第百六十三話
第一階層の隅っこに座って魔法を維持し始めてから体感30分が過ぎた。その間、第一階層の異変に気付いた者が続々と入って来たが、何とか姿を見せずにその者達を無力化した。そして今になってようやく『塔』に入る者が居なくなった。念の為後一、二分待ってから死んだかのように倒れる大量の人間が蔓延る第一階層を後にして、上で待っているレヴィを探しに行った。あと鎖で俺の腕に巻き付いたフェルはいつの間にか寝たみたいだ。
「レヴィ……?」
第二階層に行ったけどレヴィやセツの姿が見当たらない。一応俺が第一階層にいる時、イリアが周囲を警戒している。そんな彼女が警告などを発していないから彼女達を攻撃する輩は居ないと思うが、それでも些か心配だ。
「っ!?レヴィ、どうした!?」
負担を減るために使わないとした気配感知のスキルを使うかどうかと悩んだ矢先に、石壁に寄りかかって座るレヴィの姿が視界に映った。慌てて彼女の元まで駆け付けたが――
「…………」
「ね、寝ているのか?」
『そうみたい』
――どうやらただ寝てしまったらしい。
はぁ……焦ったぁ。まぁ無理もない。あれだけ消耗したんだ、俺が封印解除の時で多少の休憩が出来たとしても疲労が完全に抜けられない。因みに意識がいまだ戻っていないセツは彼女に膝枕された状態で横たわっている。もうちょっとレヴィを寝かせたいけど、今の状況はそれを許さない。
第一階層及び『塔』の外にいる者は人通り処理できたけど、それ以外……つまり第三階層以上から降りてくる可能性がある者への対処が全くやっていない。だから一刻も早くここから離れたい。だからここは心を鬼にして、彼女を起こすべきと判断して、優しく彼女の肩を揺らした。
「レヴィ?寝たい気持ちは分かるが、今は起きてくれ」
「……んぅ~。マスター?」
「ああ、おはよう」
可愛らしい欠伸しながら挨拶を交わすレヴィ。太ももの上で寝ているセツを刺激しないように、そっと立ち上がってそのまま彼女をおんぶした。
「俺が代わろうか?」
「いいえ、大丈夫です。彼女がこうなったのは私のでもあるからね」
「そっか……でも辛かったら……」
「うん。分かっている」
どうやらレヴィはセツがこの状態に陥ったのは自分のせいだと考えているみたいで、こうして少しでもセツの力になれる事で一種の贖罪にするつもりだ。一応彼女のせいではないって伝えたけど、こうすることで彼女の気が晴らせるのであれば阻止するつもりはない。
「さて、帰るか」
「はい、マスター!」
眠気を消し飛ばしたレヴィから元気いっぱいの返事を貰えた。目的のセツの強化に想像以上の成績を出したし、フェルも無事封印から解放できた。しかもフェニックスを手駒にしたフェルのお陰で戦力もかなり増加した。無論他の大罪悪魔の封印を解けないとセツの復讐の手伝い目標はまだ残っているけど、当分はセツとレヴィの回復に専念するか。
となると……なるべく戦闘は控えたスローライフが良い。一瞬この町でゆっくり休んでもいいと思っていたけど、流石に『塔』の騒ぎが収まるまで待つしかない。やはりリルハート帝國に戻るのは一番ベストかなぁ……
そんな事を考えている内に、俺達は『塔』の入り口まで歩いた。
『イリア、俺達を視認できる場所に人はいるのか?』
『いや、誰もいない』
『そっか。でも念の為大通りは避けよう』
『了解』
という訳で、俺達は『塔』の入り口と繋ぐ大通りから遠ざけ、人気の無い陰湿な路地裏にやって来た。
「ところでマスター、今日は野宿なの?」
「一応そうだけど……?」
「できればセツちゃんを宿で休めたい。私が真面に戦えない状態での戦闘はちょっと心配なの」
「ああ、なるほど。それもそうか……じゃあ、どこか泊める宿を探して――」
『待って。前方よりこちらに接近する人物がある』
「「っ!?」」
イリアの警告を聞いて、俺とレヴィが共に身体を強張った。こんな路地裏に人が?まさか『塔』の騒ぎについて嗅ぎ付けたか?ちっ……厄介だな。
「はぁ……はぁ……」
やや息切れ気味で飛び出した人物は真紅な花柄の着物を纏った長い黒髪の女性であった。この世界で着物が見えること自体に驚いたけど、彼女の驚きポイントはまだ他にあった。先ずは背負っている二メートルを優に超える大太刀と彼女の額から生えた二本の角。まさに伝説上の『鬼』とそっくりの容姿を持った女性は身に纏っている着物と同じ真紅の瞳で俺の隣に立つレヴィの姿を捉えた。
「やっと見つけました、大罪悪魔」
「――っ!」
彼女の口から信じがたい言葉が聞こえた。「大罪悪魔」……彼女は確かにそう口にした。つまり彼女はその存在を、千年近く前に封印された大罪悪魔の知識を持っている。何よりそれはレヴィの姿を認識した後に発した言葉。彼女はレヴィの正体を知っている?なぜだ?そもそもこの女性は誰だ?何の目的を持って俺達に接触した?一瞬で積み上げた目の前の女性に対する山ほどの質問を脳が処理する前に、俺は既に右手を冥獄鬼の鎧骨を纏い、彼女に飛び掛かった。
――キィン!
俺が振り下ろした手首の鎌を鞘に収まった大太刀でいなした。
「待つのだ!拙者は――」
何やら言葉を話そうとしているが、レヴィが大罪悪魔であることを知った上、こんな人気の無い路地裏に接触は図った人物を警戒しない訳はない。何よりあんな大太刀を背負ったら戦う気満々じゃねぇか!
彼女にいなされた勢いを利用し、俺はその場で一回転して、強化魔法を施された左足で彼女の大太刀を蹴り飛ばした。獲物を失った女性に左手を突き出して、魔法を唱えた。
「≪火の銃弾≫!」