第百六十話
「――!?」
まさに破裂した風船の勢いで噴き出した魔力と光の奔流に視界が奪われた。何らかのトラップの可能性をも考慮して、念とために箱があった方向を警戒しながら身構えた。しかし、数秒間待っても攻撃らしい攻撃は一切来なかった。まさか……仕様なんですか?それとも、俺が何かをやらかしたか?
「……えっと?」
数多の疑問を抱き、俺は恐る恐ると瞼を開いた。そこには視界に入れる四本の石柱しか残っていない。箱も、鎖も、祭壇さえも跡形なく消し飛ばされた。よく見れば視界に入る石柱にもいくつかの亀裂が走った。随分と凄い衝撃だなぁー。飛ばされたものは全部封印と直接的に関係している物だけだから、俺が無事にいられるのは封印と関係していないのかな?
「…………」
そうだな……よし、一旦落ち着こう。えっと、俺は多分封印を無事に解いた。その衝撃で封印に関係した物は消し飛ばされた。そしてその衝撃は奇しくも寝そべっている女の子の彫像を作ったのなか?うん、実に上出来だ。凄く生々しく、何だか呼吸しているかのように、僅かに息を吐くときのかすかな音が聞こえる気がする。いやぁ、流石は初代勇者の封印だ。まさかそれを解くときにあんな派手な演出があって、更にこんな彫刻も残せるなんて……
「って、違う!何を悲しくて俺が自分にツッコミを入れるんだ!」
「まぁ、まぁ……落ち着いて、ね?」
「お、おう。ごめん、取り乱した」
苦笑しながらレヴィは俺を落ち着かせる言葉を口にした。瞬時に俺に返って、彼女に謝罪した。いやぁ、長時間に渡って同じ作業に集中過ぎたら人間ってこうなって現実逃避するもんだな……コホン!さて、そろそろ真面目に状況を整理しよう。まず大前提として、目の前にすやすやと寝ている女性は果たして目的の怠惰の大罪悪魔のベルフェゴールなのか?
「フェルちゃん?長い間眠っているのは知っているけど、早く起きてください。マスターが困っているの」
っと、俺の疑問はレヴィの呼び掛けに解消された。彼女が言う「フェル」ってのは恐らくベルフェゴールの愛称だろう。レヴィは幾度もその愛称で彼女を呼んでいたからまぁ、間違いないか。そう言えば、レヴィも自分の事を「レヴィアタン」ではなく、「レヴィ」として呼んで欲しかったな。もしかしたらお互いに愛称に呼び合うことに正体を隠す意味合いが含まれているのかも知れない。
「…………」
が、件のベルフェゴールことフェルはレヴィの呼び掛けに一切の反応を示さず、寝息を立てながら実に幸せそうに眠っている。
「もう~フェル、何時まで寝るつもりなの。早くお・き・て!」
困った表情を浮かべたレヴィは床に寝そべっているフェルの両肩を掴み、少々強引に彼女上半身を揺らした。その光景は見るこっちが「もうちょっと優しくしあげて……」と同情するぐらいのものであった。が、その効果はあった。
「んんゥ……あれェ~?……ああァ~!レヴィだァ~、久しぶりィ~」
ようやく目を覚ましたフェルは自分を揺さぶるレヴィに片手を上げた、気軽い挨拶を交わした。対するレヴィも軽く「おはよ」で返して、そのまま流れるようにフェルをハグした。ハグされながらフェルは俺達に視線を巡らせた。そんな中、彼女の視線が俺を捉えたと思ったら――
「……ねぇ、人間なのォ~?」
――俺を指差した状態でレヴィに訊ねた。
「ええ、私と契約したマスターなの。そしてフェルを封印から解放した一人でもあるの」
「ふぅん……」
興味を待ったのか、それとも俺を見定めているのかは分からないが、何か凄く彼女に見られていると言うよりかは観察されているみたいだ。そんな彼女は俺の隣にいるイリアを見た途端に身体を一瞬強張ったけど、すぐにレヴィがフォローを入れたお陰で何とか彼女の警戒を無くす事に成功した。因みにフェニックスは彼女の眼中に居ないみたいだ。
「ねぇ、契約したいのォ~?」
「そりゃ……出来ればしたいけど。良いのか?」
「大丈夫ゥ~。レヴィに信頼されているからァ~」
実に眠たそうな口調で喋りかけたけど、封印による長期間の睡眠から目覚めたとはいえ、流石に彼女の眠気も無くなっている筈だ。それでもこの緊張感の無さの喋り方を続けているのは彼女の癖みたいなものなのか?まぁ、別に構わないけど。流石は怠惰の名を冠した大罪悪魔と言うべきか、長く彼女と言葉を交わすと、こっちが脱力しそうだ。
それにしても、彼女はレヴィから俺の事を聞かされていない筈なのに、何でレヴィは俺の事を信頼しているって分かるんだ?
『同質の魂を持つ、もしくは長い間お互いの事を知り尽くしたから相手の動き一つか言葉の音色でその心境を知ることも不思議ではない』
へぇ~そんな事もあり得るのか。まぁ、この件については一旦置いといて、今はレヴィのハグから解放されたフェルに答えるべきだ。
「ああ、ベルフェゴールさんが――」
「フェルって呼んでェ~」
「そう?なら俺の事もレイって呼んで」
「良いよォ~というかァ、寧ろボクはお前の方が心配なのォ~」
「俺?」
「うん。だってェ、二人の大罪悪魔と契約するのでしょう~?身体耐えられるのォ~?」
「ああ、原因は知らないが、どうやら大丈夫みたいだ」
「そう~?」
相変わらず眠たそうな表情を浮かべて、不思議そうに小さく頭を傾げた。身長の関係上、彼女は少し上目遣いになる感じで俺の顔を覗き込んでいる。
カワイイ……!なんだこの可愛い生物は……!よぉし、彼女を封印した人間たちを滅ぼそう!こんな可愛らしい彼女を封印するなんて、勇者め……!許さん!
『コホン!』
「はっ!?」
おっと、いけない。フェルの可愛さで目的を見失う所だった。イリアのわざとらしい咳払いが無ければ多分俺はフェルの可愛さに溺れて、二度と戻れなくなるだろう。大罪悪魔、何て恐ろしんだ!
「そう言えば、フェルとの契約はどうやって交わすんだ?」
「う~ん、ボクにレイの魔力を流してェ~」
……またか。さっきので少しトラウマになっているんだけど?ねぇ?イリアさ、何とか言って?
『…………』
そうですか。それ以外の方法は無いか……はぁ、憂鬱だぁ……