第百六十七話
【第三者視点】
――神教国ラスミス・某所
「よもや怠惰の封印も解かれたとは……」
白を基調とした広い一室にて、一人の中年男性がそう呟いた。その男は白い部屋内に置かれた大きいな白亜の円卓を囲う形で置かれた十数脚の椅子の上に、腕組みながら座っている。
「嫉妬に続く怠惰の解放。偶然ではないわね」
「偶然でも何でもいい!今から潰せば良いだけの話だろ!」
「アホか!アタシらが派手にやったら世界中に大罪共の存在を明かす羽目になるぞ!」
「ああ!?じゃあてめぇは奴らを野放しするって言うのか!?」
「そうは言ってない!アタシは――」
「お静かに!」
段々白熱化する一対の男女の口論は一人の神父らしき服装を纏った初老の男、デメトリウスの一喝を持って鎮まれた。その老人は奥の席、所謂上座に座っていて、その隣には修道服を身に纏った巫女と呼ばれた金髪碧眼の女性が座っている。デメトリウスは厳しい眼差しで口論する二人を睨んでおり、対する少女は無表情を保ったまま、一切の言葉を発しない。
「全く、もうちょっと冷静になれないのかネ?」
「「…………」」
「それより、神父様。怠惰の封印は『錬勇の塔』だったよな?ならそこに配置した守護者共はどうしました?」
「……遊撃のデュラハンとヘル・キャリッジは撃破され、封印の番人のフェニックスは行方不明。その内の二つの神属の縛輪が破壊された」
「「「「「!?」」」」」
デメトリウスの最後の一言を聞いて、シスター服の女性以外の部屋中にいる者達は一斉に彼を注目した。
「おい、ちょっと待てや!神属の縛輪は傷つけれない代物じゃねぇか!?それを壊したって言うのか?」
「それにしても、神属の縛輪を壊すまで封印を解く理由が分からない。魔王の再誕も大したメリットがある訳じゃないし」
「異端者共の考えを理解しようとも無駄だ。んなぁことより、この話本当だろうなぁ。え?巫女様よ!……俺達が動いてから『嘘です、テヘ』って羽目に成ったらただじゃ済まねぇぞ!」
「本当よ。それとも、神の言葉を疑うのですか、デイヴ・スーレイン?」
「っ!」
チンピラ風の口調をした男の言葉は部屋の中にいる全員を刺激した。中に殺気を漏らした者も少なくない。それらの殺気を物ともせずに立ち振る舞ったチンピラの男ことデイヴだが、彼は巫女と呼ばれた女性の言葉を受けて、動揺を隠せなかった。彼女の言葉デイヴを睨める双眸に秘めた怒りの感情は決して無視できるほどのものではないが、彼女以外の者達のそれを上回る事も無い。
それならなぜ他人の殺気を浴びても何の反応も示さなかったデイヴは巫女の言葉にそれ程動揺したのか?その答えは彼らが今いる場所は神教国ラスミスだからだ。神代大戦後に現れた神を信仰するラスミス教の教会で最高位階を持つ者、つまり巫女こそがこの神教国ラスミスの支配権を握る。そんな彼女の決断は国の決断に等しい。世界最大の宗教であるラスミス教である彼女を敵に回す事は世界の半分を敵に回す事と同義である。
「そ、それでデメトリウス様はこの事を如何対処するつもり?」
「……神降しに任せた」
「おお!それでは三人が異端者を狩ると?」
「そうしたいのは山々だけどネ……残念だけど戦うのは一人だけだ、残りの二人には別の仕事、と言うよりかは保険を掛けて貰った」
「保険……?」
「ええ。今は毒を以て毒を制す……とだけ言っておこうかネ?」
何やら意味深な笑みを浮かべながらその言葉を紡ぐデメトリウス。どうやら彼はそれ以上の情報を明かすつもりは無いみたいだ。
「それでデメトリウス様は如何様に俺達を集めた?異端者の始末は神降しに任された以上、我々の出番はないと思いますが?」
「君達には神降しが問題無く仕事を進めるようにサポートして貰いたい。それと同時に引き続き神降しの適正者を見つけ出して欲しい」
「まだ増やすつもりかい?もう十分じゃない?」
「神降しは我らが神の御手、大いに越したことは無い」
「でもそれは巫女様にとって――」
「大丈夫。もう神降しの負担が大分減っていますわ」
「違う、アタシは――」
――パン!パン!
何かを言いたげな女性の言葉はいきなり鳴った乾いた拍手の音に遮られた。
「これは巫女様の決断であり、我々がどうこう言える物ではない。さて、今日の会議はこれで終わり。この後で皆の者に神降しの行く先とその辺りの情報をまとめた資料を渡すので、一度は目を通すように。では、解散!」
と、言う訳で十人近くの会議は唐突に終わりを迎えた。もはやこれは会議と言うよりかは報告会に近いのかもしれない。まぁ、神教国ラスミスによいて、大体の方針などは巫女様かデメトリウスが決めているので、こういった状況も多々あるみたいで、他の者も大した反応を示さなかった。たった一人を除いて……
「待ってくれ、デメトリウス様!」
白亜の会議室を後にしたデメトリウスを呼び掛けたのは先程の会議で彼に言葉を遮られた女性である。
「何事かネ、サーラ・クイティン?」
「さっきの話、神降しになった人の結末を巫女様に教えなかったのか?」
「……神の御業を人の身で扱う。そんな事はノーリスクの筈は無い。だから神降しに成った人達は内部から巨大すぎた力に蝕まれ、長生きできない。そしてなれなかった者達は力に耐え切れず自壊する君が訊いているのはこの事かネ?」
「ええ、そうよ!なんで貴方は巫女様に事を伝えなかった!伝えたら巫女様が自らの手を汚さずに済んだ!」
「サーラ・クイティン。君は今年で23歳になるよネ?」
「へ?ええ、そうですけど?」
「なら君は若すぎた。君も、巫女様も……心優しき巫女様が自らの手で数十、数百の命を奪った事を知ったらどうなるのか?君なら私が口にする必要なないよネ」
「…………」
淡々としたデメトリウスの回答に、サーラと呼ばれた女性はそれ以上の言葉を発する事はできず、ただ悔しように唇を噛むことしか出来なかった。