第百六十一話
「は~いィ、もう終わったよォ~」
ああ……ようやく終わったぁ。フェルと契約を交わすに必要な魔力交換の工程は封印を解く時よりかは幾分楽だ。魔力を見失わない為の注意力も要らないし、折角通した魔力が弾かれないよう、針の穴に糸を通すよりも難しい魔力の維持と繊細なコントロールも要らない。ややトラウマ気味なフラッシュバックがあったけど、無事に彼女と契約できた。
「――!?」
これで我々にとっての『塔』の攻略は完了した。デュラハン戦にヘル・キャリッジ戦、フェニックス戦、そして封印解除……それらの緊張が合わさって、緊迫した神経がようやく解されたみたいで脱力感が一気に俺を襲う。次の瞬間、まるで自分の存在を主張するかのように、無理矢理に俺の脳内を超荷する程の頭痛に襲われた。
気づけば俺の視界は既に見た事のない景色の走馬灯が映し出された。
「そう言えばあったな、このイベント……」
片手で側頭部を押さえながら、俺はレヴィと初めて接触した時にも同じように初代魔王の意記憶の走馬灯が流れた事を思い出す。一応『塔』の攻略が始まる前、イリアにこれを備えるって言われたけど……
あの時は走馬灯の出現はまだ不確定で、魔眼の暴発による産物という可能性がまだ残っているからあんまり真剣に考えないよう、頭の片隅に置いてくつもりでいた……見事なまでに、完全に忘れたな、はい。
レヴィの時の前例や魔眼の使い過ぎでの暴走の経験はあったから少し耐性が付けた。全体よりも鮮明に走馬灯の内容を見えるようになった。
恐らくは人型の魔族が何人も倒れている。だけど彼らは死んでいないってことが何となくわかっていた。見える外傷はないから何らかの重症で身動きできない可能性も薄い。だけどそれ以上の情報を得られる前に、目の前の景色が一転して、緋色の夕日に照らされた荒野に変わった。
そこには無数の屍が満遍なく散乱している。魔族の者から巨人族、様々な獣の特徴をもつ獣人族、恐らくはエルフ族の両耳がやや長めの人型、そして形すら保っていない残骸。それらの屍以外には無数の武器がそれらの近くに転がっていて、その地は鮮血で真っ赤に染め上げ、所々にできたクレーターに同じ色の水溜まりも見える。
「――っ!?この匂いはっ!?」
俺が目の前の景色に目を奪われた直後、周りから強烈な鉄の匂いや腐敗臭が鼻腔を襲った。その強烈さ故、俺は反射的に頭を抑える手を外し、鼻と口を覆った。これは戦争の光景である事をすぐさま悟ったけど、果たしてこれはあの『神代大戦』なのか?もしそうだったら何か有用な情報を見つけられるかもしれない。
が、そんな事はさせないと言わんばかりに、走馬灯が見せる光景は途切れて、俺の視界も元の場所、『塔』の地下空間の光景を映した。
「…………」
どうやら走馬灯による回想イベントはこれで終わりみたいだ。少し名残惜しい感はあるけど、レヴィの時と同じならこれでフェルとの契約は無事完了した。
「どうしたのォ~?」
俺の様子に違和感を感じたフェルはそう訊ねた。彼女の質問自体に問題は無い、だけど俺には再び彼女の可愛さと直面しなければならない。
「い、いや。ただ初代魔王の記憶が見えただけだ」
「母様のォ?」
「うん。その原因の推測を話しても良いんだけど……」
魔眼の事をフェルに話すこと自体に抵抗はない。契約も交わしたし、こういった情報交換に共有できる情報を惜しむ必要は無い。でもどうせならさっき見た記憶の内容も皆と共有したい。そう思って、俺は言葉に一拍を置いて、後ろに待機しているイリア達を一瞥した。
「そうだな。彼女にもそれを知る権利はある。でも先ずは何処かで座ってから話そうか」
イリアの言葉に頷き、俺達は祭壇があった場所を後にして、セツが倒れている所まで戻った。さて、皆が集まったところで、イリアがフェルの為に、俺達の出会いから始めとした話を語った。そんな中、イリアとイジスの正体、そして魔眼の事に触れた途端にフェルの眠そうな目を大きく見開いた。
俺は別の世界から召喚された事を敢えて伏せたのはフェニックスが同席しているのが原因だろう。ともあれ、俺の詳細や細かい所以外は一切隠さずに話した。最初の頃は何回かイリアの話に驚かされたフェルであるが、気付けば彼女も慣れてきて、レヴィの解放からは普段の眠たそうな表情に多くの変化は無かった。因みにフェニックスは口出しも無く、ただ大人しく、黙々と彼女の話を聞いている。
「そしてそこのフェニックスとの苦戦の末、何とか首輪を無力化出来た。レイが目覚めた直後にフェルを封印から解放して、今に至った」
「ふゥ~ん」
「レイ、次はお前の番だ」
イリアからバトンを受けた俺はまだ鮮明に残った光景を思い浮かべて、そこに見た、嗅いだ血潮の臭いなどを語った。イリアの話に比べれば大分短めではあるけど、それでも何かの見落としが無いよう、慎重な言葉選びであの時に五感で知覚した情報を彼女らに伝えた。一応その光景から得られる情報が少な過ぎて、それは『神代大戦』かどうかの判別が出来ないみたいだ。
「さて、後は地上に戻るだけだな」
「ちょっと待って、マスター。その前にもう一つだけ、ここでやりたい事が有るの」
「ん?」
「フェル、このフェニックスを入れられる?」
「良いよォ~」
「えっと……どういうこと?」
「私達大罪悪魔にはそれぞれの特別なスキルを持っているの。私は倒した相手の魂の一部を吸収して自己強化するスキルで、たまにその相手が使用したスキルを奪う事も可能なの。対するフェルのスキルは相手を封印して、絶対服従の手駒に変える能力なんだ」
「はっ!?」
レヴィはさりげなくフェルのスキルを説明したけど、そんな気軽に扱えるスキルじゃないだろうが!使い方次第で一国を一夜で壊滅させることも容易にできる超凶悪スキルなんだぞ。
「ち、因みに制限とかは?」
「ん~ボクより格上の者に効果は無いけどォ……それ以外は無いなァ~」
「さ、流石は大罪悪魔だな……」
「エッヘン!」
めちゃドヤ顔で胸を張っている……確かに凶悪なスキルだけど、彼女の性格なら悪用する心配は要らないな。こんな可愛いだし。うん、問題無い!
「こ、小娘よ、礼を言うぞ……」
「ちっ」
あ、あのフェニックスがレヴィに向かって、物凄い謙虚にお辞儀している!隣にいるイリアの舌打ちが聞こえたような気がする……一体俺が意識を失った時に何があったんだ?