方に向けた。それに伴い、その手で握っているボーガンらしき物も当然俺達に向けられた。
なるほど、さっきの雷の矢はこいつの攻撃か……さっき攻撃の危険度は俺が身をもって体験したから次弾が発射する前に、壊す!
「――チッ」
そう決意した俺は即座に両足に強化魔法をかけて、俺達に照準を合わせたボーガンを目掛けた蹴りを放った。俺の狙いを悟ったのか、人影は舌打ちしながらバックステップで紙一重で俺の蹴りを躱した。
攻撃を躱す、それは自分が傷付けることを避けるため。つまりボーガンを持つ人影は人間、もしくは人の形をした生物であり、ゾンビやデュラハンなどのアンデッド系のモンスターではない。そうと知れば、逃す訳は無い!初撃の蹴りをすかしたが、反撃を許す隙を与えるつもりはない。
という訳で、片足で人型が居た近くに着陸し、それを軸としてもう一方の足での回し蹴りを繰り広げる。が、――
「っ!?」
――俺の攻撃が目の前の人影に到達する前に、背後からもう一つの気配を感じた。
この気配は、さっきセツに投げ飛ばした人物のもの。まさか皆喰軍蝗の群れから脱出したとでもいうのか!?クソ、やむを得ない……
――キィィン!
「「!?」」
「……引き受ける」
「助かる!」
仕方なく回し蹴りを中断して背後の人物の攻撃を防ぐ姿勢を取ろうとした直前、もう一つの気配が甲高い金属音と共に現れた。だがこの気配はさっきのものと違って、心強い仲間の物であった。そんな彼女は頼まし言葉を残して、背後に刺客と共に離れた場所に移動した。これで目の前の人影に専念できる。
そのまま繰り広げた回し蹴りだが、刺客の出現のせいでほんの一瞬のタイムラグが生じられた。一秒にも満たないラグだけど、目の前の人影が自らの左腕を上げて、俺の蹴りを防ぐには十分な時間であった。
「くっ……!」
強化魔法に強化された回し蹴りを強化無しの片腕だけで受け止める事は出来る筈もなく、僅かな声を漏らして人影は数メートル後方へ飛ばされた。更なる追撃を仕掛けようと回転軸の役目終えた右足に力を込めて、人影が着地した瞬間を狙ってその頭上まで跳躍するつもりだった。しかし俺がそうできる前に人影は空中で一回転で体勢を整えながらボーガンから俺の右足に目掛けて三発の雷矢を放った。
チッ、やはりあの速度で飛来する矢と狙いの精度は厄介だ。脳内でそんな愚痴を吐きつつ、皆喰軍蝗の反対へサイドステップして間一髪で回避した。
「「…………」」
ほぼ俺と同じタイミングで着地した人影は即座にそのボーガンの照準を俺に向けた。俺もまた、何時でも攻撃を仕掛けるように、両足と掌に魔力を集めた。二人がお互い次の出方を伺って無言で睨め会う最中、最初にこの沈黙を破ったのは人影の方だった。
「……てめぇら何もんだ?なぜ我々の邪魔をする?」
まぁ、どう見ても俺達の方が悪訳だしな……この状況。事の発端はこいつの相方が突然俺達の後ろに現れて、それをセツが攻撃を仕掛けた挙句に皆喰軍蝗の群れに投げ入れただけで、そもそもこいつらと戦う理由は無い。困ったな……今更「いや、ちょっと驚いて殺すことに決めた。てへっ!」なんて答える訳も出来ない。かといって、こいつらの正体や目的が不明のまま殺し合う羽目になる理由もない。
『そうとも限らないぞ』
『ん?』
『先程セツがもう一人から村を襲撃した連中の匂いや魔力が似ていると言った。レヴィも彼女がクレナイと一緒に乱入した途端にその人の目つきが豹変したみたいだ』
『流石にそれだけで敵対するか?もうちょっと具体的な証拠みたいな物が……』
『……何代目かは知らない、この男が持つ武器は恐らく異界から召喚された勇者が扱う武器の模造品だ。そいつが放つ雷の矢には微かな勇者と似た魔力が纏っている。そしてもう一人の方から神族に近い魔力を感じる』
『えっ!?じゃあイリア達の仲間ってこと?』
『……私とイジスを封印した者の事を忘れた?』
イリアとイジスの封印……ああ!そうか……そう言えば彼女が達を封印したのは神様だった。
『ごめん……』
『気にするな。これで戦う理由は十分か?』
『……ああ、十分だ』
念話でイリアにそう答えた俺は一度深呼吸を交えて、視線を目の前の人影から剥がし、少し離れた皆喰軍蝗の群を一瞥した。その群れは俺達を襲う素振りが全く見当たらず、むしろまともに受けるようには見えない。イリアから聞いたそのモンスターへの叙述の辻褄が合わない。セツに投げられた刺客が何かをしたのか?
「さぁな?俺達は何者かで、何の目的を持ってここに来たのか?先にお前らが先に正体と目的を明かすなら分かるかもしれないぞ?」
「戯言を……!」
ふむ……返し忘れかけた人影の質問への返事を口にして、少しでも情報を引き出そうとしたけど、見事に相手を煽る結果になったか。まっ、倒してから情報を引き出せばいいか……そし人影は怒号を叫ぶのと同時に、構えたボーガンから三本の雷矢を発射した。俺もそのタイミングで地面を強く蹴って、放った三本の雷矢を避けつつ人影の頭上へ跳んだ。
さて、今度は邪魔が入らないことを祈ろうか……